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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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2.侵略者の横暴

 校舎内を歩き続けた俺はとある教室の前にまでやって来た。一般生徒達が利用するエリアから離れた一画。俺は毎朝この教室を訪れている。


 廊下の隅に無造作に設置してある机。俺はその中から一本の鍵を取り出し、教室のドアを開ける。


 足を踏み入れ室内を見渡すが、中には当然誰もいない。俺はそのままいつものように一番後ろの席に陣取ることにした。手際よく参考書などを用意し、決められた予定を遂行する。


 この静かなスペースこそ俺のオアシスであり、如月先生との契約の対価とも言える。


 俺はこの高校に入学してすぐに先生と協力関係を結ぶことになった。俺は生徒側の視点から先生に役立つ情報を教えたり、秘密裏に先生の仕事を手伝ったりする。代わりに先生には俺の学園内での行動について目を瞑ってもらったり、俺の要求に対して便宜を図ってもらったりする。


 毎朝この教室を使わせてもらっているのは、その中の一つだ。


 ここでやることは授業の予習・復習から受験勉強まで多岐にわたる。別に俺は家で勉強できないような人間ではない。ただ周りの環境を変えるのが気分転換に繋がり、より効率よく学習効果を出せるからだ。


 それに忙しい身分である俺は、放課後を対人関係に使う必要もある。となれば、それに費やした分を他で補填しなければならない。朝早くからわざわざ学校に出向いて机に噛り付くのはそのためでもある。


 それにまあ、学校で自由に使える空間があるというのは悪くない。


 ――ヤツが現れるまでは。

 


 すると突然、ドアを開く音が教室内に響き渡った。



 反射的に俺はいつもの営業スマイルを準備し、その来訪者の方を振り向いていた。


 視線の先に居たのは、数日前この俺に暴言を吐いた悪女だった。


「おはよう、桐生さん! 今日も早いね!」


 湧き上がってきた不快感を見事に飲み込んだ俺は、侵略者に爽やかな挨拶の言葉を送る。


 対して桐生はこちらに視線を向けることもなく、そのまま離れた席に座った。


 本当に腹が立つ。俺とのコミュニケーション(物理)を望んでいるのだろうか? 相変わらず見た目とその佇まいだけは感心するが、一体あのギャップは何なのか? 外見と中身がミスマッチし過ぎだろう。ああいう表と裏が違う人間は信用できない。いや本当に。


 テキパキと鞄から道具を取り出す桐生。その姿を後ろから睨み付ける。


 落ち着こう。ここは一歩引いて大人になるのだ。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。さあ、もう一度勇気を出して言ってみよう。


「き、桐生さん……無視は酷いよ。……今日は、その、良い天気だし、清々しい気分になるよね!」


「あなたが居なければね」


 もう子供でいいです。大人になんてならない。頼まれたってなるものか。


 桐生は依然として俺など存在しないかのように、自分の作業に集中している。こちらからは腰辺りまで下りた長髪が時折揺れてることしか確認できない。


「……き、桐生さん。……その、何をしているの?」


 勉強以外ないと思うが、それならば俺の得意分野だ。次のテストに出る重要ポイントはすでに調べ尽くしている。それを引き合い出せば、会話を成立させることが出来るかもしれない。


 俺は期待を胸に返答を待つ。


「ごめんなさい。今、あなたの死因を書くので忙しいの」


 お前のノートは死神製なのか? 何をそんなに書き込んでいる? せめて心臓麻痺で楽に死なせてくれよ。……というか、いつの間にか悪意から殺意にレベルアップしてるし。


「……ハハ、面白いこと言うね!」 


 折れかけた心を必死に立て直す。負けるものか。


「……桐生さんって、普段どんなことしてるの?」


 すると桐生は俺の問いかけに反応を示し、こちらを振り返った。


「……何? 警察に通報するわよ?」


 それは一体どういう意味? なぜ同級生の女子に質問しただけで警察沙汰になる?


「……あはは……いや、やっぱりまだ、どうしても仲良くなりたいと思って。……桐生さんには迷惑かもしれないけど、如月先生にお世話になっている者同士、せめてもう少しだけでも……」


 そう、この女をこの教室に連れてきたのは如月先生なのだ。俺がこのプライベートエリアを手に入れてからしばらく経ったある日、桐生は先生に連れられてこの場所へとやって来た。先生曰く、コイツも静かに勉強できる環境を探していたらしい。


 この特権を得るのに苦労しただけに不満はあったが、桐生とコネクションを得るチャンスだと思った俺はこれを快く許した。それがつい二週間前の出来事である。


 それから俺はここぞとばかりアプローチを掛けた。桐生は始め、淡白だがそれなりに普通の返答をしていた。続けていれば、いずれは攻略できると俺は思っていた。


 が、蓋を開けてみればこの前の惨状である。一体どういうことなのか、未だに原因不明だ。


 そして今に至る――というわけである。


「先生に心配を掛けるわけにはいかないし、それに……あの……桐生さん?」


 如月先生を引き合いに出せば多少は行けるかと思ったが、なぜだか相手からの返事がない。どういうことだろうか。


 俺は体を傾けて、桐生の方を観察する。


 よく見たら耳にイヤホンを装着し、自分の世界へと旅立っているようだった。


「……ハハ……ハ……」


 自分でも良く分からないが、取り繕うかのように笑っていた。


 もう今日は話しかけるのは止めておこう。意味のないことはするべきじゃない。俺は効率を重んじる優秀な人間なのだ。決して泣きそうになったから止めるのではない。


 俺は机に向かい、自分の勉強に取り組むことにした。

 


 結局それ以上の事は何も起きなかった。


 俺の楽園はこれからずっとあのままなのだろうか。教室を出るときには、来た時より憂鬱な気分になっていた。


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