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その優等生ゲスにつき  作者: カツ丼王
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10.捻くれた二人

 桐生彩がストーキングの被害を受けているという衝撃的な事実を知ることになった俺は、彼女に細かい事情を聴くことにした。初めは固く口を閉ざしていた桐生だったが、事情が事情だけに観念して話し出した。


 彼女がストーキングされていることに気づいたのは一か月ほど前の事。誰かに付けられているような感じがしたのが始まりだという。当初は気のせいかと思っていらしいが、家に自分宛の郵便物が届いたことで事態は発覚した。


 それからというもの何者かの存在を感じるようになり、さらに今日俺が見たようなメッセージが定期的に届くようになったのだという。幸いなことに桐生の母親は帰宅するのが遅いため、ストーカーからの手紙が送り付けられていることは知らないらしい。


 通常ならば警察や周囲の人間に相談するのが筋であるが、桐生の場合は問題があった。


 学校に隠れてアルバイトをしているという秘密。これが彼女を悩ませていた。


 ストーカーが一方的に桐生に寄越してくる手紙の中には、彼女がアルバイトをしていることを把握しているかのような記述があったのだという。もし警察に相談してストーカーが逮捕されたとしたら、桐生の秘密も白日の下になる。如月先生や彼女の母親に相談しても、おそらく最終的な結果は変わらないだろう。


 そもそも桐生のアルバイトは、母親を少しでも助けたいという思いが端を発するのである。その桐生が母親を心配させるような事実を公にするというのは非常に憚られた。如月先生についても、ルールを冒してまで自分に協力している以上迷惑を掛けることになる。


 そういうわけで桐生はストーカーに対して何も出来ないでいた。学校で郵便物を確認していたのも、家に置いて母親の目に触れるのを防ぐためだった。そのせいで俺にバレることになったのであるが。


「……まだかよ。……アイツ遅いな……」


 時刻はすでに十時近く。


 俺は市街地の駅入り口でとある人物を待っていた。視界に映る人々は帰宅するためか忙しない様子で俺の前を通り過ぎていく。


「ごめんなさい。……待たせてしまったかしら?」


 しばらく目の前の情景を呆けて眺めていると、桐生が俺の前に現れた。


「遅え! 俺を待たせるとは一体何様だ? 彼女気取りなのか?」


 俺はとりあえず桐生に罵詈雑言をぶつけることにした。


 すると彼女は馬鹿を見るような目つきで俺を見返した。


「あなたと話すと、申し訳ないという気持ちが消えて怒りがわいてくるわ。ええ、性格が捻じ曲がっていると言える。……あなた直線とかちゃんと引ける? 文字は人の心を表すというけれど、もしかして苦労してるんじゃ……」


 手を口に当て、憐れむような目線を向ける桐生。


「そんな悩みを持ったことは無い! クソ! こんなイケメンで親切な俺に、口を開けば暴言ばかり……お前の方こそ捻じ曲がっているよ!?」


「残念ね。私は三角定規、直線定規、T型定規、ありとあらゆる定規を持っている。私ほど真っ直ぐな線を引ける高校生はいないと自負しているわ!」


「いや補助しまくりじゃん!? 自分では引けないことを証明してるぞ、それ!?」


 何という女だ。俺の悪口に悪口で応酬するなんて。こんな女を待っていたなんて、やっぱり間違いだったのだろうか。


 俺は自分の行動を少しだけ悔いた。


 このような状況に至ったのは、俺がストーカー対策としてバイトの行き帰りに同行することになったためである。別にこの女がどうなっても知ったことではないが『友達契約』を締結した手前、放っとくわけにもいかなかった。


 時間も遅いので俺と桐生は電車に乗るために歩き出した。


「あなたの方から私の帰り道をエスコートするって言いだすなんてね。……正直意外だわ。むしろこれをネタにして脅迫して来ると思ったのに……」


 俺の横を歩きながら桐生がそう言う。


「ねえ、幾らなんでも酷過ぎない? この状態で脅すとか。……如月先生に知られたら、俺は生きて帰れないだろ……」


 あの人は本気で起こると怖いからな。クマですら敵わないわけだし。


「あら、如月先生が関わってなかったら私に何を要求するのかしら?」


「え? まあ、そうだな……SNSとかに自撮り写真をアップロードさせて、『私ブスすぎて辛い~』ってウザい女を演出してもらうかな」


 それを俺が校内の宣伝用アカウントに紐づけて衆目に晒す。……楽しそう。


「……何と言うか、エグイ事を考えるわね……。でも私の美貌を考えると、嫌味にしか聞こえないかもしれないわ……。おそらくコメントも『イイね!』でいっぱいね」


 性格悪! こいつ自分を定規マスターとか言ってたけど、それだけでは足りないだろ。大リーガー養成ギプス級の物がないと、まともに文字を書けないくらいに捻じ曲がっている。


 俺たちはそのまま改札を抜けて駅のホームで電車を待つ。


「こんな事をするほど俺も暇じゃないんだよ。……なあ、ストーカーに心当たりとかないのか?」


 俺は犯人の手掛かりがないか訊ねることにした。


 問いかけに対し、桐生は両手を振って返答する。


「……送り付けられた物からは何も分からないわ。気持ち悪いことしか書かれてないし……。そもそも、あなたが犯人じゃないかと一瞬思ったぐらいなのよ」


 そういえば俺が後を付けたと言った時、結構本気の剣幕で怒っていたな。あれはそういうことだったのか。


「……あー……まあ、ストーキングはしたからな。でもあの日だけだぞ? そもそも俺がお前のケツを追いかけるわけないだろ。大体、俺は年上が好きなんだ」


「……なるほど、だから如月先生と仲が良いのね。これは面白いことを聞いたわ」


 ニヤニヤしながら桐生はこちらを見ている。殴りたい。ストーカーも何でこんな女に愛を語るのだろうか。


「なあ、どういう内容が書かれてあったんだ? ストーカーからのラブレターは」


 俺の言葉に桐生の顔が酷く不機嫌なものになった。


「……そういうこと普通聞く? 少しは気遣ってくれないかしら?」


「てめえが俺を気遣わないからだ! 何でもいいから手がかりは無いのか?」


 向こうの正体が分からなければどうしようもない。今ある証拠や物品から相手のパーソナリティーを予測しなければ、対抗策を練るのも難しい。


 桐生は真剣な表情で考え始めた。


「手紙からは判断がつかないし、他には……あ!」


 どうやら桐生は何かに気づいたらしかった。


「そういえば……ストーキングが始まった一か月ぐらい前に、バイトで客前にでなければいけない日があったわ! 他の人が休んで人手が足りず、止む得ず私も注文を取ることになったの」


 なるほど。そのときの人物がストーカーに変貌したという事か。至近距離で接客して、更にコイツの見た目ならばそういう事態になるのかもしれない。


「……それだけじゃ、絞り込むのは不可能だな。そもそも、その時に接客した奴らの顔覚えてないだろ?」


「……そうね。……やっぱり、犯人のことを探るのは無理そうね」


 桐生は少々がっかりした様だった。


 ため息をつきたいのはこちらも同じだ。こういう敵からの一方的な敵意を向けられるのは正直腹が立つ。相手が分かりさえすれば、俺はどんな奴だろうが負けない。


「とにかく今後もお前と一緒に行動するからな? いつストーカー野郎が姿を現すか分からないわけだし」


 俺は桐生にそう告げた。


 それに対して彼女は目を丸くして驚いた。


「……どうして、そこまでしてくれるのかしら? いくら『友達契約』を結んだからって、親切過ぎる気がするのだけれど……」


 俺の真意が分からないのか、桐生の顔は疑問に染まっていた。


「確かにそうだな。けど、お前に送られて来ていたあの真っ赤な手紙……あれを見て、正直ムカついた」


「……? どうしてあなたが腹を立てるの?」


 桐生は増々分からないといった表情になった。


「……この俺がお前とのコネクションを得るのにあれだけ苦労したというのに、ストーカー野郎は直接会わず手紙だけで済まそうとしやがる……それがムカつく」


 あの毎日の罵詈雑言の嵐を乗り越え、親友に女装という苦行を強いてやっとのことで達された目標。それをこんなお手軽な方法でやろうする、その考えが癇に障る。


「だからこのクソ野郎は俺の手で叩きのめす! 格の違いを見せつけてやるぜ!」


 俺は自信満々に桐生にそう宣言した。


 対して彼女は固まったままだった。だが数秒後、クスクス笑いだした。


「……あなた、そんなことで……バカみたい! それ、小学生みたいな言い分じゃない!」


 俺の発言が余程面白かったのか、桐生は堪えきれない様子である。ムカつくんだけど?


「チ……そういうわけだから、お前は俺に協力しろ! 分かったか!?」


 クソ。気分が悪い。この女、これが解決したらこき使ってやる。


 俺は桐生とは逆の方を向いて、電車がやって来るまで黙ることにした。


 静寂が俺と彼女の間に流れる。


 すると小さな声が聞こえてきた。


「……でも……その、ありがとう。……ホントは少し、心細かったから……」


 桐生の方からそんな言葉が聞こえてきた。


 俺は横目でチラッと彼女の方を窺う。


 下を向いて俯いてしまっているため、彼女の表情を知る事は出来なかった。だが仄かに耳が赤くなっていた。


「………………どういたしまして」


 俺は喉から声を絞り出して返答した。


 別に他意はない。面倒だから感謝の言葉ぐらいは受け取っておこう、という俺の粋な計らいである。ただそれだけ。


 俺は今度こそ沈黙を守る決意を固めた。


 電車がやって来るまで俺たちは静かな時間を過ごした。


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