キャラメルの始まり
好きで好きで、ただひたすら君を待つ。君の瞳は体は足は心は俺に向いていないことは分かっていても。それでもずっと俺は待ってる。
「ふっかーっつ!どーだ!亜矢子様は打たれ強いんだから、これくらいのことでめげてたまるか!」
「それでこそストーカー亜矢子だ!」
「ちょっと、何よ人がせっかく復活した矢先に追い討ちなんてかけないでよぉ!」
双眼鏡をぶら下げて得意気にふんぞり返る高木亜矢子は今日も絶好調だ。外でバラバラと降る梅雨なんぞ撥ね退けてしまいそうなパワーに内心そっと胸を撫で下ろした。
「でもさ、ここんとこそのストーカー亜矢子も困ってることあってさ」
「やっぱり認めてんじゃねぇか!」
「…私、ばれちゃったのね。三澤君に、私がストーカーしてることさ…私としては今までみたいなことを続けるのはちょっと照れくさいというか、気が引けるというか…」
「反省する気はないのか?」
「ないな!」
一点の曇りもない笑顔で言い切られるといっそ清々しい。
「…今さらだけど、お前何がしたいの?」
この間の奴の疑問は実は俺も思った。ずっと奴を見ている亜矢子は誰よりも奴を知っている。それで、それをどうしたいのだろうか。
「…うーん、彼を好きで、見ていたいのよ」
「分かんねぇなぁ。バレタついでに告白しとけば良かったんじゃねぇの?」
宙を見つめて考える仕草をしながら言葉を選んでいく。ただ、彼女の中にもまだ答えがないみたいだ。それがいつも妙にイラつく。
「私はただ見ていたいのよ。その辺のミーハーとは違うの。彼の外見だけが好きなんじゃないもの」
「だったら、逆に独占したくなるんじゃなくて?」
「彼が私のものになるなんて、なんか変な感じ。想像出来ないし」
ストーカーをして得た奴の情報は今のところ亜矢子だけが知っている。例えばその情報を持って自分はこんなに好きなんだと主張することも出来るのに、それは彼女にとってその辺のファンがやることらしい。それなら彼女はいったい奴の何になるというのか。
「なぁ、いっそ辞めちゃえば?外見はいいけど、とんでもない奴なんだろ?告白してきた奴罵倒したり、口を開けば生意気なことばっか言って、おまけに人を見下したような態度で、そんな奴のどこがいいんだよ?」
うっかりイラッときて気づくと彼女に詰め寄っていて、壁に背を付けた彼女は困った顔をしていた。
「…な、何急に」
「あ、やっと見つけた。高木亜矢子♪」
ガラリと扉を開ける音がやけに響いた。場違いの明るい声が彼女を呼ぶ。奴、三澤葉流はまるで何事も無かったように俺に目もくれず妙に明るい声で彼女の手を引く。
「残って騒いでるくらいだから用事ないでしょ?帰ろうよ」
「…み、三澤君、どうしたの?」
慌てふためく彼女が声をかけると無邪気な笑顔を浮かべた奴は可愛らしい仕草で窓の外を指差した。
「雨が降ってるから、帰れないと思って」
「はぁ?」
「傘を返しに来たんだ。あんたこの間また受け取らないで帰っちゃったでしょ?ひょっとして濡れるのが好きだった?」
訳が分からない。いくら傘を借りたからって自分をストーカーしている奴をわざわざ探しに来るだろうか?それも、満面の笑みまで浮かべて。しとしとと振り続ける雨を横目にそういえば帰るタイミングを無くしたなとか妙に冷静に考えて事の経緯を見ていた。
「いや、そうじゃないけど…」
「この間は、さすがに悪かったと思ってさ。つい、イライラしてあんたに八つ当たりした」
「…私も怒らせちゃったから。ごめんね、先輩とケンカしてた時に…」
ばかなストーカーが墓穴を掘って自らのストーカーぶりをぽろりとカミングアウトするが、ご機嫌な三澤葉流は怒った様子を見せる所か嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うわっ。本当にストーカーだ。俺ね、ふられたの。永瀬先輩に。ってゆーか前から好きな人がいるんだってさ」
「…大丈夫?」
「そのくらいで凹まないよ。簡単に諦めるつもりないし。それで気付いたんだけど……あんた、俺のこと好きでしょ?」
「うん」
「…そっか。ごめんね?」
彼女の顔から一瞬表情が消えた。それなのに次に奴をまっすぐ見た彼女の顔には憑き物が取れたようなすっきりとした表情が浮かんでいた。
「駄目!許さない。ねぇ三澤君、私とお友達になってよ?そうしたら私ストーカー辞めてあげるし。汚い所も酷い所も、泣き言もグチだって聞いてあげる。すごいお得でしよ♪」
「何それ?」
「何って、お友達。駄目ならストーカーを続けるしかないなぁ。知ってると思うけど、私結構しつこいんだから♪」
「…参った。お友達ね」
堂々と差し出した手をとられた彼女は幸せそうに笑っていた。高木亜矢子はもうストーカー亜矢子にはならない。もう双眼鏡はいらない。こっそり奴の情報を集める必要もない。
聞きたいことは直接聞きにいけばいい。友人の三澤葉流はきっと面倒くさがりながらも答えてくれるから。そうして彼女はこの恋にやっとピリオドを打てる。
「それでさ、結局明斗はいつになったら一目ぼれの彼女の話を聞かせてくれるの?」
放課後の教室で雨音を聞きながらキャラメルを口に頬ばる高木亜矢子はどっかりと椅子に腰を下ろす。
「ずっと彼女を見てるよ。彼女は俺なんかには目もくれず、他の男に夢中だけど」
「あら可哀相に。それじゃあ亜矢子さんの元気の元のキャラメルを分けてあげましょう♪お口の中はふんわり甘く、心はほろ苦く…」
「あぁありがとよ。亜矢子さん」
受け取ったキャラメルを口に含むとふわりと甘い匂いとミルクの優しい味に包まれた。
後になってキャラメルのほろ苦さがそっと舌に残った。
好きで好きで、ただひたすら君を見てる。君のことならよく知ってる。知りたいことも知りたくもないこさえも。それでも俺は君から目を離さない。ただひたすら傍にいて、願って想ってる。そんな日々を繰り返したけど、ようやく待つことを止めようと思った。君を見習って進んでみようと思った。例えばそれが、キャラメルみたいに甘くない恋だとしても。なんたってしつこさなら君仕込だから。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
キャラメル完結になります。
本当にありがとうございました。