13.風呂場の戦い
俺は一路お風呂を目指して桐生家の廊下を進んでいた。
それにしても、この家はそれなりに良い物件だと言える。部屋数も多く、中身はかなり現代風だ。不審者用のセンサー感知型のランプやインターフォンまで当たり前のように完備されている。
これは桐生にとって有り難い環境だろう。ストーキングされる身として、これほど厳重な家に住めるのならば多少は安心できるというもの。彼女の父親の人徳の成した、唯一幸福な置き土産なのかもしれない。これならばお風呂も期待できる。
俺は意気揚々とした気分でお風呂場の前にまで到達した。
「ここか。さーて一体どれほどの風呂なのか!」
俺は躊躇うことなく目の前の扉を開けた。
脱衣所だと思われる部屋、中の光景は想定以上の物だった。
艶やかな白い肌。
濡れた美しい長髪。
視線を釘付けにする魅惑的な双丘。
それとは対照的な細い手足。
ケチのつけようのない美しい少女がそこには用意されていた。
というか桐生彩だった。真っ裸である。こちらに気付いておらず、体を拭きながら陽気な鼻歌を歌っている。よく分からないが上機嫌の様だ。あんな顔もするのか。
俺はどうするか考えた。このまま気づかれないように脱出するべきか。それともラッキースケベを装いこのまま突撃するか。
「――え!?」
桐生がこちらに気付き、凍りついた。
ああ、第一プランが消えてなくなってしまった。これはこのままコイツの裸体でも眺めるしかない。いやー残念。
「――ッ!? な、なんで朝霧君がここに!?」
手に持っていたタオルで体を隠しながら桐生は絶叫する。
どうしたものだろうか。とりあえず弁明しよう。
「えーと、お前の母親から風呂に入れって言われたからここに来たんだ。決してお前の裸を覗きに来たわけではない。信じてくれ」
俺は真摯な眼差しを桐生に向ける。脱衣所内はやや湯気で見通しにくいが、彼女の裸体を確認するぐらいは余裕だった。この女、口は悪いが見た目は良い。やはり眺める分には全く問題ない。
「ふ、ふざけないで!? あなた! ここに来た目的分かってるの!? あなたが変質者になってどうするのよ!?」
桐生は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「ぐうの音も出ない。ミイラ取りがミイラってこの事か。ハハハ!」
この家の整った警備システムもこれでは形無しか。内部に敵がいることも今後は想定する必要があるのかもしれない。
「笑ってる場合!? とにかく早く出て行って! 今は私が使っているから! 出て行きなさい! この変態!」
「むう。分かったよ。それもそうだな」
俺は今にも何かを投げつけて来そうな桐生を背にする。このままこの場を脱出するしかないだろう。それ以外にない。逃げるが勝ちだ。
俺はドアの取っ手に触れる。
――逃げる?
そのまま俺は力いっぱいドアを閉めた。
「……なぜ出て行かない!? というかなぜドアを閉めた!?」
桐生は俺の行動の意味が分からないのか、信じられない程に狼狽している。
「え? 何でって……」
俺は顎に手を当てて自分の行動に対する理由を考えた。
「……なんか逃げるっていうのが嫌だ! 俺の辞書には敗北は無い! 嫌ならお前がこの場から消えろ!」
「何でそんな考えになるのよ!? このゲス!」
罵倒するものの、目は涙目になっていた。
「おいおい泣きそうな面するなよ! まあ安心しろ! お前の見た目に関しては俺も太鼓判を押す。見られても卑下することは無い。自信を持て」
俺の言葉を聞いて桐生は下を向いた。良く見ると両肩がカタカタと震えている。
「賞賛の言葉に喜びで胸がいっぱいか? よかったな、これでお前も星奈さんや如月先生と同じような巨乳になれるぞ。別に今のままでも十分と言えるが、大は小を兼ねるというし」
その瞬間凄まじい速度で拳が飛んできた。
「――うわっ!?」
俺は咄嗟に右へ避けてこれを何とか回避する。
「――何しやがる!? テメエ俺の顔に傷が付いたらどうする!?」
襲撃者の方を見据えると、その顔は怒りに染まっており目は血走っていた。
「――殺す!」
殺意を露わにした桐生が俺へと襲い掛かる。正直怖い。
だが敵は体を隠すため左手にはタオルが携えられている。つまるところ攻撃にはもう片方の拳を使うしかない。
俺は運動能力にも自信がある。片腕しか使用できない女を相手に後れを取ることはない。
恐ろしい形相の桐生は俺に接近し、手加減抜きの攻撃を放つ。
対して俺は繰り出される連打を軽やかに躱す。さらにタイミングを読み切った俺は、その腕を掴みこんだ。
「――く!?」
「どうだ!」
俺は桐生の右腕を掴み、その行動を封じた。
「――この!? 普通は避けないでしょ!? 大人しく死になさい!」
俺の腕も振りほどこうと力を籠める桐生。
「フハハハ! おいおい俺の強さを忘れたのか!? 学習したまえ! 俺を倒したいなら如月先生を連れて来い!」
というかこれ、以前バイト先に現れた二人組と同じことしてないだろうか? いや俺は一人だから違うか。なんだ良かった。
「降参してここから出て行くんだな! これ以上動けば、お前のその裸体がフルオープンになってしまうぞ?」
俺は桐生に負けを認めるように促した。
だが彼女はキッとこちらを睨み付ける。まだ戦意が残っているのか!
「――このっ! 死ねえええ!」
桐生は捨て身に出たのか、なんと蹴りを繰り出してきた。
「――な!?」
余りにも予想外の攻撃に対し、俺は咄嗟に彼女の動きを制限しようと腕を引っ張った。
「――キャ!?」
桐生から小さな悲鳴が漏れる。
俺はそれを尻目に回避行動に移ろうとした。
「――わ!」
しかしながら脱衣所のつるつるした床に足を取られ転倒する。
そして桐生もそれに巻き込まれて体勢を崩したのか、俺に覆いかぶさるように倒れた。
体に衝撃が走る。
「――ぐ!? ……チクショウ……何が――!?」
目を開き状況を確認すると驚くべき事態になっていた。
裸の桐生が俺の上に圧し掛かっている。タオルはどこかに行ってしまった。
そして最もヤバいのは左に収まる柔らかい感触だった。
これはマズイ。
「――ん」
桐生は痛みを堪えながら体を起こす。
それに伴い彼女の胸元が俺の眼前に姿を現した。
これはマズイ。
早く左手を放さなければ、どエライことになる。急がなければ――
「――は!?」
桐生は俺の視線と自分の胸に伸びる手に気付いたようだった。
「――え!? ――い、いやあああああああ!?」
嘗てないほどの絶叫を轟かせる桐生。
馬乗りにされた状態の俺は彼女の攻撃を避ける手段がない。
視界に迫る桐生の拳を眺めながら、俺は思った。
大は小を兼ねる。
やはり年上が最高だよ。
俺の意識はそこまでしか持たなかった。




