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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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14.果てしない夜

 桐生に顔面パンチを食らって気絶していた俺は、居間のソファで目を覚ました。星奈さんが俺を介抱してくれていたらしく、倒れてからあまり時間は経っていなかった。


 星奈さんに事情を聴かれたため、正直に『桐生の裸を見て、その上胸を揉んだ』と伝えると大笑いされた。大事な娘に不埒な真似をしておいてこの反応はどういうことだろうか。若干この親子の関係が不安になった。


 星奈さんは明日も仕事があるため就寝するとのことである。俺の下を離れる前に『男として責任を取るか、ちゃんと謝るかしてね!』と言い残していった。前者は勘弁してほしい。


 このような経緯から、俺は桐生の部屋の前にまでやって来ていた。


 部屋の前まで来たのは良いが、何て声を掛ければいいのだろうか。


「……もしもーし、桐生さーん?」


 ドアをノックしながら中に居る人物に語りかける。


 だが一向に返事が返ってこない。うーむ、これではダメか。


「……悪かったよー。……何とか機嫌直してくれない?」


 俺は声のトーンを変えて再度謝罪の言葉を述べた。


 しかしながら、中の住人からの返答は一切なかった。


 何だよコレ。どうしようもないじゃないか。このままではコイツを嫁に貰わなければならなくなる。冗談は止してくれ。


「彩ちゃーん、仲直りしようよ! 全然気にすることなんて無い。うん、すごく良い体してたよ! おまけに下着が白だなんて意外だったよ。性悪かと思ってたけど、中身は純粋だったんだね!」


 そう言った途端、ドアに衝撃が走った。


「うお!? 何だ!?」


 どうやら何かを投げつけたらしい。桐生のご機嫌は最悪の様だ。


 このままでは話も出来ない。だが桐生には危険が迫っているのだ。こうやって協力している以上、コミュニケーションが取れないのは色々不味い。


「本当に悪かったよ……。でも話さなきゃなんないこともあるだろ? 星奈さんに秘密にする以上、俺しか力になるヤツはい居ないんだし……ここを開けてくれ……」


 俺はかなり真面目な態度で臨むことにした。これで無理ならドアノブを接着剤か何かで固めてしまおうかな?


 そんなことを考えてしばらくすると、ドアがゆっくりと開いた。


 そこにはピンクのパジャマを着た桐生の姿があった。


「……本当に反省してる?」


 桐生はこちらをギロリと睨み付けている。


「してるしてる! ホント今の俺は、体の大部分が謝罪で成り立ってるから」


「……へえ、それは人体錬成が大変そうね」


 土下座でもしまくれば俺は誕生するの? 俺の母親の出産シーンはそんなにもエキサイティングだったのか。


 桐生はまだ仏頂面であったが、ひとまずは俺を部屋へと入れてくれるようである。


 俺は彼女の部屋へと足を踏み入れる。中は決して派手でなかったが、ぬいぐるみなどが何体か見受けられた。一言でいうと女の子らしい部屋と言える。


 俺は座布団の上に座り、桐生はベッドに腰掛けた。


「……ねえ、お母さんと何を話したの?」


 開口一番桐生はそんなことを聞いてきた。


「別に。まあ、お前んちの家庭事情を聞くことになった。借金をした経緯とか、お前がアルバイトするようになった経緯とか」


 俺は包み隠さずに星奈さんと話したこと桐生に伝える。


 桐生は少しだけ驚き、そして疲れたような表情になった。


「……そう。じゃあ、お父さんの事も聞いた?」


 自殺した……と疑われている父か。桐生と星奈さんを苦労させることになった原因。誰にでも優しく、善意の塊の様だった人間。


「……ああ、すごく……いい人だった……らしいな」


 俺は星奈さんから聞いた通りの感想を述べた。


 桐生の表情がさらに暗くなる。


「……そうね、誰かを助けようと必死になる……お人好し。……でもホントにバカみたい。死んだ数日後はお母さんの誕生日だったのに……」


 それは……どういう意味なのだろうか。父親を責めているのか。それともただその不幸を呪った言葉なのか。


「……今年は私もバイトしているから、お母さんに何かプレゼントしてあげられると思ったんだけど……無理そうね」


「え? 星奈さんの誕生日……近いのか?」


 俺は桐生の後を付けた日の事を思い出す。確かコイツはそういうプレゼント選びに使えそうな雑誌を見ていた気がする。


「ええ、もうしばらくしたらね。……ここ最近はお父さんのお墓参りも出来ていなかったし、それもできると思ったのよ。……でもさすがに今の問題が片付かないと、危ないでしょ?」


 桐生は無表情でそう断じた。


「そうだな。……とりあえず、これからもお前の行き先に着いていくからな? 当面はそうするしかないだろう」


 ストーカーがどういうヤツか、どこの誰なのか分かるまではこうするしかない。何か有効な手段があれば違うのだが。……挑発することは出来ないだろうか。このままでは埒が明かない。


 俺があれやこれやと考えていると、桐生が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「……あなた……ホントに変わってるわね。今も色々考えていたんでしょう? 少しは逃げたり手を引いたりするっていう選択肢はないのかしら?」


「はあ? 有るわけないだろ。やると決めたら必ずやる。今までずっとそれで全部解決してきたんだ。どんな手を使ってもストーカーを捕まえる。……そう言ったはずだが?」


 俺は胸を張って再びそう宣言した。負けを認める気はない。俺に出来ない事なんて無いのだ。これもその一つ。小さな障害でしかない。


 桐生は俺の言葉に呆れたような表情を浮かべる。


「とんでもないわね、あなた。私も大抵の事は他人には負けないと思ったけど……朝霧君、あなたにだけは勝てる気がしないわ」


「……ふーん、どういう風の吹き回しだ?」


 コイツが俺を褒めるなんて何か裏があるのではないだろうか。


 俺は訝しむように桐生の方を見やった。


「本心よ。如月先生にもテストで学年二位を取れって言われたけど、正直始めは一位を取る気満々だったわ。……でも結果はあなたも知ってる通り。……それにね、一年生の時からあなたの事はよく知っていたわ」


「は? そうなのか?」


 それは意外だった。俺とコイツに接点は特にないが。


「クラスメイトだけじゃなく、先輩、教員、いろんな人からあなたの噂を聞いたわ。頭も良くて、スポーツも出来る。天才だって褒めてる人もいたわ」


 でしょうね。俺ほどの完璧超人はいないだろう。突出した才能を持ち合せ、努力も怠らなければ自然とそうなってしまうんだな、コレが。


「……ん? ちょっと待て。ならどうして俺をそんなに拒絶したんだよ? そんだけ良い噂を聞いていたなら、もう少し言いようもあっただろ!」


 俺は当初の桐生の態度を思いだし、憤りを隠せなかった。


 桐生は笑いながら謝罪する。


「ごめんなさい、あんまりしつこいから! ……でも今思うと、あなたに嫉妬していたんだと思う……」


 嫉妬か。それは仕方ない。なんせ俺は天才だからなー。


「気に病むな。人間だれしも自分よりも優れた人間を見ると、そう思ってしまうもんだ。お前はこれまで井の中の蛙だったんだよ」


「……ホントに性格悪いわね。……確かに私よりも何でも上手くできるし、要領よく物事をこなせるかもしれないけど……そうじゃなくて……」


 桐生はそこで言い淀んでしまう。


 何が言いたいのだろうか。また悪口か?


 俺が心の中で第一次戦闘配置を整えた所で、桐生は重い口を開いた。


「……あなたみたいに何でも上手く出来る人が居るのに、どうしてお父さんは上手く出来なかったんだろうって……。ただ優しいだけじゃ、やっぱり駄目だったのかなって……」


「……」


 桐生はひどく自虐的な表情を浮かべていた。


 おそらく桐生は今でも父親の事が好きなのだろう。星奈さんにしても、一言も恨み言は唱えていなかった。


 だからこそ……質が悪いとも言えるのだが。


 父親が悪い人間だったのなら、責任を全て押し付けて生きて行くことが出来たのだろう。だが善人であったがために二人は罪悪感を感じてしまったのだ。捨てていいはず、抱える必要のない物まで背負い込むことになった。


 善人が起こした行いが、善行だとは限らない。


「まあ……そうだな、俺みたいに割り切って物事を考えて行動できれば、少しは違ったのかのかもな。……たぶん死ぬ時まで、根っこの性分を変えられなかったんだろう……」


 だからこそ愚かだったのだ。自分本位になり、他の人間など無視して、家族とどこかへ逃げれば良かったのだ。


 きっと死ぬ瞬間まで、家族の事を考えていたはずなのに。

 


 ――助けられなかった、傍に居られなかったと後悔しながら。



「……」


 他人の話だと言うのに、苛立ちが全身を支配した。


 これ以上この話をしたくない。


「そうね。……お父さんも少しはあなたみたいに、自分のために生きられれば良かったんだけどね……」


 桐生はどこか寂しそうだった。

 

 悔いているのだろうか。自分が父親を追いつめたのではないかと。


「……もう遅い。俺は居間のソファで寝るからな」


 俺は早くこの場を去って解放されたかった。


「……そうね、明日もあることだし」


 桐生もそれに応じ、俺は部屋を出ようと立ち上がった。


「……ありがとう朝霧君。……あなたみたいに、強くて、自分の考えを持って、何でも出来ちゃう人が少し羨ましいわ。……とても、勇気づけられるから……」


 部屋の扉を開いているとそんな声が聞こえてきた。


「まあ俺は実際凄いからな。出来ない事はないし。……ま、大船に乗ったつもりでいろ」


 俺一言そう残して部屋を後にする。


 扉を閉めて静まりきった廊下へと出た。握りしめられていた右手をまじまじと眺めると、汗ばんでいたのが分かった。


 桐生の最後の言葉。あれが頭から離れない。


 俺は本当に、何でも出来る人間に成れたのだろうか? 彼女の言うような人間に、強い人間に、果たして近づいているのだろうか?


 ……明日も強い自分でいられるだろうか?


 暗い廊下はどこまでも続く闇を感じさせる。夜はまだ明ける様子がない。


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