それでも、好きで
好きで好きで、ただひたすら繰り返す。君の名前を呼ぶことも本当は特別なのに、そんなの知らないふりをして。君の傍で俺は俺のために君の友達をする。甘味を含んだ苦さが胸に染み込んでいく。
「どーした、いつもの亜矢子らしくないじゃん?ほら、こんなちっちゃな事でめげてちゃいけないんだろ」
本当に珍しく、落ち込む彼女に声をかけるが力なく頷くだけで調子が出ない。今回ばかりはどうも重症だ。昼飯のクリームパンは一口口を付けたままクリームが力無く顔を出していた。
「……ねぇ明斗、私ってストーカーかな?」
「何を今更」
「……ばれてたんだって。三澤君に。私がずっと、ストーカーしてたこと」
「そんで?」
「何が目的なのって……」
奴はストーカーの件について高木亜矢子を責めたてはしなかったのか。その前にさすがに気味悪がっているのか。その言葉からはよく分からなかった。仕方なく鞄からキャラメルを取り出してみる。
「恋なんて甘いだけじゃないしなぁ。苦い恋にはこれ!めちゃくちゃ甘い元気の元をどーぞ♪」
かれこれ六年間、そっとずっと奴を付けてきた高木亜矢子はきっと、奴がお綺麗なだけじゃなくてひどい冷酷な理由もちゃんと知ってる。知ってるのに奴の目の前に出て行ってそれを伝えることを彼女はしない。出来ない。何て苦い恋なんだろう。甘い匂いに包まれながらも強張った表情を崩せない彼女を見て思う。
恋の仕方なんて、誰にも教わらなかった。甘くて楽しいものだけ選んで進める程俺達は器用じゃない。苦くて苦しいのに、ふわりとした甘さを一瞬でも見つけてしまったからもう後にはひけない。
ふと窓の外を見ると制服姿の奴が歩いていた。俺は断じて奴のストーカーをしていない。いないのだが、高木亜矢子のおかげで隣のクラスの時間割は大体把握済みだ。外は昼寝日和の青空で気持ちの良い風が吹き、太陽の光のオマケつきだ。午後一の隣のクラスは体育のはずだ。
「なぁ亜矢子さん、隣のクラス時間割変更あったか?」
「……ないけど」
暗い顔をしたままもポツリと答える彼女はこんな精神状態であってもストーカー行為の情報は把握済みだ。
「三澤葉流、制服で外ぶらぶらしてるぞ。次体育だろ?」
はっと顔を上げるが早いが教室を飛び出していった。ドタバタと慌てた足音が遠ざかっていく。それでこそストーカー亜矢子だ。大きくため息をして立ち上がり、仁王立ちで睨みをきかせる後藤さんの視線を交わしながら置いてきぼりをくらったクリームパンと彼女の帰りを待つことにした。
好きです。好きです。お願い誰か、私を止めて。あなたを好きになって私はすっかり中毒症状。あなたをいつだって見つめていたい。ほらね今度はストーカー。いけない道に落ちていく。だけど止めるつもりなんて無い。
私はあなたが好きで、それだけだから。あなたを好きでいることが、私のたった一つの誇りだから。
「ふっかーっつ!どーだ!亜矢子様は打たれ強いんだから、これくらいのことでめげてたまるか!」
「それでこそストーカー亜矢子だ!」
「ちょっと、何よ人がせっかく復活した矢先に追い討ちなんてかけないでよぉ!」
私の復活は案外早かった。梅雨の時期、休む暇も無くパラパラと降る雨の音も聞こえないくらいに私と明斗は大騒ぎしていた。
「でもさ、ここんとこそのストーカー亜矢子も困ってることあってさ」
「やっぱり認めてんじゃねぇか!」
「……私、ばれちゃったのね。三澤君に、私がストーカーしてることさ……私としては今までみたいなことを続けるのはちょっと照れくさいというか、気が引けるというか……」
「反省する気はないのか?」
「ないな!」
自信たっぷりの私の言葉に明斗はガックリと肩を落として呆れた。でも仕方が無い。私にはばれたからと言って彼を好きな気持ちに変わりはないんだから。
「……今さらだけど、お前何がしたいの?」
「……うーん、彼を好きで、見ていたいのよ」
「分かんねぇなぁ。バレタついでに告白しとけば良かったんじゃねぇの?」
「私はただ見ていたいのよ。その辺のミーハーとは違うの。彼の外見だけが好きなんじゃないもの」
「だったら、逆に独占したくなるんじゃなくて?」
「彼が私のものになるなんて、なんか変な感じ。想像出来ないし」
明斗はついに頭を抱える。私も最近、よく分からない。私は自分の気持ちを告白することで彼の外見しか見ずに彼に好意を寄せる失礼な女達と一緒にされたくない。ついでに告白をした所で彼は私なんか眼中にないことをよく知ってる。意地になっていると言われたら、否定の仕方が分からない。
「なぁ、いっそ辞めちゃえば?外見はいいけど、とんでもない奴なんだろ?告白してきた奴罵倒したり、口を開けば生意気なことばっか言って、おまけに人を見下したような態度で、そんな奴のどこがいいんだよ?」
明斗が大きなため息をついて詰め寄る。私はどうしたら良いか分からなくてまた固まった。かっこ悪い。
「あ、やっと見つけた。高木亜矢子♪」
ガラッと扉が開くと、そこに彼がいた。三澤君は何故か上機嫌で私の名前を呼んだ。彼を見つめて私達は固まる。
「残って騒いでるくらいだから用事ないでしょ?帰ろうよ」
彼は私達のこの気まずい雰囲気などまるで気付かないような素振りでニッコリ微笑む。そうして私の腕をズルズルと引いていくのを明斗が呆然と見ていた。
「…み、三澤君、どうしたの?」
事態を把握しきれない私が恐る恐る彼に問いかけると彼はピタリと歩くのを止め、窓の外を指差した。
「雨が降ってるから、帰れないと思って」
「はぁ?」
「傘を返しに来たんだ。あんたこの間また受け取らないで帰っちゃったでしょ?ひょっとして濡れるのがすきだった?」
今更窓を見つめると静かな雨がしとしとと降っていて色とりどりの傘が校門まで続いていくのがなんだかきれいだった。
彼が分からない。だって彼はあの時私に対して怒っていたはずだし私が彼のストーカーだということも知っている。なのになんで私に近づこうとするのか。しかも、雨の日に。
「そうじゃないけど……」
「この間はさすがに悪かったと思ってさ。イライラしてあんたに八つ当たりした」
「…私も怒らせちゃったから。ごめんね、先輩とケンカしてた時に…」
言ってしまってしまったと思った。これじゃあますます私がストーカーをしていることを知らせているみたい。黙って黒子を演じていた明斗まで呆れ顔をされる。なのに彼は実に楽しそうに、笑った。
「うわっ。本当にストーカーだ。俺ね、ふられたの。永瀬先輩に。ってゆーか前から好きな人がいるんだってさ」
「…大丈夫?」
彼の異様なテンションの原因はそれなのかと思って声をかけると、吸い込まれそうな瞳に挙動不審な私をじっと捉えて一人納得したみたいに頷いた。
「そのくらいで凹まないよ。簡単に諦めるつもりないし。それで気付いたんだけど…あんた、俺のこと好きでしょ?」
「うん」
「…そっか。ごめんね」
どうしてなのか、分からないけど私は彼の言葉を聞いてなんだかすごく、納得した。私は彼が好きなのはずっと前から知っていた事で、だけどそれは彼の外見だけを見てきてじゃない。彼の嫌な所も酷い所も全部知って、好きだった。それを彼に分かってほしかった。彼が好きだから、彼に困ることはしたくなかった。外見だけしか見れずにいる女達のようのに彼を傷つけたくなかった。
「駄目!許さない。ねぇ三澤君、私とお友達になってよ?そうしたら私ストーカー辞めてあげるし。汚い所も酷い所も、泣き言もグチだって聞いてあげる。すごいお得でしよ♪」
「何それ?」
「お友達。駄目ならストーカーを続けるしかないなぁ。知ってると思うけど、私結構しつこいんだから♪」
「…参った。お友達ね」
彼はとても無邪気に楽しそうに笑った。彼の手を取って私はニッコリと微笑み、おそばせながらの自己紹介をした。
「私高木亜矢子。趣味はストーカーで、元気の元はキャラメル♪」
「俺は三澤葉流。最近のビックニュースはストーカーと友達になったこと」
「それでさ、結局明斗はいつになったら一目ぼれの彼女の話を聞かせてくれるの?」
放課後の教室。梅雨に入っていつも雨が降っている。私は甘いキャラメルを口に放り込んで明斗を見つめた。
明斗は頬杖をついたまま大きな溜息。
「ずっと彼女を見てるよ。彼女は俺なんかには目もくれず、他の男に夢中だけど」
「あら可哀相に。それじゃあ亜矢子さんの元気の元のキャラメルを分けてあげましょう♪お口の中はふんわり甘く、心はほろ苦く…」
「あぁありがとよ。亜矢子さん」
お口の中はふんわり甘く、だけどほろ苦い。鼻からふんわり香るその匂いを、口に残る後味を覚えている。甘いくせに、甘くない。ほろ苦いのにまた欲しくなる。キャラメルみたいな恋だったから、ずっと覚えている。また恋がしたくなる。
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