16.三つ巴の教室
放課後になり、俺は伸也たちクラスメイトと別れ、いつも通り空き教室に向かうことにした。
部活動が普段よりも短くなっていることから、校内の学生たちは少しでも有効に時間を使おうと忙しくなく移動している。雄介や三枝もその例に漏れず、終礼を終えた途端に一言別れの言葉を残すだけで自分達の部へと去って行った。
五十嵐校長はどうやら更に生徒たちの反感を買ってしまったようだ。昼休みから今に至るまで、教室内で校長の悪口を何度も耳にすることになった。
対称的に如月先生を称賛する声も確認できた。詳しく聞いてみると、部活連を中心とした生徒達は如月先生に相談を持ちかけ、その願いを聞いた先生が校長に直接掛け合ったとのことである。如月先生が登場するまでは、部活動が一定期間禁止というお触れが出る寸前まで話が進んでいたらしい。つまり決定的なラインを守るのに一役買ったのだ。
ホントに良くやるな、あの先生は。生徒達から人気があるのも頷けるというもの。
そうこうしているうちに、俺は空き教室の近くにまでやって来た。今日はやるべきことがあるため気合を入れ直す。
教室の扉を開けると、桐生と如月先生の姿がそこにはあった。
「あれ? どうしたんですか? 先生がここに来るなんて珍しいですね?」
俺は普段この場所には表れない人物の登場に面食らった。
如月先生は俺の方を振り返り、腕を組んで説明を始めた。
「ああ、桐生の私生活を確認するためにわざわざここまで足を運んだんだ。学校に秘密にしている以上、私が直接状況を確認しておくべきだからな」
そういえば桐生からもそれは聞いたな。確かアルバイトをするにあたって、定期的に先生と連絡を取り合っているという話を。
バイトによって生活に支障が出ないように、保護者である星奈さん、憐明高校の教員である如月先生、アルバイト先の店長、この三人が互いに連携しながら桐生を見守るというシステムを取っていると。これもその一環なのだろう。
「へー、それはご苦労様ですね。ただでさえ校長から目の敵にされているというのに……そんな無駄なことに時間を使う余裕があるんですか?」
しかもこのシステムは良く考えられていると思うが、ストーカーに付き纏われている手前、意味があったとは言えないだろう。
俺の不満と嫌味をたっぷり載せた言葉に先生は苦笑した。
「君は本当に嫌な奴だなー。桐生の事を黙っているから、少しは見直したというのに……もう少しお姫様を助ける王子様のように振る舞えないのか?」
「誰がお姫様なんですか? それと、そこのゲスにはスライムあたりの職種の方が良いんじゃないですか? ……中身は薄っぺらいんですから」
先生の発言に冷静にツッコミを入れつつ、俺への暴言を忘れない桐生。そういう事言われると、口からスライムを吐かせたくなるよね。
桐生の方を睨み付けるが、彼女は全く悪びれる様子もない。
「ふむ。何だ、ちゃんと仲良くやれているじゃないか。先生安心したぞ。君たちはお互いに不器用な上、無駄に優秀だからな。……ま、良かった良かった」
俺達二人を交互に眺めて先生はそう結論した。何を勝手に決めつけているのだろうか? あと無駄に優秀って何? それは無駄じゃないだろ。
俺の心境と同じなのか、即座に桐生も口を開く。
「眼科に行った方が良いと思います。……私と彼が仲良いなんて……オエッ……」
桐生は俺の方を見て、吐き気を催した様な素振りを見せる。……どういうことだよ。一応、形の上ではお前の手助けをやっているというのに……これは見過ごせませんね。
「そうですよ。決して仲良くないですよ。……せいぜい裸を見せ合うぐらいなモノです」
俺は笑いながら先生に告白した。
その言葉を聞いて、桐生は恐ろしいほどに鋭い眼光を俺に向けた。
「おいおい、もうそこまで発展したのか!? まだ高校生なんだからちゃんと避妊はしろ。……それ以上、私は何も言わん」
「……先生もふざけないでもらえますか?」
鋭い眼差しが先生の方を向く。額の青筋がはっきり見える。
だがクマ女も凄まじい胆力でこれを受け流す。
「まあ良く分かった。桐生の生活には問題なさそうだな。ついでだ……朝霧から見て、桐生の普段の様子はどんな風に映っている?」
「え? 俺から見て……ですか?」
そんな質問が来るとは思わず、少しばかり驚いてしまった。桐生の方をチラッと見ると、目を細めて俺に合図を送ってくる。
黙っていろ――という事なのだろう。それぐらい俺にも分かる。
ストーカーのことは如月先生に話すつもりはない。ここは何も問題ないと報告しておくのがベストだろう。
「……まあ胸に関してはこれからに期待ですね」
俺がそう言った瞬間、顔のすぐ横をペンか何かが驚くべき速さで掠めて行った。
「――何すんだよ!? 俺の顔に傷が付いたらどうする気だ!?」
コイツ一人でストーカー撃退できんじゃね? 俺の護衛必要なのか?
「……あなた、口を開けば本当に余計なことしか言わないわね。……この場からすぐに消えてくれないかしら?」
両手にシャーペンを装備した桐生は今にも開戦しそうな勢いだった。
「待てよ! 今日はお前にある提案があるんだ。とりあえず、それだけ聞いてくれ!」
俺は両手を付き出して休戦のサインを送る。
だがしかし、桐生は構えを解く様子がない。俺の一挙手一投足を油断なく観察している。
「……提案? ……次下らないこと言えば、即座に攻撃に移るわ」
桐生は俺に最後通告を突きつける。
一歩間違えれば、俺の他の追随を許さないイケメンフェイスが文房具まみれになってしまう。ここは慎重に行かなければならない。
深呼吸した後、俺は桐生に人差し指を向け、静かに口を開く。
「……今週末! お前に俺とデートをしてもらう!」
俺ははっきりとそう宣言した。
沈黙が教室を支配した。
桐生は固まったまま全く動かない。表情は時間が止まったかのように凍り付いている。
彼女から何か返答がなければ、俺も動くことが出来ない。
永遠とも思われるような時間が流れる。
……いつまでこの状態は続くのだろう?
俺と桐生が互いに静止たままの状態で居る一方、熊女――如月先生は腹立たしいほどにニヤニヤした表情を浮かべていた。




