3.出会いと再会と―3
まず肩を叩かれ、ついで左に並ばれた。
忘れようのない、このドスのきいた声。
肩におかれた肉の分厚い凶器なこの手。
のしかかってくる圧倒的な存在感と、人の気分を奈落に沈めるこの殺気。
なァんか急に、カンカン照りのお天道様までもが、す~ッとワット数を落としたような感覚を味あわせてくれるから豪気なもんだ。
日本国防空軍 第七飛行師団 第六四戦隊隊長 萩田鬼三郎。
あらためて確認する必要すらない――俺の、昔の上官だ。
あ、言い忘れてたけども、俺ってば、元・戦闘機乗りで、現・偵察機乗りな?
戦闘機隊にいたんだけども、適性がないって中途でクビになっちゃった。(笑
で、
このオッサ……ン、と、もとい! 萩田閣下は、俺が一七歳の時、初陣を飾ってよりの付き合いで、戦地じゃさんざんイジメられ(休暇の取り消し、スパルタ訓練、乗機整備の補助に兵舎の清掃etc.)、すわ、出撃ともなれば、いっつも俺が編隊僚機。
常に指揮官先頭――真っ先きって敵中に切り込んでいかないと気がすまない人間の掩護役なんぞをず~っとず~っと強制されて、
ホント、あれは生きたまま英雄になるか、くたばって英霊になるかってェ地獄の日々だった。
だから戦闘中に負傷したのをコレ幸いと、イロイロ理由をこじつけて、隊から除隊したっていうのに……。
ガキの頃から憧れていた戦闘機乗りの道をあきらめ、偵察部隊に転属させられて、それでも、あの鬼の下で過労死するよりはマシか、と。
生き甲斐よりも生身が大事。
更迭された平和な内地で――ああ、もうこれで忌まわしい過去の一切と縁が切れたのだ、と(今度は女の子たちの撃墜に専念することにして)、ぽちぽち鋭気を養っていた俺なのに……。
天災(人災?)は、忘れた頃にやってきて、虎鋏のような手で俺の肩をつかんでる。
日本国防空軍の誇り。
撃墜王の中の撃墜王。
中東派遣軍の星にして――ついたアダ名が〈人喰い鮫〉。
(註:人喰い虎、ではない。重々、ご注意いただきたい)
なんで、何故、いったいど~してこんな所で出会わにゃならんの?――俺がこの世で一番会いたくなかった(会うとも思っていなかった)人間に。
走馬灯……、もとい(そんな良い代物じゃない)、底無し沼のドブ泥みたいにドロドロと、忌まわしい記憶が次から次へと蘇ってきそうになって、
俺はゴクリと唾をのみこんだ。
精一杯つくった笑顔がひきつってない事をお祈りしながら、突然いう事をきかなくなった首をギギギ……と左に回転させる。
「ず、ずいぶんと珍しい場所でお会いしますね」
と、そこで一応念のため、さりげに相手の階級章など確認をして、
(あ、昇進してンでやんの)
「中佐殿」
対して、相手はくっくっく……と喉で笑った。
濃色のサングラスがキラリと光をはじき……、まったくもって、軍服を着ていなければモロに893だ。
品がないのはモチロンの事、パイロットにしては身体のつくりがゴツすぎる。ぜったい陸戦隊か特殊部隊だろ。
とまれ、
「ああ、確かにな。生きてるうちに、もう一度お前と会えるとは思ってもなかった。存外ほんとうに、俺には幸運の女神でもついているのかも知れんな」
「エ? おい」と同意を求められ、ぞわぞわぞわァッ、と俺の悪寒ははげしくなった。
恐る恐るに質問をする。
「あ、あの……、あの、その、あの……、こちらには一体いつから……?」
「お前が、あの可愛い子ちゃんにフラレたあたりから、かな」
軽くいなされ、「いや、そうじゃなくって……」と、俺が口ごもっていると萩田少佐、もとい、中佐は、鮫のような表情でニヤリと笑った。
つまりは、俺を頭からバリバリ噛み砕いて呑み込めそうな大きな口と、表情とはウラハラ、まったく笑ってない目でもって。
「そんなに気になるか? ここに着任したのは半年ほど前だ。俺たちの隊も機種改変でな。そいつの受領に来たってわけだ」
そこで中佐(の全然わらってない目)は、初めてまともに俺を見た――っつーか、睨めつけた。
ホント、こーゆーところは昔とチッとも変わってない。
どーせ、この後は過ぎ去った事をむしかえすんだぜ。
『それよりも!』とか言ってサ。
「それよりも……! お前が俺の隊を飛び出して以来になるのかな?」
『んん~?』とばかりに、俺の左肩をにぎにぎしていた手に力がこめられる。
Oh my God.
やっぱりな……。
「いや、ハハ……。本当、お久し振りです。でも、飛び出したっつーか、落ちこぼれたんですよォ。やっぱ、俺ってば戦闘機乗りって器じゃなかったんですね。ハハ……」
「ほほォう」
中佐は片方の眉を吊り上げてみせた。
「不向きな商売でも撃墜王をはれるか……。あまつさえ飛行師団長から直々に感状まで頂戴してしまうとは……。うーん、さすが、なかなか大したもんだ。お前がいなくなった途端、そんな逸材をあたらみすみす手放した無能な隊長が閑職にまわされたのも、それじゃあ仕方ないわなぁ」
は~ッと大きく息を吐き、うつむき加減で首を左右に振ってくる。
あやややや……、ンな事ァないない! ないですってば!
頼みますから睨まないでよ。
昔は(と言っても、つい四、五年前の事だけど)、『お前のような穀つぶし、どこぞへなりと失せちまえ!』って、暇さえあれば俺を怒鳴っていたじゃない。
だいたい出世をすれば、飛行機にのった現場仕事よりもデスクワークの比重の方が大きくなるってェのは理の当然でしょー?
それをクソ面白くもないって思う気持ちは、まァ(同じ飛行機乗りとして)、わからないでもないけど、そいつを閑職だなんて言うなよなァ。
なにより、閑職にまわされるような人間が、この基地にやってこられる筈もないんだし、中佐の不幸は全部が全部、俺が原因ってわけじゃあ絶対ないよ。
それなのに……、
う~、イカン。何か知らんがメチャクチャ恨まれてしまっとる。
ンとに、どーしてこんなに相性わりィんだ? ナニかに祟られてるとしか言いようがねェじゃん。
ホント真剣、困っちまうぜ。何とか話題をソツなく無難にすりかえないと、やがて手がでる足がでる。
すゥぐ暴力をふるうんだもんな、この中佐は……。
が、
「ま、いい」と言って、(案に相違し)あっさりサッパリ、中佐は追撃の手を止めた。
この後ネチネチくどくど……、延々とからまれるのがだいたい慣例だったから、ほォんの少し拍子ぬけ。
流しそこねた冷や汗が、体の内に残っちまうぜ。ダイエットの必要も、まァ無いけどよ。
ンで、
「あれか? 今お前が試験してるってェ機体は」
顎の先をしゃくって傍らにぞびえる格納庫内に鎮座まします機体を示す。
その中佐の問いに、
うかうか、まんまと、だからこそ――引っ掛かっちまったんだな、コレがまた。
で、避けられた筈のドツボにドボンとはまりこむワケだ。(ヤレヤレ……)




