21.電話越しの邂逅
居ても経っても居られなくなった俺は、桐生と二人きりで過ごしたあの空き教室にやって来ていた。
教室を締め切り周囲に他の人間が居ないことを確認した所で、俺は桐生に電話を掛けることにした。
携帯を操作し、静まり返った教室内にコール音が何度も反響する。
やはり出ないだろうか、そう思いかけた所で端末の画面が反応を示した。
「オイ! 桐生か!? お前、生きてんのか!?」
ようやく繋がった電話に安堵する。死んではいなかったようだ。
「………………何?」
電話の向こうにいる相手は消え入りそうな声で返事をした。彼女の言葉にはいつもの覇気もなく、まるで死人の様だった。
「お前……ちゃんと飯食ってんのか? あれからそっちはどうなった? 星奈さんと如月先生は?」
俺は矢継ぎ早に質問する。間を空けてしまうと、この通話も途切れてしまうような気がしたからだ。
「……お母さんは、今日、仕事に行ったわ……どうしても外せない仕事があるとかで……。如月先生は会ってないから……分からない」
「そうか。……あの日、警察署に連れて行かれた後、お前らは一体何をしていたんだ? 俺よりも長いことそっちに居たらしいが……」
俺の問いかけに対してしばらく沈黙を守った後、桐生は弱々しい声で話し始めた。
「……何って、……事情を話して……お母さんと先生が来て……いっぱい怒られて……迷惑をかけた……それだけ。……お母さんなんて、思いきり私をぶって、そして私を抱きしめて、泣き出したわ……『ごめんね』って……。如月先生に至っては、ずっと無言だったわ。……そして最後に『すまなかった』……その一言だけ……」
「……そうか」
案の定と言ったところだろうか。星奈さんと如月先生は桐生の身に起こったトラブルの重大さを理解し、大きな責任を感じたことだろう。事実如月先生は謹慎処分を食らい、今や自身の職すら危うい物となっている。
「…………もういいかしら? ……今、あまり人と話したくないの……」
桐生は素っ気ない言葉を放つ。しかしながら、ここで会話を切られるのは困る。
「待て。……お前、なぜ学校に来ない?」
別に桐生は停学処分を受けたわけではない。このままではそれもあるかもしれないが、現状その段階までには至っていない。
俺の問に桐生は言葉を詰まらせ、何かに堪えているようだった。
「…………来れるわけがないでしょう!? ……私はたくさんの人に迷惑を掛けて、傷つけて、その思いを裏切ってしまったのよ!? ……そんな私が、どうやったらまた学校に行けるというのよ!?」
涙声になり悔しさを滲ませた――生の感情を剝き出しにした言葉だった。
「何言ってやがる。このまま何もせず、学校を辞めるつもりか!? それこそ星奈さんと如月先生を裏切る結果になるだろうが! ……それでいいのかよ!?」
その剣幕に負けじと俺も声を張って対応した。ここで負けては桐生が学校に来ない事を肯定するようなものだ。今まで協力してきた手前、それだけは出来ない。
桐生は俺に押されたのか、更に嗚咽をこらえようと必死だった。
「良い訳無い!! ……だけど……だけど……」
「……だけど、何だ?」
電話越しに聞こえる嗚咽交じりの声を聞きながら、俺はその続きを待った。
「………………私が……私が、悪いから……」
ようやく絞り出された言葉は、やはり俺の癇に障った。
「……何を――」
俺は怒りを抑えて、彼女の言葉を最後まで聞くことにした。
「……私が余計な事を――お母さんを、少しでも……助けたいって――そんなこと考えたから……」
もはや泣いていることを全く隠せていない。普段の強さなどどこかへ行ってしまったかのように、聞こえてくる声はひ弱なものだった。
「……私……お父さんと同じだったのかも。……誰かのために一生懸命になるだけで、結局何もできない……」
自分の非力さを笑い、自分の弱さ責めている。
「ごめんなさい、朝霧君……あなたにも、いっぱい迷惑を掛けて……」
謝ることしか出来ない、圧倒的なまでの弱者。
「……はは……本当にダメだなー。……朝霧君……私は――」
自分を卑下し、嘲笑する。
「――あなたみたいに、上手くやれる人じゃなかったみたい……」
誰かが言った――努力や優しさを踏みにじるような言葉。
そんな物が、彼女が出した結論だった。
「――違う」
そんなものは到底認められない。断固拒否する。
「――え」
桐生の声など最早耳に入らない。
ようやく分かった。俺の中で何が引っ掛かっていたのか。
「……お前は失敗したわけでも、間違えたわけでもない!! お前の周りにいる奴らが、お前を間違えさせたんだ!! 星奈さんも、如月先生も――この俺も」
良かれと思ってやった。出来ることをやればいいと思った。
それこそが間違いだった。
「誰かが言わなければならなかったんだ!! 学校に隠れてバイトをしようなんて……ルールを破ることを認めるなんて……それが間違いだったと……」
初めから、こんなやり方ではダメだということ。母親の力になりたい――その願いが真っ当な物であるのならば、間違った手段など使うべきではなかった。彼女の身に危険が迫っていたのなら、すぐに守れるよう他の人間の力を借りるべきだった。
失敗したのは――桐生ではなく、俺だった。
「……朝霧君?」
沈黙したままの俺に桐生は困惑したような声音で問いかける。
「…………まあ、そういうわけだから、仕方がなく……俺が、お前の力になってやる」
「――え!? あなた、今度は――何を!?」
桐生が何かを喚いているが、当然聞き入れる気などない。
「ああ、ちなみに拒否権はないから。嫌と言われてもやる。というか、むしろ嫌がれ!」
俺は知らず知らずのうちに笑ってしまっていた。自分でも調子が出て来たことを感じる。
「あなた……どうして――」
すでに桐生は泣き止んでいる。だがその代わりに事態が飲み込めていないようだ。
「……前に言っただろ、『受け取った分くらいは返してやる』ってな」
「え? 何が――」
全く理解が及んでいない様子だ。自分で買ったものすら忘れたのだろうか? それならそれで好都合というもの。あんな物をいちいち穿り回らされるのは堪ったものではない。
「うるせえ! 次電話掛けた時には三コール以内に出ろ! 以上」
桐生の言葉など聞かず、俺は携帯の通話ボタンを切った。




