ストーカー高木亜矢子
好きで好きで、ただひたすら君を見てる。君のことならよく知ってる。知りたいことも知りたくもないこさえも。それでも俺は君から目を離さない。
窓際の最後尾の特等席を独占して朝の風を頬に受けた。校門付近で足早に歩く生徒達の中に君を見つける。人の群れの中で隣の奴にぶつかって、よく見ればそれは君の思い人だった。君はきっとぱっと顔を赤らめた。だから一層足早になる。
軽くため息をついてじきに騒がしく先ほどの事態を嬉々として報告しにくる君を待つことにする。さほど物もはいっていない鞄からクリーム色の小さな箱を取り出すと箱の中の白い包み紙に包まれた正方形のそれを取り出すと茶色の小さなキャラメルが控えめに甘い匂いをかもしだした。口に入れるとふわりとしたミルクの甘さが騒がしくイラつく気分を落ち着けてくれた。
「見た見た!ねぇ見た?今日も三澤君と登校一緒にしちゃった♪」
ガラリと騒がしく教室の扉が開けると脇目も振らずにこちらに来ては嬉しそうに先程の報告をする高木亜矢子の勢いに押されつつ相槌をうつ。
「どうせ校門前から数メートルだろ?皆一緒だ」
「違う!その間ちょっと隣に並んだの!もう、せっかく窓際の席なのになんでちゃんと見てないのよ」
仁王立ちに腕組をして怒ってみせる彼女はよく見るとセーターを腕まくりして朝から気合い十分だ。
「ダッシュする集団に押されでもしただけだろうが」
「でも肩が一瞬ぶつかったんだから!私ヤバッと思って「すいません」って言ったら「別に」って返してくれたの!まぁそこまでは聞こえないだろうけど……」
体をくねらせて頬まで染めてみせる。スカートのプリーツが忙しく揺れるがその中の細くない強靭な足はしっかりと地べたを踏んでいる。
「分かったよ。お前が相当の物好きだって事は今日もよく分かった」
「やだなー。そんなんじゃないよぉ♪」
「褒めてねぇし!」
毎日お決まりのような会話で一日が始まる。本人曰く死ぬ気で猛勉強した入った高校で高木亜矢子は毎日強靭な足を武器に密かに双眼鏡まで装備して中学から追いかけてきた思い人三澤葉流のストーカーに精を出している物好きな犯罪者だ。
「中学から一緒ならそんな回りくどいことしないで普通に話せばいいんじゃね?」
「絶対無理!私三澤君と話したことなし、何て話かけたらいいか分かんないし、しかもあの冷たい雰囲気って近寄りがたいじゃん?」
「お前ほんとにそいつのこと好きの?」
「超大好き!」
爽やかに言い切る笑顔に胃がキリリと痛んで物好きは彼女だけじゃないとそっと確認した。しかしどうしても奴の何が良いのか理解できない。
奴、三澤葉流は単純な追っかけ理由で滑り込んだ俺達とは違い、この新学校でもそれなりの上位の成績を収めていることと相当なビジュアルが良いことは知っている。彼女曰く《凛とした冷たい雰囲気が簡単に人を寄せ付けない。だけど薄紅色の唇や白い肌がキレイな男の子。皆が彼を振り返って見とれる中、彼は独特の雰囲気を乱すことなくその中を平然と歩いていく人》だそうだ。それだけ聞いたならまだ納得がいく。奴は見てくれがいいばかりか成績まで良い。しかし三澤葉流はそれだけは終わらない。
「あんな奴の何がいいよ?評判通りお綺麗なのは外見だけで、すっげー冷酷だって噂だろ?」
「勇気を振り絞って告白してきた子に「鏡を見て出直して来い」って酷いこと言ったのも、それで彼に文句言おうとしたこ達に「一人じゃ話しも出来ないんだ」って言ったのも知ってるけど、でも好き♪」
実際三澤葉流の冷酷さを納得させる噂は多く耳にするが彼女はその危険な趣味を生かして真意の程を常にリアルタイムで確認している。それでも高木亜矢子は奴を好きだ。ふざけて見せる態度とは裏腹に迷いの無い瞳に見つめられ耐えられなくなり、とうとう俺はお手上げとばかりに机に突っ伏した。
好きです。好きです。マジで大好きです。
あなたの事が好き過ぎて苦手な勉強まで頑張って秘かに同じ高校に入りました。ごめんなさい。ストーカー入っちゃってて、なんか自分危ないし。あなたを一目見るだけで私はもうパワー全快!目が合った気がしたら失神寸前。そんな純情な私の目標はあなたと挨拶をすること。
「見た見た!ねぇ見た?今日も三澤君と登校一緒にしちゃった♪」
教室に入るなり、大興奮な私はしかし控えめな声で窓際の席の友人に駆け寄り止まることないマシンガントーク。
「どうせ校門前から数メートルだろ?皆一緒だ」
「違う!その間ちょっと隣に並んだの!もう、せっかく窓際の席なのになんでちゃんと見てないのよ」
「ダッシュする集団に押されでもしただけだろうが」
「でも肩が一瞬ぶつかったんだから!私ヤバッと思ってすいません」って言ったら「別に」って返してくれたの!まぁそこまでは聞こえないだろうけど…」
日課のように毎朝自分の席に荷物を置くこともせず友人に駆け寄り、さっきまでの感動の登校の様子を事細かに描写?するがいつもの事ながら友人は呆れ顔で机に肘をついた。私の秘かな恋心を知っていて文句を言いながらも話を聞いてくれるいい奴!橘明斗とは高校に入ってからの友人。
「分かったよ。お前が相当の物好きだって事は今日もよく分かった」
「やだなー。そんなんじゃないよぉ♪」
「褒めてねぇし!」
毎日のようにこうして猛勉強までして入った高校で恋の話を咲かせる。だけど友達の付き添いで行った高校見学で一目ぼれした子とお近づきになるためにこの高校へ来た明斗と中学からの思い人と秘かにスクールライフを送るためにこの門をくぐった私、高木亜矢子にはそれがお似合いなのかも。
「中学から一緒ならそんな回りくどいことしないで普通に話せばいいんじゃね?」
「絶対無理!私三澤君と話したことなし、何て話かけたらいいか分かんないし、しかもあの冷たい雰囲気って近寄りがたいじん?」
「お前ほんとにそいつのこと好きの?」
「超大好き!」
首を縦にふって大げさに頷くと明人は渋い顔して首を傾げる。噂しか知らない明人にはきっと分からない。私の思い人の三澤葉流君は中学の時からの同級生で、同じクラスになったこともあるけど会話を交わしたことなどない。なんていうか凛とした冷たい雰囲気が簡単に人を寄せ付けない。だけど薄紅色の唇や白い肌がキレイな男の子。皆が彼を振り返って見とれる中、彼は独特の雰囲気を乱すことなくその中を平然と歩いていく。そんな感じの人。
「あんな奴の何がいいよ?評判通りお綺麗なのは外見だけで、すっげー冷酷だって噂だろ?」
明らかに不満気な明人はやる気のない顔で大あくびをする。
「勇気を振り絞って告白してきた子に「鏡を見て出直して来い」って酷いこと言ったのも、それで彼に文句言おうとしたこ達に「一人じゃ話しも出来ないんだ」って言ったのも知ってるけど、でも好き♪」
可愛く両手を顔の前に持って首を傾げてみた私に明斗は机突っ伏してお手上げのポーズをとった。
だけど三澤葉流ストーカー歴かれこれ6年目の私の目は最近彼の変化を発見した!梅雨を待つ五月晴れの今日この頃、彼のまとう雰囲気がなんだか少し、ほんの少し優しくなった気がする。
年月が経ち鍛え抜かれたカモシカの足と万一見付かれば言い逃れ困難な双眼鏡を携帯し、今日も彼を知るために全力疾走する。それはもちろん、彼の知らない所で。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
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