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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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8.対岸の火事

 本日の学校生活も一言で言うならば、平和そのものである。大事件も起こることなく似たような毎日を繰り返すばかりだ。


 あの後空き教室で桐生に出会ったが特に何もなかった。互いの事を業務連絡するかのように伝え合うぐらいしかやることがない。別に問題ないが、いくらなんでもハードボイルド過ぎだろう。


 俺がフランクに話しかけても冷たい返答しか返ってこない。どんな等価交換だよ。正直、せっかく知り合えたのだから少しは関わり合いを持ってくれても良いと思う。見た目は良いのだから、ちょっと言動に気を遣うだけでこちらも気分が良くなるというのに。


 そのことを桐生に言ったら、『私は男の人が嫌いなの。今まで下卑た目線ばかり向けられて来たから。ちなみにあなたも例外ではないわ。でも秘密を握られている以上、仕方がないから今あなたと会話してるのよ』だと。


 全く可愛くない。見目麗しい外見とは裏腹に中身は最悪ときた。こういうやつにはいずれ天罰が下るべきだと思う。本当に。


 俺達の関係は結局平行線のままなのだ。今日は互いに放課後に用事があるので、次に出会うのはまた明日の朝。……明日は明日の風が吹く。そんなことわざあった気がする。


 そして俺があれこれ考えている内に昼休みなっていた。


 弁当は無いので俺は購買部まで昼飯を調達することにした。伸也はなぜか一緒に食べてくれなかったため、俺は一人で食事を摂るために足早に校内を移動していた。


「……コラ! 廊下は走っちゃダメよ!」


 廊下をやや駆け足気味で抜けようとしていると、突然何者かに注意された。


「……って、朝霧君じゃない! ダメよ、あなたみたいな人がルールを破っちゃ!」


 声の主の方を見ると、そこには髪をポニーテールにした可愛らしい女生徒の姿があった。


 錦織沙耶(にしきおりさや)。この学校の生徒会長を務めている人物である。三年生であるため俺の先輩という事になる。


「すいません。お腹が減っていたので……」


 俺はすぐに優等生モードになり、申し訳なさそうなトーンで謝った。


「特別に今回だけは見逃してあげるわ。……その代わり生徒会に入りなさい!」


 錦織先輩は仁王立ちのまま俺にそう要求する。


「それはもう断ったでしょう。二年生からはゆっくりしようと思うって、そう伝えたはずですけど……」


「あなたが居てくれた方が、仕事がはるかに効率よく進むの。……大体、私が生徒会長になることには協力しておいて、肝心のあなたが生徒会に居ないなんておかしいでしょ!」


 先輩は頬を膨らませて怒る。


 彼女の言う通り、俺は去年の生徒会選挙において先輩が当選するように尽力した。元々最有力候補だったので結果に影響はしなかったと思うが、恩を売っておくに越したことはないと考えた上での行動だった。


 しかしながら信頼を得るのは良かったが、進級時にいざ生徒会を辞めるに当たっては猛反発を食らった。うまく躱して脱け出すことはできたが、それから出会うたびに勧誘を掛けてくるのは勘弁して欲しかった。


「それについては申し訳ないと思っていますけど、俺にも勉学に注力したいという事情がありまして……」


 俺は何とか彼女の怒りを宥めるようとする。


 だが、先輩の態度は増々悪くなった。


「勉学って……もうすでに学年一位じゃない! これ以上どこを目指すのよ!? そんな暇があるのなら、少しでも私に協力した方が良いと思うんだけど?」


先輩はどうやら納得できないといったご様子である。しかし俺としても、一年生の間に学校内の主要人物とのネットワークはすでに構築できている。これ以上は他人と関わるよりも自己研鑽に励んだ方が、意味があるというもの。


「……すいません。もし本当に困ったことがあるなら、すぐに力になりますので……」


 俺はとにかく弱々しい態度を取って先輩の怒りを削ぐ事にした。


「……はあ。そんな態度だと、私が悪者みたいじゃない……」


 俺の様子に気を悪くしたのか、先輩は頭を抱え始めた。


「どうかしたんですか? 随分ストレスが溜まっているように見えるんですけど」


 その問い掛けに先輩はため息をついた。


「……別に忙しいのは今に始まった事じゃないんだけど。……ほら、今部活動が丁度三年生の引退時期が迫ったこともあって、盛り上がってるじゃない? でも校長がね……」


「……ああ、またですか」


 俺は何となく察しがついたので相槌を打つことにした。


 憐明高校は勉学に力を入れている。だが部活動をしている学生にとって、今大事にしたいのは部活なのである。三年間の集大成が掛かっているのだから当然だ。


 対してこの学校の校長である五十嵐梓(いがらしあずさ)は、勉学と規律を重んじる女性なのだった。理事長から委任されて長い間校長として職務を全うしているが、他の追随を許さない厳しい校則の数々はこの人によって作られたものなのだ。憐明の進学校イメージと輝かしい実績に多大な貢献をしているが、この厳しさは学生たちの批判の対象となっている。


「校長が部活の活動時間に何度も干渉してきてね……。当然、部活生からは猛反発。生徒たちは生徒会にどうにかするように要求するし、学校側からは逆に生徒達を何とかしろってお達しが来るし……」


 いつの世も中間管理職が苦労するという事か。両者の板挟みになるというのは心穏やかではないだろう。辞めといて良かった。


「……大体、あの校長は近隣住民からの苦情すらも生徒会に言ってくるのよ! いくらなんでも生徒会だけじゃ対応できないでしょう!?」


「へえ。住民からの苦情なんてあるんですか。一体どんな?」


 俺は溜まったフラストレーションが発散されるように、先輩の愚痴に付き合うことにした。


「……何って『お宅の学生が騒いで下校しています』とか『公園で男女が不純異性交遊をしています』とか。終いには『女装した男子生徒が市街地を走り抜けていた』とか……私たちにどうにか出来る領分じゃないでしょう!」


 進学校である憐明にもそんな文句が飛んで来るものなのか。内容が存外どうでもいい事ばっかりだな。最後のは心当たりがあるし。……というか女装バレたのか。何があったか知らないけれど、伸也が不機嫌な理由は分かった。


「ははは……大変ですね……」


 俺は苦笑し同情しているかのような態度を取った。


「ええホント……あの校長は世間からの目を心配し過ぎなのよ……。あーあ、誰かさんが助けてくれたら楽になるんだけどね!」


 先輩は再び俺の方に鋭い視線を向ける。そんな目で睨まれても、俺にはただただ怯えることしか出来ない。


「……はあ、もういいわ……生徒会室に戻らないと……」


「……お仕事頑張ってください……」


 死地に向かう兵士のように力強く、そして悲壮感を漂わせながら先輩は去って行った。


 生徒会長というのは大変だな。さすがにあそこまで仕事や責任を負うことになるのはリスクとリターンが破綻している。


「……ふう、他人の不幸は清々しいぜ!」


 そんなこと言いながら俺は購買部へと再び向かうことにした。伸也を宥めるために何か買っていくか。あの日の事を思い出すようにプリン買っていこうっと。


 気が付くと足取りは自然と軽いものになっていた。


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