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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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5.闘争への返礼

 店内に入った俺たちは全体が見渡しやすい席に着いた。喫茶店内はそれなりの広さがあり、オシャレな装飾が施されていた。木目調のデザインが基調となっており清潔感もある。人は少ないが、それは目立たない立地のせいだろう。


「何頼もうかなー」


 対面に座る伸也はすっかり目的を忘れているようだった。メニュー表とにらめっこしている女子(男子)を無視し、俺は店内を隈なく探す。


「くそー、ここじゃなかったか。……一体どこ行ったんだ?」


 どこを見ても桐生の姿はない。どうやら無駄足だったようだ。


「まあまあ、そんな気にしないで。やっぱりこんな事するべきじゃなかったってことだよ!」


 何を頼むのか決めた様子の伸也は呼び出しボタンを押した。これ以上自分の恥ずかしい姿を大衆に晒さずに済むことからか、機嫌が良いようだった。


「確かに女装するのはどうかと思う」


「殴るよ」


 眉を吊り上げて怒る伸也。そんな恰好で睨まれても全く怖くない。


 しばらくすると、リボンで髪を結んだ俺達と同い年くらいの女性ウェイトレスがやって来た。


「ご注文は?」


「えーと僕はホットケーキセットを。……鏡夜は?」


「え? うーん、そうだな……」


 俺は今更ながらメニュー表を眺める。というか何かを食う気分じゃないんだが。


「むー。どれも美味しそうだな。……えっと、何かオススメのメニューってないですか?」


 俺はいつものように笑顔を浮かべて店員の女の子に尋ねた。


「え!? そ、そうですねー……」


 俺の問いかけに少し驚いたのか、その子は困ったような表情を浮かべる。


「あ、ごめんなさい、困らせて! ……店員さんが今食べたいものでもいいですよ!」


 俺は即座に謝り、相手を気遣うような言葉を掛ける。


「えっとですね……この自家製プリンは美味しいと思います。私も好きですし……」


 その子はそう言いながらメニュー表のプリンを指さす。


「プリンか! いや~丁度食べたいと思ってたんです! これ一つお願いできますか?」


「は、はい。畏まりました!」


 俺の笑顔に多少安心したようだった。その子は注文をもう一度確認して、奥へと下がって行った。


「まあまあ良い印象を与えられたかな?」


 フランクな言い回しを意識しつつ、馴れ馴れしいと思われないように丁寧語だけはキチンと使った。手応えアリだな。


 自分の仕事ぶりに満足して伸也の方を見る。


「毎度毎度良くやるね。……ナンパだってお手のモノじゃないのかな?」


 伸也は俺の豹変ぶりに呆れているようだった。


「……それにしても桐生さんは何が目的だったのかな?」


 伸也は思い出したように桐生の事を話し出した。


「確かにな。……今後も調べていくしかないか。今日は付き合てくれてありがとよ。全く収穫がないわけではなかったし」


 少なくともこの市街地までがヤツの行動範囲に含まれていることは分かった。こういう小さいことの積み重ねが大事なはずだ。


「お礼として好きなだけ食えよ」


 伸也も俺の感謝の気持ちが伝わったのか、満足げなご様子だ。うん、写真もたくさん撮れたし。どう使って遊ぼうかな。


「――こ、困ります! そいういうのは!」


 すると離れた席から、先ほどプリンを薦めてくれた店員の声が聞こえてきた。


「良いじゃん! メアド教えてよ! ね!」


 見ると二人組の学生客が言い寄っているようだった。制服を着ているが憐明の生徒ではない。一人はピアスを付け、もう一人は髪を染めている。ザ・ヤンキーみたいな奴等だった。


「ど、どうしよう鏡夜! 大変だよ!」


 伸也がアワアワと慌てている。


「……確かに大変だ。俺の後という事で、あの子の中で男に対するハードルは上がっているはずだからな」


「ナンパの難易度の話じゃないよ! 助けないと!」


 伸也の言う通り、二人組はかなり過剰な態度を取っている。腕を掴んで連絡先を聞くのは流石にマズいだろう。そんなことも分からないのか?


 何とかしなければならない。とは言え、自分からトラブルに関わるのは得策ではない。ここはもう少し様子を見て――


「手を放しなさい、あなた達!」


 突如その場に乱入者が現れた。


「――な!?」


 俺は横槍を入れた存在に驚かされた。


 桐生彩。彼女が黒いウェイトレス姿で出て来たのである。


「……これは!?」


 思わず疑問の声が出る。しかし、今視界に映っている光景はある事実を俺に示していた。


 桐生彩はここで働いているのだ。エプロンを身に付けていることから、今までは厨房で作業していたのだろう。


 桐生は恐れることなく二人組に詰め寄る。


「当店では、そのような行いは認めておりません。直ぐに出て行ってください!」


 彼女は二人組を睨み付けてそう言い放った。その登場に虚を突かれたのか、ピアス野郎は掴んでいた手を解いていた。


「きょ、鏡夜、これって……」


 心配そうな声で伸也が俺に話しかける。


「……ああ……」


 おそらくはより不味い事になった。


 すると静止したままだった男たちは途端に喜びだした。


「……スゲーかわいい子じゃん!? ねえねえ、この後ヒマ? 一緒に遊ぼうよ!」


 その対応に桐生の表情はより厳しいものになった。


 ですよね。サルの前により旨そうなエサが現れたようなもんだ。奴らの標的が変わっただけで、何も解決には至っていない。


「俺達、この後ヒマなんだ! 何時にバイト終わる? メシでも食いに行こうよ!」


 そう言いながらピアス野郎は桐生の肩に触れようとする。


「――止めて!」


 パシンと良い音が響き渡る。桐生は男の手を払いのけた。


 その対応に、ニヤニヤしていた男たちは態度を一変させた。


「……何? 随分お高くとまってるね? ……調子に乗りすぎなんじゃない?」


 いや調子に乗ってるのはお前らだろ! どんだけ沸点低いんだ!? そんなんじゃ俺が日頃受けた暴言で爆発しかねないぞ!


 今にもキレかねないようなピアス野郎。


「――ッ」


 桐生は男たちに危険な雰囲気を感じ取ったのか、わずかに後退する。


 するとピアス野郎は、先ほどとは打って変わり無理やり桐生の腕を掴んだ。


「――な!? ――この、離して!!」


 予想外の動きに、初めて桐生の声が悲鳴のような物に変わった。必死に振りほどこうとするが、力で女が男に勝つのは難しい。


「ちょっと痛い目見てもらおうかな。俺達傷ついたし」


「賛成―。反省してもらわないとね」


 やり取りを眺めていた金髪の方も桐生に近寄っていく。


 完全にマズイことになった。現代社会でこんなこと実際にあるのかよ。というかアイツら血の気が有りすぎ。


 俺は桐生の様子を窺う。


 ここからでは男たちでよく見えないが、微かに震えているように見えた。


「――チ」


 俺はその場から一直線に騒動の中心へと向かう。


「あのー、や、止めましょう! こういうことは良くないです!」


 俺は善良な一般市民代表というスタンスで仲裁に入ることにした。物事は穏便に済ませるに限るからな。


「――はあ? 何だお前?」


 その場に居た人間の注目が俺に集まる。事態を青ざめた様子で見ていた先ほどの女の子は、厨房へと消えて行った。おそらく誰かを呼びに行ったのだろう。賢明な判断だ。


「――あ、あなた!?」


 桐生の顔が驚きに包まれる。だが今は無視だ。問題なのは目の前に居る二人組をどう処理するかということ。


「何なのお前? ヒーロー気取り? 死にたいの?」


 ほらすぐ死ねとか言う。屑を相手にするのは疲れる。


「い、いえ。とにかく止めましょう! ほら、彼女も困っているみたいですし」


「うるせえ!」


 桐生との間に割って入ろうとした俺を、クソピアス野郎は突き飛ばした。


「――く!?」


 その衝撃で、仕切りにもたれ掛るように倒れてしまう。


「引っ込んでろよ、クソ野郎!」


 ピアス野郎と金髪野郎は俺を見ながら、声を上げて笑い出した。


 

 ――この俺をコケにしやがったな?



「……低能のクソザル野郎が……」


「――は?」


 その言葉に男たちが反応を示す。


 俺は素早く立ち上がり、桐生を放そうとしないピアス野郎の腕を逆に掴みこんだ。


「――低能のクソザルだと言ったんだよ! 言葉も分からねえのか!? ああ!?」


 至近距離で凄みながら、俺は掴んだ右手に全力の力を籠める。


「――ぐ!? は、放しやがれ!」


 堪りかねたのか、ピアス野郎は腕を振り回してそれから逃れ、そのまま後退した。


「あ、朝霧君!? あなた!?」


 俺の変貌ぶりに驚いたのか、桐生は目を丸くして驚いている。


 こいつらが敵意をぶつけてくるなら、俺も敵意で応戦するまでだ!


「……テ、テメエ!? やんのか!?」


 二人組の男は殺気立った様子でこちらを睨み付ける。俺は男たちと桐生の間に割って入り込むようにポジションを取る。


「……お前らみたいな屑のために使う時間は無いんだよ。全く、無駄に発情しやがって! ……いいか?」


 俺は近くの席に置いてあったジュース入りのグラスを手に取る。


「テメエら……これ以上キャンキャン喚くようなら――」


 俺は手に力を籠めて握力でグラスを破壊しようとする。


 バリンと乾いた音が響き渡った。


「――こうなるぜ?」


 辺りに静寂が流れた。


 決まった! ……完全に決まった! これ以上ないほどに、俺の強さを見せつけることに成功した。


 俺は満足して、ジュースまみれの右手に視線を落とす。


 グラスの破片が突き刺さったのか、血が流れ出していた。


「……え? 何これ? 痛くね? ……いや、普通に痛い!」


 俺は右手に走る痛みに耐えられず、その場に倒れ込んだ。何じゃこりゃあああ!? 血がいっぱい流れてる!? 


「痛てえええ!? 何だよこれ!? こんなに痛いのかよ!? きゅ、救急車! クソ、何てことしやがる!? 警察だ! 警察を呼んでくれ!」


 俺は大声で助けを呼んだ。


「け、警察!? 何言ってやがる!? 自分で怪我したんだろうが!?」


 ピアス野郎は意表を突かれたのか明らかに慌てている。


「うるせえ! 元はと言えば、お前らがつまらねえ事するからだろうが! 絶対に許さねえ! 傷害罪で訴えてやる!」


 俺は大声を出しながら床をのた打ち回った。二人組は俺の奇行の前に動揺を隠せていない様子だ。


「――もしもし、警察ですか? はい、実は今二人組が――」


 遠目から眺めていた伸也が、こちらに聞こえるような声で携帯に話しかけている。


「オ、オイ!? 逃げた方が良んじゃね!?」


「そ、そうだな! 覚えてろよ!」


 分かりやすいぐらいの捨て台詞を残して、男たちは駆け足で逃げて行った。


 再び静かな時が流れる。


「……鏡夜、もう良いよ」


 伸也が近寄ってきて、俺に合図を送る。


 蹲ったままの俺はのっそりと立ち上がった。


「……フ、作戦成功だな」


 馬鹿共と直接やり合う必要などない。向こうから関わりたくないと思わせれば良いのだ。


「……鮮やかなやり様だっただろう? ……感心して言葉も出ないか?」


 俺は振り返り、桐生と向き合った。


 立ち尽くしていた彼女は何とも言えないというご様子だ。少しだけ悩んだような素振りをして、一言だけ感想を述べた。


「……滑稽だったわ」


 その言葉には俺も同意だった。


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