第150話 閑話:西の帝国の焦燥と、這い寄る変異の根
第150話 閑話:西の帝国の焦燥と、這い寄る変異の根
大陸の西部に強大な領土を構え、重装甲の騎士団と高度な魔導機関技術によって周辺諸国を圧倒してきた軍事国家『西方帝国ガルド』。
その帝都の中心にそびえ立つ黒鉄の宮殿では、豪奢な玉座に腰を下ろす皇帝と、歴戦の将軍たちが、円卓に広げられた帝国東部国境の地図を前に重苦しい沈黙を落としていた。
「……報告によれば、旧魔王城跡地から地脈を伝って広がる『変異ダンジョン』の根が、ついに我が帝国の東部防衛線である黒鉄砦の地下に到達したとのこと。そして、その結晶化した瘴気に侵された異形の魔物たちが、砦に向けて大規模な侵攻を開始したようです」
帝国軍の参謀長が、額に冷汗を浮かべながら報告する。
皇帝は苛立たしげに玉座の肘掛けを強く叩いた。
「ええい、不甲斐ない! 我が帝国が誇る魔導機関砲と重装騎士団をもってすれば、魔物の群れなど一網打尽にできるはずであろう! なぜ防衛線が突破されそうになっているのだ!」
「そ、それが……変異した魔物たちの外殻は、未知の紫色の結晶体で覆われており、物理攻撃を弾き返すだけでなく、魔法による攻撃すらも反射してしまうのです。既存の火力では決定打を与えられず、兵士たちの疲労はすでに限界を超えております」
皇帝の顔が怒りで赤黒く染まる。
彼らは誇り高き軍事国家だ。極北の脅威や魔王軍の残党が消え去り、世界が平和に向かっているというのに、ここで新興国であるアシュタル辺境国――『絆紋公国』に救援を求めるなど、帝国の威信が許さなかった。
しかし、現実として黒鉄砦が陥落すれば、変異ダンジョンの根は帝都の足元まで伸びてくる。帝国は、かつてない焦燥と危機感に包まれていた。
帝国の東部国境に位置する黒鉄砦。
その分厚い鋼鉄の城壁は、無数に突き出した紫色の変異結晶によってあちこちが侵食され、崩落の危機に瀕していた。
「撃て! 魔導機関砲の出力を最大まで上げろ! 一歩も引くな!」
砦の司令官が血を吐くような声で叫び、重装騎士たちが必死に魔物たちを押し返そうと槍を振るう。しかし、砦に押し寄せるのは、紫色の結晶に身を包み、理性を失って凶暴化した巨大な魔物たちだった。
「司令官閣下! このまま火力で押し切ろうとしても無駄です! あの結晶体は、魔力を吸収して硬度を増す性質を持っています。むしろ、彼らを操っている地下の魔力溜まりを『調和』させる波長を放つべきです!」
防衛線の後方から、一人の若い軍属技術者が必死に声を上げた。
彼の名前はクラウス。帝国の兵器開発局に所属する若き魔導技師でありながら、自然の魔力波長と機械を調和させる研究を続けている異端児だった。
「黙れ、クラウス! 軍事技術の粋を集めたこの砦が、魔物ごときに力負けするなどあり得ん! 貴様のその軟弱な調和理論など、戦場では何の役にも立たんのだ!」
司令官はクラウスの進言を冷酷に切り捨て、再び攻撃命令を下す。
だが、クラウスの危惧した通り、魔導機関砲の一斉掃射を受けた結晶の魔物たちは、その魔力を吸収してさらに巨大化し、砦の城門へ向かって圧倒的な質量で突進してきた。
「グルォォォォォォッ!!」
先陣を切るのは、全身が紫色の結晶刃で覆われた巨大な鉄鋼の熊――『変異晶の鉄熊』だった。その背後からは、空を覆い尽くすほどの紫水晶の羽を持つ『変異晶の巨鷹』が滑空し、地を這うように猛毒の瘴気を撒き散らす『結晶の毒蛇』と、機巧の体に結晶が癒着した『変異機蜘蛛』が群がってくる。
ズドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃と共に、決して破られないと豪語されていた黒鉄の城門がひしゃげ、ついに結晶の魔物たちが砦の内部へと雪崩れ込んできた。
「も、もう終わりだ……! 帝国は、このまま結晶に飲み込まれるのか……」
クラウスが絶望に顔を歪め、迫り来る変異晶の巨鷹の鋭い爪を前に、思わず目を閉じた。
その時だった。
「絶望するのはまだ早い。その命、俺たちが預かった」
上空の空間が突如として歪み、銀色の光と共に、一人の黒髪の青年と三匹の魔物、そして圧倒的な威圧感を放つ戦士たちが降り立った。
「ウォォォンッ!!」
銀色のウルフ、フェルが天に向かって遠吠えを上げると、帝国の空を覆っていた分厚い雷雲から極太の天雷が降り注ぎ、クラウスに迫っていた巨鷹を瞬時に麻痺させて地面に叩き落とした。
「キュイッ!!」
純白のポーションラビット、ピコが目にも留まらぬ速さで地を蹴り、城門を破った鉄熊の結晶装甲の一点を的確に蹴り砕き、その進行を完全に停止させる。
「きゅるるーっ!!」
空色小竜のソラが神聖なブレスを放射し、砦の内部に充満しかけていた瘴気を一瞬にして浄化し、帝国兵たちの呼吸を楽にさせた。
「な、なんだ貴様らは!? どこから現れた!」
司令官が驚愕に目を見開く中、右手の甲に眩い『絆紋』を輝かせたレインが、静かに長剣を構えて立ち上がった。
「絆紋公国から、救援要請のない出張サポートにやってきた。隠密部隊から、ここが危ないと聞いてね」
レインが不敵に微笑むと、その後ろから女戦士アイラが巨大な戦斧を肩に担いで進み出た。
「ガハハ! 意地を張って死にかけるなんて、軍事国家様も世話が焼けるねぇ! お掃除はアタシらに任せな!」
「帝国の魔導機関も、この未知の変異には対応できなかったようですわね。火力の何たるか、私が教えて差し上げますわ」
少女魔導士ルウが炎の杖を優雅に振るい、紅蓮の炎を顕現させる。
「我が剣の前に、理を外れた結晶の盾など無意味です」
剣聖シルヴィアが静かに愛剣を抜き放ち、神速の構えをとった。
「いくぞ、みんな! 魔物たちの核を傷つけずに無力化し、変異の根を完全に断ち切る!」
「「「オオォォォォォッ!!」」」
反撃の狼煙が上がった。
アイラの戦斧が巻き起こす超質量の竜巻が、砦に群がる結晶の毒蛇や機蜘蛛たちをまとめて空高く巻き上げ、城壁の外へと強制的に退場させる。ルウの放つ擬似太陽の業火が、魔物たちの持つ反射能力の限界を軽々と超える超高熱を放ち、周囲の変異結晶だけをドロドロに溶かし尽くす。シルヴィアの神速の剣閃が、巨大な鉄熊の関節の隙間を的確に捉え、その動きを完全に封じ込めた。
「ば、馬鹿な……。我々帝国軍が総力を挙げても傷一つつけられなかった変異魔物たちを、たった数人で……これほどまでに無力化してしまうというのか……!」
クラウスが、圧倒的な蹂躙劇を前に言葉を失って震える。
「フェル、ピコ、ソラ! ボスの四匹を抑えろ! 俺が直接浄化する!」
「ウォォォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェルの雷撃が鉄熊を足止めし、ピコが機蜘蛛の動きを封じ、ソラが巨鷹と毒蛇の瘴気を吹き飛ばす。
その完璧な連携によって生み出された一瞬の隙を突き、レインは地面を蹴った。
彼の右手の甲の『絆紋』が、これまでで最も強く、眩く、そして優しく輝き始める。
「地下から這い出た変異の呪縛……俺が全て、調和させてやる!」
ズバァァァァァァァァァァァンッ!!!!
レインの両手から放たれた翠色の極限浄化の光が、暴走していた四匹の魔物たちと、砦の地下から伸びていた変異結晶の根を完全に包み込んだ。
紫色の毒々しい瘴気が、光の波紋によって洗われ、徐々に透明で美しい純粋な自然の魔力へと還元されていく。帝国を脅かしていた変異ダンジョンの『根』は、この圧倒的な浄化の光によって跡形もなく消滅し、黒鉄砦に本来の静寂が戻った。
そして、狂わされていた魔物たちの体からも禍々しいクリスタルが崩れ落ち、本来の美しく気高い姿へと戻っていった。
変異晶の鉄熊は、真紅に輝く美しい宝石の瞳を持つ『鋼玉の霊熊』へと変化した。
変異晶の巨鷹は、紫電を纏う高貴な『紫電の霊鷹』へと生まれ変わった。
結晶の毒蛇は、澄み切った緑色の鱗を持つ『翠玉の霊蛇』として蘇った。
変異機蜘蛛は、黄金色の美しい琥珀で構成された『琥珀の機蜘蛛』へと姿を変えた。
(……あたたかい。痛みが、消えた……。狂っていた心が、穏やかになっていく……。お前が、私たちを助けてくれたのか?)
鋼玉の霊熊から、重厚でありながらも温かい思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。地下の瘴気に当てられて、苦しかったな。でも、もう大丈夫だ」
レインが微笑みながら霊熊の頑強な頭を撫でると、彼は深く安堵したようにその場に座り込み、レインの手に顔をすり寄せてきた。紫電の霊鷹もふわりと降りてきてレインの肩に留まり、翠玉の霊蛇は嬉しそうにレインの腕に巻きつき、琥珀の機蜘蛛は器用にステップを踏んで甘えてきた。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しい仲間を優しく迎え入れる。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? うちには、お前たちのように優しくて、一緒に遊んでくれる仲間がたくさんいる。お前たちの力があれば、もっとたくさんの人を笑顔にできるはずだ」
レインの誘いに、四匹の魔物は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。霊熊のお前は『ルビ』だ。霊鷹は『アメ』。霊蛇は『エメ』。機蜘蛛は『アン』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「グルォォッ♪」
「キュィィッ♪」
「シャララッ♪」
「カシャシャッ♪」
新たなる家族、ルビ、アメ、エメ、アンを迎え入れたレインは、呆然と立ち尽くしているクラウスに向き直った。
「君が、魔導機関と自然魔力の調和を訴えていた技術者だな。君の着眼点は素晴らしい。帝国のように火力だけで全てをねじ伏せようとすれば、いつか必ず自然のしっぺ返しを食らう」
レインは手を差し出し、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「……どうだろう、アシュタルへ来て、俺たちの仲間にならないか? うちには、魔導具職人のティアや古代技術を持つセブンがいる。君には、『公国直属・魔導機関および調和技術開発局』の責任者として、この世界の未来を共に創ってほしい」
レインの誘いに、クラウスは信じられないものを見るように目を瞬かせ、そして、これまで誰にも認められなかった技術者としての孤独から解放された喜びに、大粒の涙をこぼした。
「はいっ……! 私のような若輩者でよければ、この命と技術の全てを、レイン様と絆紋公国のために捧げます!」
こうして、自然と機械の調和を目指す若き魔導技師クラウスという逸材が、新たな人間の仲間として陣営に加わったのである。
その夜。
西方帝国の帝都では、黒鉄砦からの信じられない報告に、皇帝と将軍たちが言葉を失っていた。
「国境を覆い尽くそうとしていた変異ダンジョンの根が……たった数名の絆紋公国の者たちによって、完全に浄化されただと……!?」
「はい……。さらに、我が軍の火力を真っ向から否定し、調和を説いていたクラウスが、彼らに見出され、歓喜の涙と共にアシュタルへと迎え入れられたとのことです……。我々帝国の武力は、彼らの『絆』の前にはあまりにも無力でした……」
皇帝は深く天を仰ぎ、己の国の慢心と、絆紋公国の底知れぬ器の大きさを思い知らされることとなった。彼らが軍事国家としてのプライドを捨て、正式に絆紋公国へ同盟と技術協力の使者を送るのは、この数日後のことである。
一方、アシュタルの領主の館の中庭では、クラウスの歓迎会と、新しく加わったルビたちの加入を祝う、賑やかな宴が開かれていた。
クラウスはさっそく、ホムンクルスのセブンや魔導具職人のティアたちと、魔導機関の出力調整について熱く語り合い、記録の妖精メモや記憶の水晶亀カメオたちも興奮気味に記録を取っている。
魔物たちも、新しく加わった鋼玉の霊熊ルビが岩砕の巨獣ダグと背比べをし、紫電の霊鷹アメが星翼の梟ステラと一緒に夜空を舞い、翠玉の霊蛇エメが子供たちに美しい緑の鱗を見せて回り、琥珀の機蜘蛛アンが修復の機妖精ハグルと楽しそうに機械の修理を手伝っていた。
「ガハハ! お高くとまった帝国の連中も、これで少しは目が覚めたんじゃないかね! アタシらの『絆』の力は、どんな大砲よりも強いんだからね!」
アイラが樽ジョッキでエールを煽りながら大笑いする。
「ええ。クラウスの調和理論が加われば、公国の魔導機関技術はさらに飛躍しますわ。力でねじ伏せるのではなく、自然と機械を包み込む技術。それが私たちの新たな力となるでしょう」
ルウが優しく微笑み、シルヴィアも深く頷いた。
「ウォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェル、ピコ、ソラがレインの膝の上に飛び乗り、顔をすり寄せてくる。
彼らの温もりを感じながら、レインは満天の星空と、笑顔に溢れる家族たちを見渡した。
世界に広がりゆく変異ダンジョンの歪みも、古い価値観に縛られた帝国の憂鬱も。
全ての人と魔物が笑って暮らせる世界を築き上げるためならば、何度でもその壁を越えてみせる。
若き魔導技師クラウスと、新たなる宝石と機巧の魔物たち。
絆紋公王レインと仲間たちの果てしなき救済と開拓の旅は、明日もまた、この星をどこまでも温かく、そして優しく照らし続けるのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作もよろしく(*´∀`)ノ
しがらみだらけの人生に疲れたので、記憶を消して無人境へ転生します〜無限魔力の【万能創造】で理想の拠点を作ってたら、最強の魔獣たちが勝手に懐いて最高の家族になりました〜
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