15.向けられた牙
俺の所属するクラスは現在国語の授業中である。
如月先生は小気味が良いリズムで黒板に文字を走らせる。この人が授業をやっている間は一瞬たりとも気が抜けない。居眠りでもしようものなら、心に傷を負いかねない程の熱血指導を受けることになる。とは言え、如月先生の授業は分かりやすく、それなりに緩急が効いた――飽きさせないような工夫が凝らされたものであるため、生徒からの評判は悪くない。それに美人でさっぱりした性格であるのも好評で、生徒から相談を持ちかけられる事も多いようだ。
普段からこき使われる身である俺からしたら、どの辺りが人気なのか分からない。だってクマを殺せるとか言われているんだから……うん、これは仕方ない。
そんなことを考えながら俺は窓の外に目線を泳がせ、ここ数日間の自分の生活を思い出す事にした。
俺と桐生が二人で行動するようになってから、すでに一週間が経過している。
俺たちは毎日空き教室で共に時間を過ごし、放課後は連れ添って下校するというのを繰り返していた。二人きりで居るところを見られれば面倒なことになりかねないので、上手くタイミングをずらし他の場所で待ち合わせてから一緒に帰った。アルバイトがある日は桐生を一旦そこまで送り、近くの店やバイト先の喫茶店で自習をして過ごし、その後彼女を家まで送る。
とにかくここ数日間はまるでカップルかそれ以上に一緒に居ることになった。
こうして考えてみると、少しはお互いの事を理解し仲良くなったかのように思える。しかしながら、俺と桐生の間では未だに言い合いが絶えない。
なぜだろうか? 正直なところ思い当たる節はいっぱいある。裸を目の当たりにした時の事を根掘り葉掘り尋ねたり、俺を追い抜けず学年二位であることを弄ったり、カップルっぽく見えるように手を無理やり繋ごうとしたり――とにかく色々やった。『もうそろそろ、俺に対して恋愛感情が湧いてしまったんじゃないか?』と聞いた時には、まるでゴミを見るかのような目つきになった。
要約すると、さらに険悪な関係になったのではないだろうか? そう思わずにはいられない俺と桐生であった。
しばらくすると教室内に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、ようやく待ちに待った昼休みの時間がやって来た。クラスメイトたちは如月先生の授業から無事生還することが出来たためか、ホッとしたような顔つきになっている。
「おーい、朝霧! 一緒に飯食おうぜ!」
テキスト類を机に直していると、背後から弁当箱を携えた雄介が現れた。
今日は下半身バカである雄介、メガネ委員長の三枝、そして我が親友の伸也と食事を摂る約束をしていたのである。
軽く返事をして近くの机を四つ寄せる。
そして俺たちは各々の食事を始めた。
「あれ? 朝霧君、今日はお弁当なんだ。いつも学食で食べてるよね?」
三枝が俺の弁当箱を見てそう質問する。
今日はウチの母親が珍しく弁当を作った。というか俺が頼んだのである。普段は学食で済ますが、時にはこういうコミュニケーションを取ることも必要になる……という魂胆があった。
「まあ……こういうのも偶にはいいよね! みんなで食べるのも。いつもは寂しいから」
「……鏡夜は僕と二人で食べるのが不満なのかな?」
隣で可愛らしい弁当箱を用意した伸也が、俺の方をジロッと睨み付ける。
「俺はお前と居るのが大好きだよ? この前だって、いっぱいプリンをプレゼントしたじゃないか!」
「……ああ、そうだったね」
俺の言葉に嫌なことを思い出したのか、伸也の顔が苦虫を潰したような顔になった。
それを見て満足した俺は弁当に手を付ける。
「……そう言えば、最近学校に可笑しな手紙が来てるって聞いたんだけどよ。それについて……どう思う?」
雄介が少しばかり真剣な口調で話を切り出した。
「……確か、ここ何日かで学校を中傷する手紙とか電話が増えたらしいね。憐明の生徒が迷惑を掛けてるとか、夜遅くまでうろついてるとか、そんなカンジの内容で……」
三枝は頭に手を当てて思い出そうとする。
この話については俺も耳にしたため、錦織先輩から詳細を聞いていた。
「俺も錦織会長から少し話を聞いたな。前からそういうのは度々あったらしいけど、ここ最近のは異常だって……。特に部活帰りの生徒を非難したヤツが多いとか……」
俺は見聞きしたことの一部を話した。
「そうなんだよ! おかげで部活が十分に出来なくなっちまって……大会を控えてるっていうのに、このままじゃマズイんだよ!」
雄介がおかずを口いっぱいに頬張りながら憤慨する。
コイツ……モテたいという不純な動機で入部した癖に。三枝が居るからって気張らなくていいんだぞ。
だがこの問題は部活生にとって深刻なものであることは間違いなかった。時期的にどこの部でも大会が近く、ただでさえ神経質になっている。そんな中、外部からの妨害によって部活動の時間そのものが削られるなんて、真剣に取り組んでいる者からすれば堪ったものではない。
そして今回の状況に、五十嵐校長は水を得た魚のごとく部活動に干渉してきた。今はまだ時間を削っただけで済んでいるが、このままではそれ以上の事態になりかねない。
部活連と学校側の板挟みにあっている錦織会長は、その多忙さに俺に何度も助けを求めていた。桐生の事があった以上断ったが、あの時ばかりはさすがに可哀想だった。
うーむ、思い出すとなぜか箸が進むな。
「大変だねー。でも如月先生は、部活動ができるよう親身になって協力してくれてるって聞いたよ?」
伸也が雄介に問いかけるように話しかける。
如月先生には怖い物がないのだろうか? 上司に楯突くようなものだろうに……いや、それは全くの杞憂か。クマと戦えるのだから。
「そう! さすが刹那っちだよな! 俺らのために頑張ってくれてるし、美人で巨乳だし! あんな人が部活の顧問なら良いのにな!」
オイ、下心が言葉に出てるぞ。さっきまでの真面目さはどこ行った?
三枝の方をチラッと見てみる。顔は笑っているものの目は笑っていない。
……ドンマイだ下半身バカよ。
「まあ、どこの誰かは知らないけど。迷惑な奴がいるもんだな。俺達にはどうしようもないし、考えても仕方ないよ」
「うーん、そうよね……何だか少し怖いし、考えないようにしよ」
俺の言葉に三枝も同意のようだ。
それからはいつも通り他愛もない話に俺たちは戻った。
しかしながら、この問題が俺と桐生に関わっているという予感が俺にはあった。
ここ数日間で学校に対する文書や電話が増えたこと。俺と桐生が二人で行動するようになったこと。時期が完全に被っている。おそらく気のせいではない。
それに――決定的な出来事が俺の身に起こったのだ。
俺は机の横に掛けた鞄に目線を落とす。
この中には一通の封筒が入っている。今朝自宅の郵便受けを確認して手に入れたモノだ。家に置いておくのは良くないと考え、学校に持ってきたのである。
中には真っ赤なメッセージが書かれていた。
『彩に近づくな 殺すぞ』
ご丁寧にカミソリの刃まで添えられていたのだから驚きである。
俺ですら桐生を名前で呼んだら怒られるというのに、この送り主は随分と強気だなというのが最初の感想だった。
そして家にまで届けられたということは、俺と桐生が二人で行動しているのは向こうに筒抜けなのだろう。文面からもそれは明らかだ。
別にこの結果については予想していた範疇だ。問題ない。
ここからが正念場なのだ。
向かい合わせになった机を挟み、俺たち四人は予鈴が鳴るまで談笑して過ごす。それとは対照的に、俺は見えない敵に対する戦意を滾らせていた。




