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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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6.仮初の契約

 店内での騒ぎが終結し、俺は店の休憩室で手当てを受けることになった。今日はもう店を閉めるという事で、他のスタッフは目下片付けに勤しんでいる。対して俺は桐生と二人っきりでで残される運びとなった。


 手当は有り難いが、この女にしてもらうことになるとは……。


 椅子に腰かけた俺の眼前には、手に包帯を巻く桐生の姿があった。この店の制服なのか知らないがウェイトレスの格好をしている。なんというか、普段学校にいる時とは違う印象を受ける。


「……伸也のヤツ、帰っちまうなんて」


 俺は桐生がこの店で働いている理由をすぐに問い質すつもりだった。だがここまで協力してくれていた伸也は、逃げるように帰ってしまった。『こんな姿を同級生に見られたくない!』とのことである。


「……はい。終わったわよ」


 無言で作業し続けた桐生は、手早く包帯を巻き終えた。


 俺は怪我した右手を訝しむように眺める。


「……お前なんかに施しを受けることになるなんて……一生の不覚だ。……チ、俺に貸しを作ったこと、感謝するんだな!」


 俺は睨み付けながらそう言い放った。


 その言葉を聞いて、腕を組みながら桐生は顔をしかめた。


「……あなた、学校とは全然態度が違うのだけれど? ……そっちが本性なの?」


 口を尖らせながら疑問の言葉を投げかける。


「どうでもいいだろそんな事。問題なのは、お前がここで何をしているかという事だ。さあ、答えてもらおうか!」


 アルバイトをしていることは最早明らかだ。経緯や理由については自分で話してもらった方が煩わしくなくて都合が良い。


「黙秘権を行使するわ」


 この期に及んでこの態度。流石とも言える。腹が立つけど。


「い、痛いよー。誰かが困っている所を助けて、止む得ず怪我した右手が痛むよー。こんなに痛いのに、誰も優しくしてくれないよー」


 右手を掲げてオーバーなリアクションをする。オラ、罪悪感に苛まれろや!


「……助けてくれてたのは、感謝するわ。……でも、助けられて言うのも何だけど、もっとスマートなやり方はなかったの?」


 桐生は呆れたような顔つきになった。完全に俺を変人と認識している。どうやら誤解を解かなければならないらしい。


「……あいつらかなり沸点が低そう感じだった。だから話し合いでの解決は無理だと判断したんだよ。もし強気に出れば、殴り合いのケンカになっていたかもしれない。それを見越して先に手を出すなんかは論外。そうなると、多少強引でも向こうから自発的に消えてくれた方が良い。……そうだろ?」


 俺の回答に桐生は意表をつかれたような表情を浮かべる。


「へえ……ちゃんと考えての行動だったのね。少しだけ見直したわ」


「賞賛の言葉はいらねーから、俺の質問に答えろ。ウチの高校では、学業の妨げになるような行為は一律禁止になっている。……当然『アルバイト禁止』もその中にはある」


 憐明高校の校則は他校とは違い相当に厳しい。『学内への携帯電話などの持ち込み不可』などを筆頭に様々な制限が存在する。特にアルバイトについては理由如何に関わらず、絶対禁止と定められている。


「携帯の持ち込みなんかは誰でもこっそりやってるが、バレれば相当なペナルティが課せられる。それがアルバイトにもなれば、どうなるかぐらい分かるだろ?」


 遊ぶ金欲しさでやるにはリスクが大きすぎる。だからこそ、桐生がなぜこんな事をするのかを聞き出さなければ。


 俺の追及に対し、彼女は口元をキュッと引き締めた。


「……何も聞かず、見なかったことには……してもらえないかしら?」


 自分に非があると自覚しているのか、彼女は初めて俺から目を逸らした。


「ダメだ。お前のその行為は他の奴らを欺いて、ズルをしているのと同じだ。如月先生に目を掛けてもらってるくせに、その恩を仇で返すようなもんなんだぞ。断固拒否する」


 まあそんなこと全く思っていないが。今最もコイツに効くのは正論をぶつけることだ。自分が悪いことをやっているということは、他でもない桐生自身が分かっているはず。


 予想通り、桐生の顔がわずかだが強張った。


 ……もう一押しだな。


「それにな、さっき不祥事になるのを避けたのはお前の為でもある。あのまま問題になって警察の厄介になってみろ。……当然学校に連絡が行く。そうすれば、渦中の人間であるお前の秘密も露呈することになる」


 俺は桐生を真っ直ぐに見据え、真剣な口調で話を続ける。


「もしお前がつまらない理由でバイトをしてるなら、俺は脅してでもそれを辞めさせる。そうでないならば、少しは対応を考えてやる。……長くなったが、とにかくここから先はお前次第だ。何も言わないなら、俺は前者だと判断するぞ」


 俺は桐生に最後通牒を突き付ける。もう選択の余地はないはずだ。


 しばらくの間、桐生は立ち尽くしたまま沈黙を守った。


「……分かった。全部話す……」


 桐生は俺に向き直る。やれやれ、心を開く気になったか。作戦成功だ。


「……まず先に断わっておくと、如月先生は私がバイトをしているのを知っているわ」


「――はあ? どういうことだよ?」


 俺は桐生の言葉の意味を計り兼ねた。


「……私の家は、その、……大きな借金があって、……お父さんも死んでしまって。以前はお母さん一人で返済している状態だったの……」


 桐生は自分の体を抱きしめながら、弱々しく小さな声で話す。


「高校に入学してから、私は何とかしてお母さんの助けになろうとしたわ。家事や手伝いなんかは私でも出来たけど、……お金を直接稼ぐのは校則でどうしても無理だった」


 それはそうだろう。家計の助けになろうとバイトをやろうとした生徒は今までにも何人か居たらしい。だが一つの例外もなく却下されたと聞く。


「……でも、その話を如月先生にしたら『定期考査で学年二位を取り続けろ。それが出来ている間は、私が金を稼ぐ場所と許可を与えてやる』って言ってくれたの」


「……」


 つまりこのバイトは如月先生が用意した物だったということか。高校生が健全な環境で働くには、保護者の許可や学校からの認可が必要な場合もある。如月先生が登場することでこれが解決するわけか。


「私は言われた通り、学年二位を取り続けたわ。そして先生から許可をもらった後、お母さんを必死に説得して、ようやく働けるようになった――という経緯よ」


「ふーん。ならここは如月先生のお墨付きをもらえた所なのか」


 そう言われると、この喫茶店はそれほど悪くない場所なのかもしれない。駅から近いことに加え、営業時間は条例で定められた高校生の就業時間とも相性が良さそうだし、客層が著しく悪いという事もないだろう。今日のようなことは普通起きないだろうし。


「普段は厨房で働かせてもらっているわ。客前に出ると、もしかしたら憐明の生徒や知り合いに出くわすかもしれないから」


 その辺も考慮してあるのか。さすがは如月先生だ。


「でも今日のようなトラブルは想定していなかったんだな?」


 俺の問いかけに桐生は苦虫を潰したような表情を浮かべた。


「……あんな人たちが来る事なんて滅多にないわ。しかも女の子に乱暴しようとするなんて……」


「そこでヒーロー登場というわけか! さすが俺! カッコいい!」


 俺はガッツポーズを決める。この英雄譚は何かに書き留めなければ不味いだろう。忘れないうちにメモしとくか。


 俺はポケットから『死海文書日記』を取り出した。


「……何その手帳? 付箋がびっしり……」


 桐生は俺の手帳を見てやや引いたようなリアクションを取る。


「俺の日々の行動を記す『死海文書日記』だ。些細なことでもメモするようにしているのさ。 効率よく生きて行くために記録は大事だからな」


 俺はそう言いながら手帳を開こうとする。


「――あ!? チクショウ! 何だこれ!?」


 開こうとする手帳をよく見ると、ページの端の部分がジュースで濡れていた。


「……床を転げ回っていた時に付いちゃったのね」


「……まあ、使う分には問題ないだろう」


 手元を覗き込む桐生を余所に、俺はとりあえず手帳をポケットに戻した。


「……それで、その……あなたはどうするの? このまま私がバイトをしていると学校に報告するのかしら? それとも私を強請るのかしら?」


 桐生の言葉には感情が籠っていなかった。表情もいつも通り冷静なものに戻っている。だが……どことなく不安がっているイメージが想起された。


 俺はしばらくの間、わざと悩んだような素振りをすることにした。


「いや別にどうでも良いです。というかむしろ拍子抜けしたわ」


 俺はあっけらかんとした口調でそう言い切った。


「――どういうこと?」


 桐生の方は不可解といったご様子だ。


「この件に如月先生が絡んでいるのだとすれば、敵対するより協力する方が俺にとっては得策だ。それにお前が俺にやたら暴言を吐く理由もわかったしな」


 アルバイトをひた隠しにする以上、親しい友人を作るのは自殺行為だ。初めは普通で、途中からキツイ物言いになったのはその為だろう。


「……暴言を吐いたのは謝るわ。……でもあなたも、私とは違った秘密があったみたいね」


 桐生は俺を見ながら不敵に微笑んだ。


 ほほう、弱みを握られてなお俺と交渉しようという態度は褒めてやる。ここは互いに譲歩するのが良いと悟ったのだろう。ムカつくけど。


「……そういうことだな。……ではこういうのはどうだ?」


 俺は人差し指を立てて、桐生にある提案を持ちかけた。


「互いの秘密を守り、場合によっては協力し合う……『友達契約』を結ぶというのはどうだ? お前にとっても俺にとっても利があると思うが……」


 俺は桐生の真ん前にまで接近し、契約を持ちかける。


「『友達契約』……えらく矛盾した関係ね。……ええ。それで済むのなら、私は構わないわ」


 桐生は迷うことなく俺の提案に承諾した。


 ……してやったり! 一方的に脅迫するような形でも場合によっては仕方ないと思ったが、互いに満足できる条件で合意が得られたのは僥倖だった。片方に不満が残るような関係はいずれ崩壊し兼ねないからである。


 今回の事で俺は桐生との協力関係を得られ、場合によっては俺の利益となるよう利用できるかもしれない。少なくとも、もう朝っぱらから暴言を吐かれる心配はない。


 おまけに如月先生に対して有効なカードを持つことが出来た。あの熊野郎の弱みを握れたのが一番の収穫だったかもしれない。


 とにかく俺にとって得しかない。最高の結果と言える。


「……今気づいたのだけれど、もしかしてあなた私の事尾行していたのかしら?」


「え? まあ、そうだけど」


 桐生の目つきが再び鋭くなる。というか今更気づいたのか。


「……一体いつから?」


 桐生は見て分かる程に怒っている。今日一番の剣幕になっていた。


「フ……まさか一日目から尻尾を掴めるとは思わなかったけどな。その点だけは、あの二人組に感謝しなければならない」


 あれが無かったら、桐生の秘密には辿り着くのは難しかっただろう。幸運まで持ち合わせてしまうとは、最早本当に弱点がないな。


「……一日目。……私も運がないわね……」


 桐生は諦めたのかそのプレッシャーを引っ込めた。


「……?」


 もっと噛みついてくるかと思ったが、意外にも桐生はそれ以上何も言ってこない。まあいいや、俺は今日の結果に大満足だ。


 それにあの熊女、どう料理してやろうか。


「……どうしたの? 何だか……すごく危険なオーラを感じ取れるのだけれど」


 桐生は俺の方を見てそんなことを言ってきた。


「……フフフ、……桐生さん! これからもよろしくね!」


 いつものスマイルが、表と裏でこれほど噛み合ったのは初めてかもしれない。本当に自分の才能が恐ろしい。


 俺は家に帰るまで、その笑みを隠すのに苦労した。


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