17.ゲスの逢引き①
「……デートなんて言うから、今度は何を企んでいるのかと思ったわ……」
俺の隣を歩く桐生がそんなことを言う。
電車をいくつか乗り継いだ先にある市街地の中心部。以前桐生を付け回した、駅近くにあるショッピングモールに俺たちはやって来ていた。
私服に包まれた桐生の姿は控えめに言っても可愛らしかった。毛糸生地の長袖、タイトなスカート、そこから伸びた細い足にはブーツが装備されている。ストーカー対策か分からないが黒いキャップを被り、そこから尻尾のようにポニーテールの髪が流れている。
休日にこんな女子――桐生ではあるが、一緒に行動できるのは嬉しいと言えば嬉しい。
「どうしようもなく、心がひん曲がっていますね。俺のようなイケメンがせっかく誘ったんだから素直に喜んで、『そんな……私なんかで良いの? 朝霧君とデートできるなんて夢のよう!』って感謝の言葉を言えばいいのに……」
しかしながら悪口には悪口で返さなければならない。見た目に誤魔化される程、俺は素直な心を持っていないのだ。
俺の憎まれ口に桐生は前を向いたまま対応する。
「あなたが感謝すべきよ。死になさい」
「なんで感謝したら死ななきゃならないの? 理不尽すぎだろ!」
俺だけでなくコイツも性格が悪い。少しも自分の見た目を卑下したり、謙虚な態度を見せたりなどしない。どういう教育を受けたのだろうか?
「私とてもモテるから。そんな私を独占できるんだから当然でしょう? ……はあ、私ったら罪深いわ……」
歩みを止めず、ため息をつきながら桐生はそう言ってのけた。
こういう奴にはお灸を据えなければならない。それこそが友人としてやるべきことなのだ。決して腹が立ったわけではない。
俺は優れた頭脳を駆使して、桐生の鼻っ柱を折ることにした。
「ストーカーにモテてもどうしようもないですよ。きっと件の犯人は、夜な夜なお前のことをオカズにしているんでしょうね。『ハアハア、彩ちゃん、ハアハア……僕の操縦桿を握って、空へとダイブしてくれ! この青い大空を、誰よりも早く駆け抜けて! 生クリームよりも真っ白い世界へと旅立ってくれ! あああああああ!! スゴイ!! スゴいよ!! ……ああっ! ラ○タは、本当にあったんだね! 彩たん! やっぱりあるんだよ!』とか言ってるんだよ……たぶん!」
俺の芝居がかった低くのっそりとした声を聞いて、桐生はその歩みを止めた。
「止めてくれない? キモいから。私はそんな頭のイカレたパイロットにはならないわ。あと、さり気無く「彩たん」とかホントキモい。……少しはナイーブになっている私を気遣えないの? 変な奴に付き纏われて……あなたとデートさせられて……散々な私を」
全く堪えた様子がない。むしろ俺を見下したような態度で反撃までしてきた。
勝負しようというわけか……面白い。俺と暴言対決をしようなど、如月先生に素手で挑むようなものだ。
「傷ついたと見せかけてからの暴言、流石っス。もっと心に余裕を持とうぜ! そうしないと、お前の無個性おっぱいはずっとそのままだぞ! 自分が変わらなければ、世界は変わらない。たぶん、おっぱいも変わらない」
俺はすかさず桐生が一番嫌がる――お風呂場事件を思い出すような発言をすることにした。
予想通りあの時の事を思い出したのか、桐生は不機嫌な顔つきになった。
「通報していいかしら? ……というか、無個性って何よ。殺すわよ」
今にも殴りかかってきそうな様子だ。いい感じだぞ。怒っているという事はこちらの土俵に引きずり込めたという事だ。……でもさすがに殺すのは物騒だろ。
「殺すのは止めて。……でも乳輪の大きさとか、形とか、……何と言うか……普通だったぞ」
「…………あなたは評論家になれるほど、女性の乳房に造詣があるのかしら?」
今度は体を仰け反らせ、ドン引きしたような表情になった。これはキチンと順を追って説明しなければならない。俺はプレイボーイではないのだから。
「ねーよ。動画とかで見たやつと比べたんだよ。今はほら、パソコンとネットがあればいくらでもエロ動画なんて見れるだろ?」
俺は決しておっぱい評論家などではない。それは下半身バカである雄介の領分だ。その点について俺は素人でしかない。
俺の力説に対し、増々得体のしれない物を見るかのような視線を向ける桐生。良く分からないが驚愕の表情を浮かべている。
「全く、少しも、甘く見てないわ!! あなたスゴイわよ!? そんな事を女の子に普通に話せるなんて!! 恥ずかしさはないの!?」
なるほどそっちで驚いたのか。今度は俺が下半身バカと同じ部類の人間だと考えたらしい。それはヤバいな。俺はサルじゃなし、れっきとした人間なんだから。
「一応言っとくが、俺は普段アダルトビデオなんて見ないからな。今回はある目的があっただけだ」
「えー……もしかして本気で評論家か何かになりたいのかしら?」
桐生は完全に困惑している。というか辟易とした様子だ。
「いや違う。お前に似ているAV女優を見つけて、それを用意した後、お前の靴箱にでも仕込んでやろうと思ったんだ。……だが時間の無駄だったぜ」
俺は桐生の裸を鮮明に覚えている間に、このような嫌がらせを思い付いたのである。せっかく面白いネタを得たのだから、フル活用しなければ勿体ない。
桐生の方を見ると、またしても目をひん剥いて驚いていた。
「……信じられないわ……そんな事に時間を使う人間が存在するなんて。……あなた、本当に性根が腐っているわ。いえ……もう腐海になっているわ。手の施しようがない……私はただその脅威に震えることしか出来ないわ……」
桐生は全身をガタガタと震わせて驚愕の意志を表す。
そうかなー? そんなに俺は腐っているのであろうか。まあ完全にコイツを圧倒出来たみたいだから良しとしておこう。
「いつの間にか俺が人類単位の災害になってるし……まあ落ち着けよ。今日は他に目的があるんだし、仲良くラブラブイチャイチャしようぜ!」
話を切り替えて俺はデートに集中することにした。
「きっと巨○兵もこんな気持ちだったのね。……今なら世界を滅ぼせる」
俺との会話の中で百面相だった桐生。彼女に残った感情はどうやら怒りだったらしい。
多くの宗教において、怒りは人間の最もネガティブな感情と捉えられている。……悲しいな。人間はいつになったら争いを避けることが出来るようになるのだろうか。
桐生の反撃を躱しながら、俺はただ一人思考に耽る。
****
殺伐した空気が収まった後、俺と桐生はショッピングモール内をいくつか回ることにした。本屋や洋服店も廻ったが、今回のお目当てになるようなものはなかった。
現在俺たちはここにデートしに来た目的を達成するべく、化粧品を中心に陳列したエリアへと移動していた。
「なあ、星奈さんの好みとか分かるか?」
俺は今回の目的である『星奈さんの誕生日プレゼント』を選ぶために、桐生に助言を乞うことにした。
「さあ……華美な物は好まないし……最近はお金も使わないようにしているから、何とも言えないわね」
棚に飾られている商品を見ながら桐生は返答した。
以前俺は桐生の家で星奈さんの誕生日が近いことを知った。そこで俺は今後の星奈さんとの関係を良好なものとするため、こうやって桐生も巻き込んでショッピングに勤しむことにしたのである。
おそらくはコイツもプレゼントを購入する予定だったのだろう。提案した当初は不満げだったが、ストーカーに付け回されている以上、結局は俺と行動する必要がある。つまり拒否しないことは明白だった。
俺は桐生の素っ気ない返事にガッカリした。
「ええー何だよそれ! 何のためにお前を連れてきたと思ってるの? そんなんじゃ星奈さんを攻略できないだろーが!」
俺は役立たずの娘に文句を言う。
すると桐生は怪訝な顔つきのまま、目を細めてこちらを見返した。
「待って。……あなた、お母さんを狙ってるの? いくら年上が好きだからって……止めてくれないかしら? 如月先生にしときなさい。きっとうまくリードしてくれるわ」
俺はその言葉に絶句した。
「俺の操縦桿を如月先生に……だと!?」
「誰もそんなことは言っていない。下ネタは止めて」
桐生は無表情で俺に異議を唱える。
俺と如月先生が……アクロバットなフライトパフォーマンスをやるなんて……。
「……無理だよ……想像しただけで……うわああああああ!? こ、怖いよ……ホント勘弁して下さい!」
「股間を見ながら懇願しないで」
恐怖から泣き叫ぶ俺に対して、冷静な口調の桐生。
俺は自らのスティックを気遣うように、前傾姿勢を維持したまま顔を上げた。
この女、なんて恐ろしいことを言うのだろうか。如月先生の相手を出来る男など、地球に存在するのか? 居たとしたら、そいつはグリズリーを越える能力を持っていることになる。俺にはあらゆる意味で無理だ。冬眠なんて出来ない。
「……はあ、如月先生なんて冗談でもやめてくれ。……それに対して星奈さんは良いよな! 優しくて美人で、……まさしく俺の理想だぜ!」
包み込むような温かいイメージが先行する星奈さん。しかも巨乳なのだから文句なし。
「娘の私は物凄く不快な気分なんだけど。そもそもかなり齢が離れているじゃない。いくら年上でも、自分の親と同い年ぐらいの人を……よくそんな風に思えるわね」
桐生は不快な気持ちを隠そうともせずに俺を睨み付ける。両手を組んで俺を見下すような体勢になっており、まるで裁判官の様だった。不当な判決には断固として反発しなければならない。
俺は胸を張って高らかに宣言することにした。
「フ……同級生じゃ、俺の人間性にはまるで釣り合わないからな。星奈さんが相手なら、……俺の操縦桿は完全被甲弾だぜ!」
俺はセクハラ一直線の言葉を再び桐生にぶつける。
すぐに怒り出すかと思ったが、意外にも桐生は口に手を当てて何かを考えている。一体どういうことだ?
俺がその様子に疑問を感じていると、彼女は俺に真剣な眼差しを向けた。
「…………つまり被っているということ?」
「……」
今まで言われてきた中で一番キツイ言葉だった。
****
しばらくブルーな気分を味わった後、俺たちは再度作業に戻った。落ち込んでいる俺を見て少し楽しげだった桐生を俺は忘れない。
「星奈さんって接客業してるんだろ? やっぱそれ向きのヤツが良いか」
「そうね……あなたしてはマトモな提案ね」
互いに手に取った商品を値踏みしながら、プレゼントの探索を続ける。
「美人には優しいのさ」
俺は当然のごとく、ドヤ顔で桐生に答えた。
「でも如月先生には結構辛辣なことを言うわよね。……あの人も美人じゃない?」
桐生はどうやら俺の如月先生の態度を見て、純粋な疑問を抱いていたようだった。コイツからすれば、リスクを負ってでも自分に力を貸してくれている人なのだ。まあ、如月先生も見た目はマシだが……。
「……だって、クマの噂が絶えないじゃん。そろそろ『クマを喰って生活している』という噂が流れるのではないかと俺は予測している。……そんな人に好意を寄せられるわけないだろ」
あんな化け物じみた人間を俺は見たことがない。
桐生は俺の言葉に少しばかり苦笑した。
「本人が聞いていたら面白いことになるわね。……でも確かに、あの人は私も底が見えないわ。……何と言うか、考えを見透かされている様な気分になる。頼りにはなるし、信頼もしているけど……一生あの人には追いつけそうにないわ」
桐生は真面目な口調で如月先生のことを話す。能力や容姿から判断しても、桐生が優れた人間であることは俺も認めている。その彼女ですら如月先生には敵わないと結論した。
「ほう。お前もそう思うのか。まあ俺の高校生活の目標はあの人を倒す事だから、今回秘密を握れたのは大きかったぜ。……サンキュー、ストーカー!!」
俺は得体の知れない存在に感謝の言葉を送った。
「私の目標は決まったわ。今に見ていなさい」
横で闘志を露わにした桐生が、これでもかと目に力を入れて俺を睨み付けてきた。
「おいおい滅多な事を言うなよ。お前に俺を倒せるわけないだろ!」
幾らなんでも俺に勝とうとするなんて無理があるな。まあ、凡人は凡人なりに頑張ればいいのだ。
「高校生活はまだまだ残っているわ。いつかあなたを頂点から陥落させてあげる。……その前に、一応……借りも返さなくちゃならないし……」
闘争心を示していた桐生は、急に神妙な顔つきになった。
「借り? 今のこの状況のことか?」
俺は彼女の言う借りの正体について追及する。
「……ええ、まあそうなるわ。……不本意だけれど、女の私一人じゃ不安があったのは事実だから……」
両肩を抱くようにして、桐生はその心中を吐露した。
俺の行動が、少しは彼女の役に立ったという事なのだろうか。
「そう簡単には俺相手の返済は出来ないぞ。大概の事は一人で出来るからな」
俺はあまり気にしないような素振りをしたまま返答した。
「感謝する気持ちがあるなら、有り難く受け取ってやる。俺は好意には好意で返すし、悪意には悪意で返す。それを心掛けている。……ま、受け取った分くらいは仕方がないが返してやる。だから気兼ねなく、俺にも心の借金を返すんだな」
俺は平静を保てるよう注意しながら言葉を選んだ。
万が一にでも気恥ずかしい気持ちがバレたら……カッコ悪いし。
「……そうね。考えとくわ」
素っ気ない返事をする桐生。
視界の端に捉えた彼女の口元が、ほんの少しだけ笑みを作っていた。
俺はそれに気づかなかったことにした。




