私と首輪と両親の秘密 後編
今から程遠い昔、魔界には五つの国がある。東区、西区、南区、北区、そして中央区。五つの国は国の主によって守られている。その中の中央区は魔界最強一族 修羅族が制していた。修羅族に守られている中央区は華やかで活気のある繁華街のある賑やかな町並みだった。
修羅家の跡継ぎに選ばれたのが影月という男。選ばれた後に人界で起こった、魔界最大の百鬼夜行と人界の陰陽師軍の全面戦争で、影月は“英雄”と呼ばれるようになった。影月の活躍により、百鬼夜行は勝利した。
その後、影月は毎日のように人界に出入りするようになった。人を襲うのではなく、一人の女に会いに行っていた。
女の名は、一ノ瀬 鈴音。陰陽師一族に生まれ、優秀で将来が期待されていた。しかし、鈴音は後悔していた。人間も妖怪も仲良くすれば、お互い傷つかずに済むとずっと思い続けていた。鈴音は親族に内緒で妖怪と遊んだり、怪我をした者を助けたりしていた。
そのことはすぐに影月の耳に入っていた。興味を持ち、人界を訪れた。それが一ヶ月続いた。ただ見るだけだったのだが、女に近づいてみた。女は怯え、影月を見ようともしない。柔らかな頬を手の平で撫でる。撫でているうちに、鈴音の視線は影月の着物から見えた腹へうつる。
「妖怪様、その傷は…」
「戦争で負った傷だ。」
「治療させてください。」
「は?」
「貴方様の傷から毒の匂いがします。少量ですが、放っておけば、酷くなりま…きゃあああ!!!!」
「ここではまずいだろう?俺の屋敷に行くぞ。」
鈴音を抱き上げ、魔界の中央区にある屋敷に戻る。戻ると通り過ぎる家臣たちが驚き、影月の背を凝視していた。
影月は寝床に寝転び、目を閉じる。
「お前、名は?」
「一ノ瀬でございます。」
「違う。下の名だ。」
「…鈴音です。」
「鈴音、俺は影月だ。覚えておけ。」
「はい。影月様。」
そして、鈴音は自らが得とくしていた浄化術をする。身体に入ってしまった有害な菌を取り除き、正常な身体にする。この術は陰陽師で得とくしたのは数少ない。鈴音は戦闘は苦手だが、治癒なら得意としていた。
「ん…」
「お目覚めですか!!主様!!」
目を開けると家臣と百鬼夜行の奴らがいた。
「鈴音はどこだ。」
「縁側にいます。大した娘ですよ。浄化術をしたうえに治癒術で深手だった傷を治すなんて。」
そういやぁ…痛みがねぇと思ったら傷ごと無くなってやがる。
「医者も驚いてやした。一日で完治してるって。」
「一日だと!?」
俺は一日中眠っていたのか!?
「あの後、俺らに言っんだ。「副作用で眠ってしまわれたので寝かせてあげてください。」ってな。」
「陽麻様が来て焦ったんっすよ!!」
陽麻とは影月の父親、元中央区の主である。
「そしたら、あの女…「私のような者が屋敷の敷居をまたいでしまい、申し訳ありません。しかし、これは影月様の命のためです。なにとぞ、ご了承くださいませ。」って言って頭を下げたんだ。」
「親父はなんて言ったんだ。」
全員が静まる。
一人が口を開いた。
「「俺の息子をよろしく頼む」と申しました。」
「あら、もう起きてもよろしいのですか?」
縁側で座っていた鈴音を見つけた。
「中央区の主の俺がくたばるわけないだろう。」
「そうですか。」
風がふわりと吹き、木々の葉が揺れる。
「ここはいいですね。とても静かで心地よいです。」
「気に入ったか。」
「はい。」
「鈴音。」
「はい?」
「俺の妻になれ。」
「え…?」
「俺はお前が欲しい。」
「それは…」
「お前は何を望む?俺がお前の望むことを叶えてやる。」
「自由と…平和です。私の家では叶うことのないことです。貴方様となら…叶えられるのかもしれないですね。」
「んだとぉ!!!?け、結婚だと!?」
「主!!そりゃ駄目っす!!」
「黙ってろ!!俺が決めたことだ!!」
「陽麻様も何か言ってください!!」
「俺は別に構わんが。」
「長が黙ってませんよ!!」
「承諾なら得たぞ。」
「え!?」
「鈴音も連れて、長に言ったんだ。「俺は結婚する」って。」
「影月様!!もう言わないでください!!」
「顔を隠すな。恥ずかしいか?ん?」
「影月様…」
「いいか!!よく聞け!!」
大広間に響き渡る声。
「中央区の主、影月は鈴音を妻として修羅家に迎える!!文句がある奴は前に出ろ!!」
「ですが…鈴音様が妻になっても、人界の者たちはどうするのです?」
「構いません。」
「え?」
「私はもう一人身なので何も言う必要はありません。」
「決まりだな。野郎共!!宴の準備だ!!」
「よろしいのですか?」
「何がだ。」
「私のような者が貴方様の妻なんて…」
「俺がいいと言ったらいいんだ。それとも…不満か?」
「いいえ。」
月夜が綺麗だ。星がキラキラ輝いている。
「子ができたら名前を考えなきゃな。」
「もうですか?」
「当たり前だ。今宵は初夜だからな。」
「貴方様がお考えくださいませ。」
「そうだなぁ…。男なら暁。女なら透和なんてどうだ?」
「決まるのが早いですわ。」
「決めてたんだ。自分に子ができるなら、こういう名がいいって。」
「鈴音のように美しい女だったら透和。」
「影月様のように強い男ならば暁。」
「ほら透和、こっちだ。」
「主様、透和様のあんよの練習ですか?」
「あぁ。そろそろできると思ったからな。」
べちゃっ
「ふぇ…」
「あーあー転んじまった。」
「透和、泣かない泣かない。」
「うん…」
「よく我慢したな。いい子だ。」
「とわ、いいこ?」
「あぁ。すっげぇいい子だ。」
「おとしゃー!!あんよー!!」
「おとしゃって…俺のことかよ。」
「私はおかしゃですよ。」
「ぷぷっ主様がお父さんなんて。」
「おい猫又、後でその毛皮剥いでやる。」
「ひぃっ!!ご勘弁だにゃー!!」
「透和様、桜がお手伝いしましょうか。」
「しゃくらー!!」
「桜、手出しは無用だぜ。」
「さ、あんよですよ。」
「聞いてんのかこらぁ!!」
「あらまぁ。」
「透和様が歩いた!!」
「てか菓子を追ってるぞ。」
「あんにゃんとーふ、あんにゃんとーふ」
「杏仁豆腐ですよ。はい、ここまで来たら差し上げますよ。」
「見てください。影月様…あんよしてますよ。」
「桜め…我が娘を菓子で釣るとは…」
「透和様は将来、鈴音様のようにお美しくなりますね。」
「だろ!!さすが俺の娘だ!!」
「その代わり、どこのも主様の面影がありませんね。」
「面影って…てめぇ…」
「ありますよ。好奇心旺盛なところが影月様そっくり。」
透和が六つになった時、人界広い平屋に住むことになった。人界での生活で慣れるためだ。学校に通い、楽しく過ごす透和を見て安心する影月と鈴音。
時に、鈴音の親族と衝突することが多くなった。透和をよこせ、その子は一ノ瀬家が預かる、など。
透和はよく誘拐されることがあった。透和が怖い思いをするたびに、影月が親族に怒鳴りつけていた。
「鈴音と透和は俺のだ!!誰にも渡さねぇ!!死んでも渡さねぇからな!!」
透和が十つになる年、両親は透和に首輪をつけた。
「これは外しちゃ駄目よ。」
「いざとなったら外せ。お前を守ってくれる。」
次の日、学校から帰ると両親はいなかった。
その次の日、親戚に連れられて養子になった。
その次の日、透和の誕生日の日。脱走した。元の家に帰り、大きな声をあげて泣いた。
「お父さん!!お母さん!!」