マッパ☆ガンナー 金成太
※主人公の名前は、かなり・ふとしと呼びます。
それは、突然だった。
4時限目の授業中、外の天気が急に曇り始め、雷雨が轟き、嵐が学園を包んだ。
電気がまだついている間は「ただの悪天候か……」という認識だった。だが、停電が起き、周囲が見渡せないほどの闇が教室を覆うと、一転して女子を中心にパニックが起きた。
教師が、震える声で何とかなだめようと試みる声が聞こえたが、まもなくその声も、あれだけうるさかった女子たちの声も聞こえなくなった。
「やあ」
突然、闇が払われたかと思うと、真っ白なリトルグレイが俺に声をかけてきた。
「ああ、こんにちは?」
そこは真っ白な空間で、リトルグレイのほかに誰も何も存在しなかった。
だからだろうか、間抜けな回答に違いないだろうが、とりあえず挨拶をしておいた。
「君は、驚かないのかい?」
リトルグレイが目をぱちくり動かして、こちらの反応をうかがっている。
「驚く? リトルグレイを? そいつは無理だ」
「どうしてだい? 普通の人間なら宇宙人を見たら驚かないかな?」
「日本のあるスポーツ新聞紙はだな、1面を飾るネタが無かったら、大体UFОネタをやるんだ。それを年に何回かやるせいか、あんまり驚けないんだ」
「ふーん。そうなんだ。参考になったよ。ちなみに、君の場合、どんなシチュエーションだったら驚いたのかな?」
「小学6年生から中学2年生のあいだの女の子から『大好き』と告白されることだな」
「なに、君、ロリコンなの?」
「違う。俺は16歳。希望する女の子は12~14歳。歳はそんなに離れていない。むしろ、恋愛の対象範囲内だ。セーフだ。大体だな、ラノベにありがちな中世ヨーロッパ風の世界観は彼女たちの年頃の女の子がわりと結婚適齢期で、イケメン主人公は表向きこそは紳士を装っているが、内心はワッホーイ。より取り見取りだ! クンカクンカ!!」
「あー、ストップストップ。落ち着いて、ドウドウ」
「うおーー!! ダメだ、興奮してきた。たぎる、ほとばしる、みなぎっていくる~~」
「うわーー。正直、ドン引きだけど、すごく大きいね、君の」
「俺の名は、金成太だ。名に偽りなしだろう」
「うっわー、すっげえムカつく笑顔だな、この野郎」
リトルグレイに指摘されて初めて知ったことだが、俺は何故か素っ裸だった。そんな中、好きなシチュエーションの話なんかしたもんだから、股間のマグナムが起き上がっている。
「お前に選択権を与えよう。白い汁を浴びて生き延びるか、赤い血に染まり倒れるかだ」
「な、何を言いはじめるんだい、君は」
「あー、昨日見たアニメのパクリでな、ちょっと俺らしいアレンジを入れてみた。俺のイメージの中では股間の上に見えそうで見えないミスティックなホルスターがあって、俺がさっきの台詞を偉そうに発言する。そんでもって、言われた側が自分の運命を決める! そういうシチュエーション、憧れないか?」
「さっきからシチュエーションシチュエーションばっかり言っているね、君は」
「日本にいて生きる以上は、こんなバカみたいなセリフ、絶対に言えないからね。だから、妄想が膨れ上がって仕方がない」
と、俺は自嘲気味に鼻で笑いながら、何となしにため息をついた。
それを見ていたリトルグレイ、突然、手のひらをポンッと叩くと、妙なことを言った。
「じゃあ、ボクからの贈り物は、君の面白い妄想が叶うシチュエーションを用意するよ」
「何! それじゃあ、本当に年下の女の子が告白してくるのか!?」
「いやー、それは次のシーンに飛ばされてからのお楽しみさ。ボクとしては期待を裏切らないキミでいることを切に願うよ……」
そういうだけ言って、リトルグレイは背景に同化するように消えていった。
同時に、俺の記憶にもやがかかり、周りが黒く染まっていった。
―
次に意識が覚醒したときのシチュエーションは最悪だった。
いきなり腹をけられて、目が覚め、クラス一のイケメン生徒・神代優弥の憎々しげなものを見るかのような顔つきと対面したのだから。
「オラ、サッサと立ち上がれよ。お前がいつまでも寝ているから、召喚士様の話が進まないんだよ」
起こす理由はわかったが、人の腹をけっておきながら、痛がる俺を何とも思わず、ジェスチャーで『ハリー、ハリー』とうるさかった。
お前の名前、優弥という割りには、ちっとも優しくないよな。
何とか立ち上がり、何気に周囲を見渡した。
不思議な光景が広がっていた。
服を着ている生徒と服を着ていない生徒に分けられていた。
服を着ている生徒たちは、学内ランキング等で噂の的だったりする美少年美少女でまとまっており、俺を含め、服を着ていない生徒たちは、デブ・ド近眼・チビ・若ハゲ・ブス……と、見た目にハンデがあった。
(んあー? これどういうこと?)
非常に素朴な疑問が湧いたところで、神代が言っていた『召喚士様』が口を開いた。
ちなみに、この召喚士も服を着ていた。同年代の美少女といった感じの見た目だしな。
「ここは異世界『アフロディテ』。美を重んじる女神様により成り立つ世界でございます。
皆さまがたを召喚した理由はただ一つ、女神さまの力を削ぎ、自分の世界を作らんと悪巧みをやめない、魔女ヘラの討伐をお願いしたいのです」
「なるほど。召喚士様の目的は理解しました。ですが、一つ腑に落ちないのが、現在のこの状況です。あの哀れな者たちも我々と同じく勇者としての力を持っているのですか?」
「はい。遺憾ながら異世界から来られた方は、我々の世界のルールが適用されませんので。ですが、あの者たちはこの世界では、勇者として活躍することを許されていません」
「ならば、彼らは一体、どう扱われるのでしょうか?」
神代が、イケメンホストっぽい仕草で『ショウカンシサマ』と何やら茶番を行っている。
何で茶番かというと、神代が発言するたびにショウカンシサマに熱い視線が送られ、まんざらでないショウカンシサマが発言するや、似たような視線を送っている。
まぁ、ぶっちゃけ『2人だけの世界』に入っていて、勝手にしてくれと云う感じだ。
「美から遠い、この哀れな者たちには2つの選択肢があります。
魔女ヘラとのつながりが深いことを認めたうえで、能力を奪われ、男は鉱山で一生を過ごす。女は奴隷に身分落ちし、使用人としての余生を過ごすのが一つ。
もう一つは、誇り高い死を受け入れることです。これならば、一瞬で終わる痛みと引き換えに尊厳は守られ、墓地に安らかに眠ることを許されます」
というわけで、『ショウカンシサマ』のハンドサインによって、イケメンの衛兵たちが恭しい姿勢で現れ、豪奢な箱を彼女に手渡してきた。
彼女が仰々しくその箱を空けると、何と、リボルバーが姿を現した。
「さあ、尊厳死を受け入れるのです」
と、リボルバーの一番手は、クラス一のがり勉でド近眼・高見誠に手渡された。
彼は、この茶番劇のあいだ、ずっと泣いていた。
衣服をはぎ取られている段階で、すでに嫌な予感を感じ取っていたのだろう。一切の希望も与えられなかった冷徹な一言一言にすっかり絶望して、言われるままに喉の奥にリボルバーを咥えるや引き金を引いた。
「おおっ!」
高見誠の死と同時に美少年美少女たちから歓声が上がった。
口の軽い何人かが漏らすには、どうやら彼の死によって、知性が向上したらしい。
ということは、相撲部の篠原周治が死ねば体力が上るっぽいな。
そんな考えで、篠原を確認すると、同じようなことを考えていたのか、怒りに駆られた篠原は、かの集団に対し、自慢の体力で以て、腕力を振るわんと突進していった。
「衛兵たち」
「ハッ!」
リボルバーの一撃では無理だと判断されたのだろう。
衛兵たちはいつの間にかライトマシンガンを構えていて、一斉掃射した。
篠原は何も反撃できず、血みどろのまま石の床に倒れた。2度と動くことはなかった。
「次はお前だ。金成」
神代が愉快そうな笑顔で俺を指さしてきた。
「お前が死ねば、速さと器用さが手に入る」
「あー、ちょっといいか。冥土の土産ってことで聴かせてくれ。ショウカンシサマ」
「何でしょうか?」
「佐久間と姫野が死んだら、それぞれ何が入るんだ?」
「若ハゲが死んだら、経験値。そこのブスが死んだら、財力だとよ」
細マッチョが自慢の川守田が、勝手に答えを出した。
「そこのブスは資産家のパパが有名だからわかるけどよ。若ハゲは、苦労人=経験値いっぱい……っていうしくみじゃねぇの?」
自分たちは選ばれたという思い込みから、結構勝手なことを言っている。
でもさ、お前ら、勇者としてこれから魔女を倒しに行かなくてはならないんだぜ。そして、多分、失敗は許されないはず。
俺の記憶が確かなら、アフロディテって、結構わがままな性格の女神でクソビッチだったよな。
そんな奴が、こいつらを終始優遇するわけないな。
使えないのが発覚したら、新しい召喚者を呼んで、用済みのはずだ。
高見の死と引き換えに知性を手に入れた割には、こんな発想も浮かばないのだろうか。
……となると、もともとの知能が絶望的なのかもしれない。
こんな奴らのために、死ぬわけにはいかない。
カッと眼を見開くと、ドクンッと心臓が高鳴る音が聞こえた。
その鼓動は激しさを増し、股間のマグナムが同調した。
「?」
いつのまにか、俺のマグナムの上に見えそうで見えない、視線に配慮したホルスターがマグナムを器用に隠している。
「!」
一瞬だけだったが、真っ白なリトルグレイが俺に対して微笑んだのが見えた。
俺は、すべてを思い出した。
「なぁ、神代、お前に選択権をくれてやろう。
白い汁を浴びて生き永らえるか、赤い血に染まり斃れるか……だ」
「はぁ? コイツ、恐怖でイカレやがってんの。ゲハハッ」
「赤い血に……染まれっ!!」
と、自分で言っておいて驚くのも何だが、股間の上のホルスターからやたらと銃身の長いリボルバーが出てきた。
そして、初めて撃つというにもかかわらず、両手にしっくりと馴染むソイツは、すさまじい轟音を立てながら、シリンダーに内蔵されている弾を全部ぶっ放した。
その威力たるや、神代たちの仲良しグループを軽く巻き添えにした。
神代だけが、とっさのヒューマンガードで生き延びた。……が、胸に血がべっとりついており、しゃべる元気もなく、座ったまま、ヒューヒューという呼吸音が空しく響いている。
「衛兵、魔女ヘラのしもべが現れました。情けは要りません。かかりなさい」
イケメンたちが修羅のごとき顔つきで、手持ちの剣で斬りかかってきた。
こうなるとイケメンとか関係ない気がする。
俺はなぜか冷静で、これまた手慣れた動作で排莢をすますと再び例のリボルバーをぶっ放した。
今度は、見事なぐらいきれいに銃弾がイケメン衛兵の顔にジャストミートした。そして、そのすさまじい威力にイケメンだった顔が肉塊へと変わり、瞬間、衛兵たちの服装が消えた。
ただの肉塊だもんなぁ。美とか関係なくなるもんなぁ。
「金成、あの女を撃て。あいつ、神代を回復してやがる」
佐久間がそう教えてくれたので、ほとんど脊髄反射のレベルでショウカンシサマを撃った。
ショウカンシサマも肉塊になり、衣服が消えた。
まだ残弾数に余裕があったので、神代に対しては、顔を狙わず、別の部分を狙った。
「!!!」
金玉である。ただし、銃の威力により、ご自慢のいちもつも吹き飛んだ。
何かがカツンと俺の足に当たった。小瓶に液体が入っていた。
ポーションかもしれない。コイツが飲むと問題があるので、振りかけてやった。
確かラノベでは、直接飲むほどではないが、多少は効果があったはずだ。
「この殺人鬼!」
さっきまで痛みで声の出なかった神代が、いきなり罵ってきた。
やはり、それなりの効能のあるポーションだったのだろう。危ない危ない。
「ずいぶんな言い様だ。さっきまでは楽しんで人の死を笑っていた奴が何を言う」
「うるさい。お前たちは黙って死ねばよかったんだ。俺たちの未来を何で奪うんだ」
んー。
美少年美少女って、ここまで自己中なのか。
どうすっかなー。
殺すのは簡単だが、なんか味気ない。
でも、佐久間は「殺せっ、殺せっ」て感じだ。
一方、姫野は、神代をどうにかしたいという意思が読み取れた。
「なぁ、姫野。お前、神代をどうしたい?」
「私、彼のお嫁さんになりたい」
姫野は特に迷うこともなく、ストレートに言い切った。
もっと戸惑ったりするかな、と思ったが、目の前で簡単に人が死んだりすれば、なんか吹っ切れるのかもしれない。
佐久間が一転して、神代の不幸を笑いながらも祝福している。
神代はすごく嫌そうな顔を否定していないが、死ぬ気はないらしい。
何かとっておきがありそうだ。
そういえば、思ったことがある。
ここまでのことをしでかしたにもかかわらず、美の女神さまとやらは一向に邪魔をしに来ない。
普通ならそろそろこの辺で現れて、死んだ奴らを神の奇跡かなにかで生き返らせて、こちら側に絶望を与えてもよさそうなものだが。
「あー、魔女ヘラさん。もし、ヒマでしたら、会話しませんか?」
だったら、美の女神さまの天敵を呼びかけてみよう。
「なんじゃい。ワシはそこまで暇じゃないんだがね」
何度目の呼びかけかわからなくなっていたが、しつこく繰り返していたら、出てきた。
それは、魔女の呼び名にふさわしく、醜い老婆の姿だった。
「あ、どうも。金成太です」
「知っとるよ。用件は?」
「この世界、本当はどうなのです? ショウカンシサマが言っていたように美の女神さまの独壇場ですか?」
「その割には邪魔が入らんから疑問に思うとるのじゃろ」
「そうです」
「独壇場のエリアは今はかなり狭まっとるというのが本音じゃな」
「え? どういうことですか」
「お主の世界でのアフロディテはどういう風に伝わっとるかの」
「自分が世界の中心にいるような振る舞いがその他大勢の神様の反感を喰らい、いい印象はないですね」
「ワシはどう伝わっておるかの」
「ときどき嫉妬に荒れ狂う怖い一面がやたらと強調されますが、浮気性の最高神を相手にしても、結婚を前提にしたお付き合いといった条件をきちんと示し、向こうが応じるならば相手の願いをかなえてあげるので、筋の通った女神さまという印象です」
ヘラはウムウムと満足げだった。
「ここにイケメンと結婚したいという女の子がいるのですが、願いはかないますか?」
「お嬢ちゃん、この男はかなりの女泣かせにしかならない。苦労するじゃろう」
「それでも私はイケメンと結ばれたいです」
姫野は紳士なまなざしでヘラに迫った。
ヘラも似たような真摯なまなざしで迫った誰かを思い出したのか、ふぅ、と軽いため息をついた。
「いいじゃろう。ワシは汝ヒメノとそこの男との仲を取り持とう。婚姻を許可しよう。じゃが、最後のひと仕事が残っとる」
「何でしょうか?」
「この扉を開けた先が、アフロディテの最後の聖域じゃ。激しい抵抗が予想される。ワシとしては少々のだまし討ちでもいいから穏便に済ませたいんじゃが、方策が思い付かん。おぬしは何かアイディアはあるかのぅ」
あー、じゃ、これでいきますか。
俺はとっさに閃いた案をヘラに提案した。
ヘラはにやりと微笑むと、全面的に作戦を指示した。
―
運命のドアが開いた。
神代はヘラの力で美人化した姫野を伴い、結婚式に出る装束で教会のチャペルの前に現れた。
神代が無事だったことを喜んだアフロディテだったが、姫野の存在を認めると、神代を咎めた。
嫉妬の雷に巻き込まれ、神代は顔を半分火傷した。
自慢のイケメンフェイスが失われるのを恐れ、神代は誠心誠意をもって、誤解であることをアフロディテに伝えた。彼女は彼女でその言葉が真意かどうかを確かめるべく、神代の一挙一足をかなり疑い深く注視していた。
そのやり取りのわずかな間を用いて、俺は溜め抜いた怒りのマグナム力で生んだバズーカ砲を2人に対してぶっ放した。
さっきのリボルバーとは比較にならない火力が2人を包み、嫉妬に駆られて集中力を欠いたアフロディテはバズーカの火力に根負けして、顔を半分焼いた。
神代は彼女に護ってもらえず、火だるまのなかを踊るようにして動き回り、やがて完全に炭化した。
「お前の傀儡だった日本人の美少年は死んだ。もう、お前がこの世界で一番になることはできなくなった。諦めることじゃ」
要約すると、この異世界でアフロディテは好き勝手に暮らしていた。
たまたま流れ着いたこの世界に、力を持つ神様がおらず、彼女は自分を最高神に祭り上げ、美がすべてを支配する体制を整え、徐々に自分の気持ち一つで異世界の住人の人生を狂わせることが最大の娯楽になっていた。
しかし、美がすべての世界には問題があった。
この世界の男どもがアフロディテ以外の女性を愛することができなくなり、女は女で、自分よりもミリ単位でも劣った男とくっつくのを良しとしなかったため、徐々に人口が減り、次世代の子供たちが生まれなかったため、ある年代からガクッと人口が減った。
アフロディテは見目麗しく若い男を欲した。
彼女に忠誠を誓う、女召喚士たちが必死になって、異世界から彼らを召喚した。
望みはかない、美しく若い男たちは女神の新たな犠牲となった。
その一方で、美しい女たちもまたこの世界へと呼ばれることになった。
女たちは自分の美に自信があったが、女神の力には無力で、この惑星に元々住む女召喚士たちと同じように、奴隷のような生活を回避する代わりに召喚士としてアフロディテに仕えることを強制された。
ある時、奴隷の生活を望む男女が現れた。
彼らは願い通り、奴隷としての一生を送ったが、信仰心があった。
自分の心の中の神様を裏切れなかった。
このことが、ヘラをこの世界に呼び出すきっかけを生んだ。
ヘラはこの世界のいびつさに顔をしかめたが、呼び出された当初は彼女を信仰する信者の数が少なすぎて、アフロディテに対抗することは難しかった。よって、地道な草の根活動を行い、ただただ顔の美しさだけで優劣が決まるものではないと説いた。
草の根活動はアフロディテの最も苦手とする行事だったので、彼女はヘラがこの異世界にいつのまにか住み始めたのを知ってはいたが、彼女の行いが普及するわけがないと高をくくり、放置していた。
それからしばらくの時間が過ぎ、アフロディテの懸念だった人口減が止まった。
もちろん、彼女の力ではなく、ヘラの信者となったことにより、縁を結んだ男女たちが子孫を増やした結果である。
彼ら彼女たちはアフロディテを一切信じず、ヘラに忠誠を誓ったため、この異世界のパワーバランスは一気に逆転し、それまで彼女の歓心を必死に得ていたごく一握りの部下たちとアフロディテは、逃げ場を失い、皮肉にもヘラによって幾多の所縁が結ばれた教会へと閉じ込められた。
一貫の終わりかと思えたのだが、運命はどうしてかアフロディテに振り向いていた。
女神のお気に入りの召喚士は、日本人の美少年美少女を召喚することでこれまでのパワーバランスを簡単にひっくりかえらせることができると女神に注進した。
日本人の美少年美少女たちは、よく言えば未知のパワーを宿し、悪く言えば、アフロディテと同様かそれ以上のわがままパワーに溢れており、うまく利用すれば、下手な数の信仰心をそろえるよりももっと手軽に力を得られるという、どうしようもないチートの塊だったのを、この召喚士は知っていた。いや、この召喚士がそもそもごく初期のころに異世界召喚された美少女の一人だったという、自分の人生を通して得た教訓だったわけだ。
というわけで、召喚が行われた。
召喚士は、自分たちが行われた時のように、美少年美少女に交じって、のちの禍根にしかならないヘラの信者に走る恐れのある哀れな者たちを、可及的速やかに消すことにした。
だが、ここで問題が起きた。
金成太である。ある種、美少年美少女以上のチートを使い、目論見をつぶしてきた。
召喚士は金成の銃弾で倒れる死の間際、神代さえ生きていればどうにかなると思い、自分用の瞬間回復薬を託したが、叶わなかった。
召喚士は死して、その後を知る由もないが、最後の希望だった神代も死んだ。
今度こそアフロディテは詰んだ。
「まだまだよ」
アフロディテは少ない脳ミソで次の結論に至った。
ある種、神代以上のチートの素質がある金成太を誑し込めば、いいじゃない! と。
チビでパッとしない顔なのは仕方がなかったが、その分、色気に簡単に転ぶだろうと、アフロディテは計算した。
結果は、アフロディテのこめかみにリボルバーの全弾が叩き込まれた。
長らく美の女神として君臨していたアフロディテの顔は、ヘッドショットによりミンチ肉となった。
異世界の住人達の呪縛は解かれ、心の底からの雄叫びで、地面が何度も激しく揺れた。
―
ヘラの指導のもと、姫野と佐久間は新しい支配者となって、異世界を治めることとなった。
彼らを呼んだ召喚士を金成が殺してしまったため、元の世界へと戻る手段が失われたからである。
だが、彼らに悲しみはなかった。
むしろ、ヘラによる教育により、お互い、見た目によるハンデに目を曇らされて、その内面の輝きを知る時間を得られ、2人は恋に落ちた。
こうなると、男は身を固めるため、真面目に仕事に打ち込むようになる。
佐久間は、慣れない王の身分に苦労しつつも、日本にいたころの知識と若ハゲを作るまでに苦労した出来事を糧に、日々努力した。
姫野は、お姫様になりたかった。
それが将来の夢だった。
でも、叶わないと思っていた。
父親譲りの顔を色濃く受け継ぎ、女の子としては常に失笑・嘲笑の的だった。ただ、父親が金持で有名だったので、報復を恐れられてか、執拗ないじめとかはなかった。
異世界で、後ろ盾をなくした。
死ぬだけしかなかった運命が、自分の目の前で妙な自信にあふれていた裸の男により、ぐるりと音を立てて変わっていった。
気が付けば、元の世界では視認することもかなわないはずの女神さまに祝福されて、王妃としての立場を手に入れた。
ある日、空からUFОがやってきた。
円盤の中から出てきたのは、真っ白なリトルグレイだった。
ただ、そのリトルグレイは金成太と知り合いだった。
「太、大変だ。アフロディテの残留思念が異世界のあちこちに散らばって、復活をもくろんでいるんだ。もし、君さえよければ力を貸してほしい」
金成太は頷いた。
そして、立ち上がった。
その見た目は、奇異だった。
まず、真っ裸。
そして、腰のホルスターが、股間のマグナムを万人の視線から器用に護っていた。
のちに語り継がれる、『マッパ☆ガンナー 金成太』の旅立ちの瞬間だった。