12.敗者の末路
桐生家にお邪魔してからは、終始星奈さんがフルスロットルで話の流れを持って行った。俺と桐生の出会いから、アルバイトを知ることになったきっかけ。同じ教室で毎朝顔を合わせているという事実まで全てを話すことになった。当然のことながら、ストーカーの件についてはうまく誤魔化す事にした。
桐生はずっと不機嫌で話そうとしないため、止む無く俺が所々脚色を加えながら星奈さんに話した。話せば話すほど星奈さんは俺のことを褒め称え、対称的に桐生は更に怒り心頭といった様子だった。終いには席を外し自室に戻ってしまったぐらいである。
そして現在、居間に俺と星奈さんだけが残されることになった。
同級生を自分の母親と二人にするなんてどうなのだろう? まあ星奈さんと仲良くなれば、アイツに対して優位に立てるようなネタを手に入れることが出来るかもしれない。それに年上で美人って良いよね。
「いやー朝霧君って、聞けば聞くほど素晴らしい男の子なんだって分かったよ! 頭も良いし、カッコいいし、おまけに彩ちゃんのことを不良から助けるなんて! もういつでもお婿に来ていいからね!」
テーブルを挟み、俺の対面に腰かけた星奈さんが語りかける。右手にはビール缶を握っており、すでにかなり酔いが回っている。
「いやーそんなことないですよ! でもスイマセン、急に泊めてもらって。お邪魔じゃなかったですか?」
誘われた身であるが一応聞いておくべきだろう。というか客の前で酒飲むなよ。ホントに借金で苦しんでいるのか?
「いいのよー。学校での彩ちゃんの様子も聞きたいし、あなたのことももっと知りたいわ!」
非常に上機嫌な様子の星奈さん。腰に手を当てて残っていたビールを飲み干す。
「……別に普通ですよ娘さんは。ただかなりモテるみたいですね。可愛いですし」
「でしょう? 親の目から見てもかなり可愛いと思うのよね! だから朝霧君、あの子の事よろしくね!」
親の贔屓目とはさすがに言えないな。しかしながら母子ともにかなり美人であるのは事実。父親はどんな人物だったのだろうか。
俺は遠まわしに桐生家のことを探ろうと考えた。
「でもアルバイトをしていて、しかも如月先生まで関わっているとは驚きでした。よっぽど大変な事情があったんですね?」
「そうねー。あの人が死んでしまって、色々あったからねえ……。あの子にもかなり迷惑を掛けてしまったから……親失格よね」
飲む物が無くなったのか、星奈さんは俺の方を真っ直ぐに見てそう答えた。表情は朗らかではあるが発言は少し自嘲気味である。
「ホントはあの子にバイトなんてさせる気なかったのよ。だってそうでしょう? 親が作った借金の苦労を子供に負わせるなんて。子供の幸せを考えれば、絶対に出来ないわ」
星奈さんの口調は少し真面目なトーンになっていた。
「……でも桐生……彩さんは星奈さんの事を何とかして助けようとしていたみたいですよ! それだけ母親の力になりたかったってことですから。二人で力を合わせれば……なんて、これは部外者の感想ですけど……」
校則を冒してまで働くのはリスキーであるが、家庭の事情を鑑みれば仕方のないことだろう。桐生は俺に対して口は悪い。しかし母を想っている気持ちは本物だ。親としては複雑かもしれないが、それほど気を揉む必要があるのだろうか。
だが星奈さんの表情を見るに、どうしてもそれは外から見た意見でしかないようだ。
星奈さんは少しだけ悲しそうな顔をして話し始めた。
「あの子の父親、まあ私の旦那はね……自殺しちゃったの」
「……」
自殺……それは思いも寄らない答えだった。
星奈さんは更に話を続ける。
「あ、ごめんね、こんなこと聞かせて! ……それに表向きは交通事故なの。だからこれは私の想像で、あの子にも話したことないから」
星奈さんが慌ててフォローする。
「……あ、別に大丈夫です。……でもどうしてそんな風に考えるんですか?」
自殺だと、なぜこの人は思ったのだろうか。話の核心はそこにある。桐生と関わる上でそれを知っておいてもらう必要があると星奈さんは思ったのだ。そうでなければ、こんな話を振るはずがない。
俺の真剣な態度が彼女にも見て取れたのか、星奈さんも真面目な表情になる。
「……旦那はね、一言でいえば優しい人だった。何かに秀でたわけじゃなかったけど、とにかく誰かを助けたり力になったりする。人の不幸を見て、居ても立っても居られない。……私もそこが好きで、すごく尊敬してたわ……」
優しい人か。直接会うことが出来ないから分からないが、こんな美人が惚れたのだから相当なお人好しだったのだろう。
「友達や仲の良い人も多くて、いつも誰かが傍に居たわ。そういう人だから周りの人たちの力も借りて、自分の会社を興したの。……それが悲劇の始まりだった」
星奈さんの表情が暗くなる。
缶に手を伸ばすが、それはすでに空だった。
「……始めのうちは上手く行ってたんだけどね。ある時、社員の一人が仕事で大きな損失を出してしまったの。旦那はその損失を補うために馬車馬のように働いたわ。知り合いや友人を訪ねて回ったり資金を集めたり。……私達にはそんな一面見せなかったけれど、相当な心労だったはず。ちゃんと気づいてあげられていたら、少しは変わっていたんでしょうけど……」
桐生と星奈さん、つまるところ家族には気づかれないようにしていたのか。迷惑を掛けたくない、心配させたくない。人の事ばかり考えて自分のことは疎かになっていた。それが桐生の父親の性分だったのだろうか。
「損失分はどうにか出来たみたいだけど、その一件で周りの人達の信頼を失ってしまったみたいでね……。親戚にまでお金を借りに回っていたらしいし、金の切れ目が縁の切れ目って言うのかな? そんなわけで、会社の業績は悪くなるばかり……で、最後には自分の命で賄おうとした……」
星奈さんはそこまで言って黙り込んでしまう。
大体の事情は理解できた。人の良さが売りだった桐生の父親は、持ち前の人徳を生かして会社を建てる。だが上手く立ち行かなくなり、信用を失って孤立無援となった。
「……あの、じゃあ、交通事故というのは……」
俺は確認するように星奈さんに問いかけた。
「……自分に多額の保険金を掛けていたみたい。辛うじてお金は支払われたけど、借金を帳消しにできる程ではなかったわ」
やはりといった所だった。最後の最後まで自分を押し殺して、周りの人間のために行動した。大した人……美談とも言える。
俺は微塵もそう思わないが。
「……ごめんね。こんな事話して……でもあの子の事をお願いする以上、どうしても知っていて欲しかったから……」
「……いえ、そんな……」
俺は動じていない表情とは裏腹に腹が立っていた。桐生と星奈さんにでは無く、彼女たちに重荷を背負わせた父親に対してである。
お人好しで何も考えなかった善人。別にそれが本人にとっても周りにとっても幸福を齎す物であるなら問題ない。だが不幸を呼んでしまったのなら、それは無能でしかない。妻と子を不幸にした、その結果でだけで答えは明白。
自殺。失敗した人間にはお似合いの最後だ。
同情の余地なんてない。
「……でも桐生はそんな事知らないんですよね? 父親の死が自殺なんじゃないか……というのは」
俺は気になったことを聞くことにした。
「事情は知っているけれど、旦那の死が自殺かもしれないなんて話したことないわ。……でもね、たぶんあの子は勘付いているわ」
「……そうなんですか?」
何か心当たりがあるらしい。
星奈さんは心を落ち着かせるためか、少しだけ間を置いた。そして思い出すように桐生とのある一件について話し出した。
「旦那が死んでからは、とにかく借金を返済するために私は仕事三昧だったわ。朝早く出て、夜遅く帰る。家事も自分でやって……あの子には苦労させたくなかった。……でもそんなの長続きしないわ、あの人がそうだったように……」
女性が一人で借金を返しながら、家庭の事まで遣り繰り出来るほど世の中は甘くない。無理をし続ければどこかで限界が来る。
「ある日過労で倒れてしまって、あの時はホントに参ったわ。彩ちゃんに泣きながら『お父さんみたいにならないで!』って言われて……胸が張り裂けそうになった……」
「……」
星奈さんの顔は今にも泣き出しそうになっていた。
桐生はやはり気づいていたのだろう。父親がなぜ死んだのか。そして母親まで同じようにして居なくなってしまうのが。彼女はそれを繋ぎとめるために必死だったのだ。だから自分も背負うことにした。
そして今は、彼女が重荷を抱え込むことになってしまったのだ。誰にも知られてはいけない――正体の分からない悪意。
それは俺だけが知っている。
「……ありがとうね、話はここまで。……お礼にお風呂にでも入って! 何なら背中を流すサービスを付けても良いよ!」
「いえ! そんな! 大丈夫です! とにかく事情は分かりました。任せてください、俺口は固いんで!」
話は終わった。星奈さんの申し出は魅力的だが、優等生である以上断る他ない。
そして桐生家の事情は把握出来たし、俺が出来る事なんて何もない。一介の高校生に出来る事なんてたかが知れている。俺はそれを弁えている。
ひとまずお言葉に甘えて俺はお風呂を借りることにした。
「……あ、あとね、朝霧君に謝らなきゃいけないことがあるの」
借りたタオルを抱え風呂へ向かおうとすると、背後から星奈さんが声を掛けてきた。
「はあ、一体何ですか?」
振り返りながら俺は応答した。
テーブルの椅子に腰かけた星奈さんは、少しだけ眠そうな目でこちらを見ている。
「あなたの事、実は知ってたの。如月先生からね……近いうちに私の元に訪ねてくるだろうって……」
……如月先生は俺がここに来ることも予想済みだったのか。ムカつくな。どうも今回の事はあの人の掌の上で起こされているような気がする。
「……どういうヤツだって言われてたんですか?」
どうせ頭は良いが性格が捻じ曲がっているとか、性根が腐っているとか言われたんだろう。言い方はどうあれ悪口しか言われていないはずだ。
だが俺の予想と違うのか星奈さんは嬉しそうである。
「先生はね、『憐明高校において、誰よりも娘さんの力になってくれる人間――それが朝霧鏡夜です。彼が居る以上、何の心配も要らない。事情を話しても問題ない』って言っていたよ! あんな生徒想いでしっかりした先生が太鼓判を押す男の子。……だからあなたと話してみたかったの!」
「……」
俄かには信じられなかった。あの如月先生が俺の事をそう伝えるなんて。……嫌がらせだろうか?
「実際会ってみてどうでした? ガッカリさせてしまいましたか?」
若干照れくさく、納得がいかない気持ちを抱きながら俺は聞いてみた。
「いいえ、大満足! あなたは素敵な男の子だよ! ……全然違うけど、少しだけうちの旦那に似ているような気がした……。彩ちゃんがあなたを信用したのも何となく分かるわ」
星奈さんは俺の方をじっと見つめている。
俺とその人を重ねて見ているのだろうか? 俺には知る由もない。
「……そうですか。良かったです。……じゃあ、とりあえずお風呂使わせてもらいますね」
俺はそう言って星奈さんの前から去った。
はっきり言って最後の言葉は不快だった。人の事ばかり考えて、善意を振りまくことしか出来なかった人間と同じにされるなんて。
俺は失敗などしない。絶対に。
「……ふう、落ち着こう」
俺は廊下で立ち止まり、深呼吸をした。
星奈さんが俺を家に上げた理由は分かった。疑問が晴れただけ良しとしておこう。結局俺が気にすることなんて何もない。
俺は自分のことだけ考えればいいのだ。




