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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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25.見えない敵

 翌日、早朝から俺は学校に登校した。いつもなら空き教室に向かい、優雅に学習に励むところであるが今日は違った。俺は登校してから真っ直ぐに職員室へと向かい、見知った教師から休校だった間の学校の動きを確認することにした。


 話を聞くところによると、この二日間に職員達の間で会議が開かれ、一時的な部活動の禁止と集団下校が決定されたようだ。雄介のような部活生にとってこれは納得のいかない決定であるが、俺はホッとしたというのが正直な感想だった。別に彼らの身の安全を考えたわけではない。これによって部活生の不満を、より脅迫犯と校長に向けることができると思い安心したのだ。校則改定の票を集めるために、これが追い風になると良いのだが……。


 そして如月先生は変わらず自宅謹慎を言い渡されているらしい。校則破りにストーカー、おまけに脅迫……度重なる問題に、学校側も先生の処分どころではないということだろうか。また桐生について触れても、特には言われなかった。とりあえず、二人の処遇については心配する必要はなさそうである。少なくとも今は。


 そして現在、昼休みの教室で俺は登校途中に買っておいたパンを頬張っていた。クラスメイト達もさして変わりない様子で昼食を摂っている。


 しかしながら、彼らの関心は脅迫犯のことではなく、別の事に向けられていた。


「鏡夜、今どれくらい票は集まったの?」


 パンに噛り付いていると、俺の所まで伸也が駆け寄ってきた。


「そうだな、大体三割弱ってところか……。上手くいけば、明日中に過半数まで行くかもしれない」


 俺は教師達の目に触れないように隠していた、タブレット端末を鞄から取り出した。ササッと画面を操作してメールボックスのアプリを起動する。するとそこには、日付が今日付になっているメールが大量に送られて来ていた。


「よしよし、勢いはまだ衰えてないな。これなら大丈夫か」


 俺はメールの総数を確認して、ニヤリと笑った。その様子を眺めていた伸也は、いつになく上機嫌になった。


「上手くいっているみたいだね! ……でもよく考えたよねー、生徒から賛成票を集めるのにネットを使うなんて」


 ニコニコした表情で話す伸也に、俺は頷くことで応えた。


 俺が昨日までにやったことは一つ。『校則を変えるための生徒投票を行う』『票を集める媒体にメールやSNSを使用する』、この二点を学校中の生徒に周知することだった。


 通常、校則の改定に代表されるような投票活動は、専用の用紙に記入すると誰もが考える。だが生徒達を体育館や講堂に集めて、挙手による採決を行うというやり方も可能である。要は生徒達からの意思確認さえ行えるのなら、それで十分なのだ。


 そして俺が考えたのが、携帯やパソコンなどのネットを介した投票方法だ。ほとんどの生徒が学校に隠れて携帯やスマートフォンを持って来ているため、彼らはいつでも投票に参加できる。そしてこの方法ならば時間をさして掛けなくても票を集められる上、『携帯電話などの学校への持ち込み禁止』という校則により、教師たちに投票行為がバレるのを防ぐことができる。なんせ使用している所を見つけられれば、即座に没収されてしまうのだ。そうならないように生徒自身も注意して行動するだろう。


 投票媒体にネットを使用している事が、申請の際に問題視される可能性もあるが……おそらく大丈夫だろう。賛成票の頭数と個人名さえ揃えておけば、正式な書式を要求された時点で改めて記入してもらえばいい。一度賛成票を入れた人間が、用紙の記入に応じないなんてことはあり得ないし、意思確認が取れているならば作業はすぐに終わるからだ。


「錦織会長が中心になって呼びかけてくれているから、生徒達からは『生徒会の活動の一環』として認識されているはずだ。協力も取り付けやすいはず」


 俺は端末を眺めながら、伸也に説明する。


 今回の投票活動は、錦織会長が主導で動いているということになっている。実際は俺が会長に指示を飛ばしたり、お願いをしたりしているのだが。そして表向きには『朝霧境夜はあくまでも被害者』ということになっている。生徒会長という肩書がある錦織会長の方がまとめ役としては適切だし、俺は被害者という立ち位置でそれに協力するのが最善だ。


「自分から被害者根性丸出しなのは、反感を買いかねないからな。俺は淡々と知っていることを生徒達に伝え、そして『迷惑掛けてごめんなさい』と謝る。彼らが望んでいるのは俺のそういう態度だ」


 俺がそう補足すると、伸也は目を細めて苦々しい表情になった。


「……うわ、そんなことまで考えてたんだ。……性格悪!」


「どこがだよ!? 女の子を守ろうとして危険に突っ込み、校長の圧力にも屈することなく真実を伝える! まさに誰もが同情する健気な優等生だろ!?」


 俺の反論に対し、伸也は呆れた顔つきになった。


「うん、普通に自分を優等生だと言っちゃうところが性格悪いよね。……それに周りに聞こえるかもよ?」


 ハッとなった俺は周囲を見渡す。幸いにもクラスメイト達は談笑に夢中なご様子で、今の発言は聞こえていないようだった。


「危ない危ない……ふう、聞かれていたら投票に影響が出るところだった」


 安心した俺は額の汗をぬぐった。


「……でも、この調子なら何とかなりそうだね。来週ぐらいには校則の改定申請出来るかもしれないし」


「……それじゃ、遅いかもしれん」


 楽観的な考えの伸也に対し、俺は違う感想を抱いていた。


「もし来週まで引き伸ばしてしまったら、休日の間に二人が何らかの処分を受けるかもしれない。それに時間を掛けるほど、俺たちのやっていることが校長達にバレる可能性が高くなってしまう」


 今は一刻も早い決着が求められている。悠長に構えている余裕はない。


 俺は若干の焦りを感じながら、教室に設置してある時計を見上げた。もう少し

で予鈴が鳴り、昼休みが終わる。


「……ひとまず、今日の放課後まで様子を見るか」



****



 午後の授業は、特に問題なく終了した。立て続けに騒動が起きており、皆いつもと違い浮足立ったような雰囲気になるかと思ったが、存外普通の日常というカンジで時間は流れていった。俺も表面上はそのように過ごしたが、投票のことで頭がいっぱいだったのが本音だ。


 授業後、副担任の教師が終礼を行い、生徒達は帰路に着くことになった。


 俺のクラスメイト……特に三枝や雄介は、積極的に投票の呼びかけに協力してくれており、俺は彼らと軽く話してから下校することにした。二人とも部活動の友人や知り合いに話をして、投票するように促してくれているらしい。錦織会長も生徒会のメンバーを中心に働きかけてくれているようだ。


 憐明高校に入学してから、地道に積み上げてきた俺の努力が発揮されていると言える。人に好かれるように、人から賞賛されるように、人から嫉妬されないように……、今日この日まで作り上げてきた『朝霧鏡夜』というキャラクターが俺を助けている。


 しかしながら、俺の本当の正体は……クズそのものだ。それは自分でもよく理解している。人との関係を理性で推し量ろうとする、損得で考える人間なんて……最低だろう。


 だが今はそれでもいい。必要なのは目的を達成すること。一度決めた以上は、逃げることは出来ない。犀はすでに投げられた。


 寄り道することなく家に帰った俺は、自室に籠って集計作業と広報活動に勤しんだ。パソコンやスマートフォンを駆使しながら必要な人間と連絡を取ったり、メールやSNSに分散した票を集計ファイルに入力したり、やれることは何でもやった。かなりの量ではあるが、一部は伸也や会長にも手伝ってもらう事で解決することが出来た。


 しかし、それでも一番の問題は解決していない。


「……集まった賛成票は……全校生徒数の四割未満か……」


 現在時刻は午後八時過ぎ。前日の丁度この時間から票を集め始め、丸一日でこの数を集めたのは悪くはないかもしれない。だが票の集まる速度はすでに衰えてしまっている。もしかしたら、もう一日かけても四割突破すら危ういかもしれない。


「クソ……どうすりゃいい!?」


 俺はパソコンのモニターを睨み付けた。


 短期決戦で何とかしたいところであるが、肝心の票が集まらなければ何もできない。正直な所、何とかなるだろう……と心の底では思っていた。


「はあー、……何か手はないか」


 思わずため息が漏れてしまった。


 脅迫状のおかげで、生徒達に桐生と如月先生のことを正確に伝え、彼らの同情を集める事は出来た。それに桐生は美人で男子から人気があり、如月先生も教員という立場ながら生徒達から好かれている。その二人を助ける為ならば、多くの人間が手を貸すと思った。


 結果は、俺が手を尽くしてもこの有様。


 人というのは、他人事だとやはり無関心になってしまうのだろうか。その冷たさに少しだけぞっとした気持ちになる。


「……分かっていただろ……そんなこと」


 俺は向けようのない感情に対し、歯を食いしばることしか出来なかった。


 人間は自分に火の粉が降りかからない限り、誰かが苦しんでいても……結局どうでも良いのだ。自分を守るために、平気で人を傷つけることも出来る。その人が泣いていても、簡単に耳を塞いでしまう。


 ――どうして、私を助けてくれるの?


 いつか桐生が俺に言った言葉を思い出す。


 俺はどうして、こんなに必死になっているのだろうか? 彼女の事が好きになったのだろうか? ただ単に、彼女に貸しを作りたかったのだろうか? ヒーローの真似事でもしたくなったのだろうか?


「……」


 無言のまま、ぼんやりと目の前の空間を見つめる。


「…………作業に戻ろう」


 嫌なことを思い出しそうになった俺は、頭を切り替えてパソコンに向かい直した。


 これ以上考えても、無意味だ。


 静かな一室にはキーを叩く音だけが響いた。


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