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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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19.殺意の在り処

 俺と桐生はショッピングモールを抜けて電車に乗った後、彼女を家に送り届けるために桐生家へと向かっていた。


 親子丼を食べた後の桐生は終始不機嫌なままだった。話しかけても口から出るのは『変態』『鬼畜』『性悪』『包茎』と散々な言葉ばかりだった。最後のは特にへこむ。


 プリクラを撮るときもしかめっ面のままであり、特に始めは俺とのツーショットなど断固拒否という有様だった。しかし、床に横たわって駄々をこねるという俺の機転が功を奏し、観念したのか桐生は渋々了承した。……満足ではあったが、俺も何か大事な物を失った。


「……なあ、もうちょっと可愛い顔をしても良かったんじゃねーの?」


 住宅街に差し掛かったところで、俺は先ほど撮ったプリクラをしげしげと眺めながら桐生に問いかけた。


「……どうして私が不機嫌なのか。……それを考えればわかるでしょう?」


 横を歩く桐生はこちらを向くことなく、無表情で言葉を述べる。


 俺は彼女の言いたいことを必死に考えた。


「えーと……俺がお前よりも星奈さんにモーションをかけてるから?」


「全く違う! ……あんなに罪悪感を抱えながら食事をしたのは初めてよ! おまけに小さい子供みたいに駄々をこねる……それも公衆の面前で!」


 桐生の額に本日何度目か分からない青筋ができていた。このままでは皺になってしまうんじゃないかと心配になるな。


「お前を困らせる為なら……俺は自分を低くする事も厭わない!」


 怒り心頭の桐生に対し、俺はあくまでも素直な気持ちをぶつける。


「なぜそこで恰好をつける!? どういう自己犠牲の精神!? あなたおかしいわ!! ……少しはマトモな優しさや良心というものがないのかしら!?」


 増々桐生のテンションは危険なものになった。どうでもいいが、拳を構えるのは止めていただきたい。


 俺は彼女のご機嫌を取るために、晴れやかな笑顔で対応することにした。


「そんなものは――生まれて来る時、母体の中に置いてきちまったぜ!」


「……あなたのお母さんが不幸でならないわ……」


 桐生は完全に呆れたような表情になった。どうやら俺の勝利でことは終結したようである。いやー敗北を知りたい!


 勝利の余韻に浸っていると、再び桐生が話しかけてきた。


「……全く……根は良い人なのかと思ったけど……また分からなくなって来たわ……」


 桐生は無表情になってそんなことを呟く。


 その口ぶりに違和感を感じた俺は、すぐさま彼女を挑発することにした。


「おいおい。俺が良い人なのかと思ったの? おめでたいですね」


 俺は馬鹿にするような言葉で返答する。


 しかしながら、それに反して桐生の表情は真剣そのものだった。


「……真面目に言ってるの。茶化さないで」


 今までとは違い、静かな怒りを瞳に宿している。急にどうしたというのだろうか? 正直なところ、癇に障るんだが。


「チ……何だよ」


 彼女の目線に耐えられなくなった俺は、歩きながら明後日の方を向いた。


「だってあなたの行動はどう考えてもおかしいもの。最低な言動と物言いだけど……結果として、あなたは私を助けてくれているから……」


「ふーん、ならそう思っとけば? 思う分には勝手なわけだし」


 俺は投げやりな気持ちで対応する。何が言いたいのだろうかコイツは? 俺が良い人だと? 意味が分からない。多少は道徳観も持ち合わせているが、それは利害を推し量るための物差しでしかないというのに。


 俺はまともに取り合う気が起きず、前を向いたまま歩を進める。


「……核心に触れようとすると逃げるのね。……ずるい」


「……」


 桐生は嫌気がさしたと言わんばかりの様子である。


 だがそれはこちらも同じだ。見当はずれの考えで俺を認識されては堪らない。……もうすぐ彼女の家に到着する。それまでの辛抱だ。


 だが納得がいかない様子の桐生は、俺の目の前に立ち塞がった。


「…………ねえ、朝霧君……あなた、なんで私の力になってくれるの?」


 彼女は尚も真剣な表情で俺に答えを求めてくる。真摯な瞳で問いかける言葉には、一体何が込められているのだろうか?


 そう思ったところで俺はある異変に気付く。


 桐生のはるか背後に、こちらを観察する人影があった。


「――桐生。俺の後ろに下がれ」


「――え?」


 困惑気味の桐生の手を引き、俺は視線の先の人物に注意を払った。


 パーカーを着た、やや小太りの男性がこちらを見ている。眼鏡を掛けており、見た目から察するに二十代ぐらいであろうか。


 男はこちらを向いたまま、呪詛を唱えるかのように言葉を発し始めた。


「……お前……なんで彩から離れない? 警告したはずだぞ……彼女の前から消えないと――殺すって」


 俺はその発言から、この男こそが件のストーカーであると断定した。どこかで見覚えがある……確か、桐生を追い回した日に伸也とぶつかった男が居たが……あの時のやつか。


「はあ? 何の事? つーか、お前誰?」


 俺は男を挑発するために、見下すような言葉を放った。


「――ふざけるな!! お前……ホントに殺すぞ!? 俺の彩に――付き纏いやがって!! 彼女は俺の物だ!!」


 支離滅裂な発言を繰り返す男。かなり危険な心理状態にあるらしい。桐生と俺の距離が近すぎるのは不味いかもしれない。


 俺はさらに前へと一歩踏み出し、間髪入れず男を捲し立てる。


「ああ……何だ、お前がストーカー野郎か。俺が付き纏い? 気持ち悪……ホント……吐き気がするほど不快だな……テメエ!」


「――ぐ!? ……何なんだよお前!!」


 俺の小馬鹿にした様な物言いが気に食わないのか、血走った眼で俺を睨み付ける。もう少し焚き付ければ十分だろう。


「お前こそ何だ? もしかして、自分が桐生彩と釣り合っているとでも思っているのか? 振り向いてくれるとでも思ったのか? ……ははは、冗談は顔だけにしとけ。俺ならいざ知らず、お前みたいな不細工野郎の気持ちに応えるわけないだろ! ……頭沸いてんじゃねーの?」


 俺は暴発しそうな男に対して、火に油を注ぐような辛辣な言葉をぶつける。


 すると男はわなわなと震え始め、遂に堪えきれなくなったようだった。


「……う、ううう、うああああああ!? もう殺す――!!」


 怒りに染まった男はパーカーのポケットからナイフ様なものを取り出した。


「――ッ!? あ、朝霧君!?」


 急な状況に固まったままの桐生だが、男の行動に悲鳴を上げた。


 俺は男の次の行動を想定し、上着のポケットに用意しておいた武器を握りしめた。


「ああああああああ!!」


 男は絶叫を上げながら俺へと突進してきた。


 俺は右手に掴んでいたモノをポケットから引き抜き、男にそれを向けた。


「――な!?」


 男は俺が手にしている物が想定外だったのか、その動きを一瞬だけ鈍らせた。


 俺が構えたモノ――それは拳銃だった。しかしながら当然本物ではない。ましてやレプリカでもない。これは正規に販売されている武器なのだ。


 俺は動揺した男の隙を突き、引き金を引き抜いた。


 すると銃口からは弾丸ではなく、スプレーのように霧状の物質が噴出された。


「――が!? ……あああああああ!? ――ッ!? 目が!? ……うあああああ!?」


 顔にそれをモロに食らった男はナイフを取りこぼし、両手で目を抑え込んだ。


 これは不審者を撃退するために売られている拳銃型の催涙スプレーだ。下手な武器を用意するよりは効率的だし、拳銃の形をしているため、咄嗟に本物か偽物かの判断はつかないだろう。さらに相手がそれを見て怯むことも考慮に入れ、事に臨んだのだった。こういう事態も想定していたが……本当に起こるとは驚きを禁じ得ない。


 俺は男を壁に押し付け、身動きが取れないようにする。


「観念しろ! クソ野郎が!」


 俺は手に力を籠めて男の右腕を締め上げる。


「――ふ、ふざけるな!! ――何で!? ……お前だって俺と同じだ!! 彩とヤリたいだけなんだろ!? ……自分のモノにしたいだけだろーが!!」


 呻きながらも戦意を喪失していない様子の男。


「それに知ってるんだぞ? 憐明は校則が厳しいってことを……アイツが学校に隠れてバイトをやっているって!! ……良いのか!? 俺を警察に付き出せば、俺は洗いざらい話すぞ!? 俺を警察に付き出してみろ、道連れにしてやる!!」


 男は下卑たような笑みを浮かべながらそう言い放った。


 それを聞いた瞬間、俺はあらん限りの力を使って男を地面に叩き付けた。


「――あぐ!? お、お前――」


 男の様子に目もくれず、さらに俺は全力でその体を蹴り上げた。


「――ギ!?」


 体に走った衝撃に悲鳴を上げ、男は苦悶の表情を浮かべる。


「……お、お前――」


 痛みに転げまわった男は顔を上げ、俺の方を睨み付ける。


 だが俺を見た途端、その顔が恐怖に染まった。


 俺は無表情のまま、一歩ずつ、ゆっくりと男に近づく。


 男は痛みを忘れたのか、俺の方を怯えきった眼で凝視する。


 よく見ると体は小刻みに震えており、その姿は滑稽だった。


「……あ、朝霧君!?」


 すると背後から桐生の声が聞こえ、俺は反射的に振り向いてしまった。視線の先の桐生は座り込んでおり、目の前の状況にただただ呆然としている。


 彼女の様子を確認していると、男が居た方から地面を駆ける音が聞こえた。


「チ――」


 自分の行動を後悔した俺は、即座に男を追いかけようとする。


 だが桐生をこの場に残すことも危険だと考え、悩んだ末彼女の下へと急いだ。


「おい、しっかりしろ!」


 肩を抱くように腕を回し、彼女の精神状態を確認する。


「…………ええ。……大丈夫」


 桐生は青ざめた様子であったが、どうにか正気を保っているようだ。その姿に

多少安堵した俺だが、彼女を取り巻く状況はかなり危険なところにまで及んでいる。


 俺は男の逃げ去った方を見て、追いかけるのは困難だと判断した。


「……こうなった以上、もう隠すのは無理だ。警察に連絡する」


 俺は携帯を取り出し、警察へと連絡を取ろうとした。


「で、でもそれは!?」


 桐生は俺のその行動を見て激しく動揺する。


 しかしながら、このまま何もしなければ今度は彼女の命まで危険に晒される。俺たち二人にどうこう出来る段階をとっくに越えてしまったのだ。


「ダメだ。もう……ここまでだ……。これ以上は、星奈さんにも如月先生にも黙っておくことは出来ない……」


 俺は必死な様子の桐生に最後通牒を突き付ける。


 桐生も俺の言ったことを理解したのだろう。意気消沈した彼女はその場に座り込んでしまった。表情はかつてないほどに絶望の色で染まっている。


「……私のせいだ」


 携帯を操作していると、桐生の方からポツリとした声が聞こえてきた。


「……お前、何言って――」


 その発言に激昂した俺は彼女を怒鳴りつけようとする。


 だがその顔を見て――俺は何も言えなくなってしまった。


 彼女の目からは薄っすらと涙が流れ、表情は痛々しいほどに悲しいものになっていた。


「……私のせいで……全部台無しに……!! 色んな人に助けてもらったのに……ごめんなさい……」


 自分を責め、後悔し、必死に謝る桐生。


 耳元で電話のコール音が鳴り響いていたが、彼女のその言葉がどうしても耳から離れなかった。


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