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第9章 踏ん切り


 この選挙をするにあたり、相手側がどんな準備をしてきたのかを私は知っている。

 彼らは救世主の娘である私を悪女に仕立てて、フォーケン領の領主には相応しくない。

 そう貴族や民衆に思わせる作戦を立て、大分前からそれを推し進めてきたのだ。豊富な資金と人脈を使って。


 私に勝ち目なんてないわ。

 それに万が一私が勝ったとしたとしても、裏切り者のたくさんいるフォーケン領地の当主になるなんてごめんだわ。


 フォーケン伯爵の死後、ずっと我が家で暮らしていたフリュードは、私がデビンを婚約者に選んだ直後「お世話になりました」という置き手紙を残して姿を消してしまった。

 そして今から半年ほど前に姿を現したと思ったら、彼は私に復讐するためにパロット侯爵家と手を結んでいた。

 フリュードは私を恨んでいる。

 だから、自分の領地を私に渡したくないと、復讐の機会を狙っていたのだろう。

 私は彼を裏切り、約束を破ったのだから当然だわ。


 デビンを婚約者に選んだ以降、元フォーケン伯爵領の領民からだけでなく、私は父や兄達から白い目を向けるようになった。

 掛けられていた「誘惑の魔法」が解けた後も、そのことを家族には伝えず、私はただひたすらデビンの婚約者として振る舞っていたからだ。


 それでも学園生活を送りながらもフォーケン領の経営のサポートに励んでいたのだ。

 どんな理由があろうと彼を裏切って苦しめてしまった事実は消えない。

 だからフリュードと結婚できるなんて思っていなかった。

 けれど、行方不明になっているフリュードが戻って来たら、彼が領主なれる可能性は絶対にあると思っていた。

 そのためにフォーケン伯爵領を守ろうと思っていたのだ。

 彼には領主になる資格も、その能力もあると信じていたから。

 

 そのために私は、幼なじみを裏切った薄情者、婚約者に蔑ろにされている惨めな令嬢と蔑まれようと、必死に頑張り続けたのだ。

 しかし、今から半年ほど前から、私は元フォーケン伯爵領に関わるのを止めた。


 そもそも、元フォーケン伯爵領を守るために、なぜ私が婿を取るなんていう責任を負わなければならなかったの?

 私にそんな義務はない。お門違いよと、今さらながら思ったのだ。


 たしかにたとえ彼に嫌われ憎まれていたとしても、ここの領地領民のために働こうという気持ちは、最初のころにはまだあった。

 父が農地改良を進める傍らで、私も子供ながら精一杯手伝ってきたのだから。

 飢え死にしそうだった領民のために炊き出しをしたり、農業以外の仕事が見つかるように知り合いの貴族や、商会の人に斡旋を依頼したり。

 でも、以前はあんなに感謝していますと言っていた口で、私の悪口を言いふらし、でたらめの嘘を流している者達が増えてきたのだ。


 彼らは、バルガーニ侯爵家や王女の母親の実家である、パロット侯爵の流した噂を真に受けたのだ。

 私だけでなく、命の恩人である我がサンドベック伯爵家に対して、そんな裏切り行為をしている領民のために尽力することが虚しくなったのだ。

 そしてそれがフリュードの指示だったと耳にしたとき、その真偽はともかく、私の心の中で何かが崩れ落ちた気がした。


 もちろん、最初にフリュードを裏切ったのは私。

 私達二人は幼なじみで、大人になったら結婚しようと二人で密かに約束していた。

 それなのに私はデビンを婚約者に選んだのだから、彼に恨まれても当然だと思っている。


 しかし、そもそも父が彼ら親子を守ろうとしなかったら、私はバルガーニ侯爵家に狙われたりしなかった。

 つまり、デビンから「誘惑」の魔法を掛けられて、あんなやつと婚約する羽目にはならなかったのだ。


 一番の被害者は私だとようやく悟ったのだ。

 私はもうこの領地の犠牲にはなりたくない。

 父や兄達に利用されたくない。

 屑デビンや愚かな王女に見下されるなんて我慢ならない。

 私を侮った連中を必ず見返してやる。いや、仕返しをしてやるわ。

 フォーケン領の領主の座は喜んで彼にお譲りするわ。でも、その後それを維持し続けられるかどうかは知らないけれどね。



 向こうは選挙に勝って領主になった後でこう言い出すに決まっている。


「悪女という評判が立ち、その上私から婚約解消されたとなると、君にはもうろくな縁談がこないだろう。

 それではあまりにも哀れだ。私を思って身を引いてくれた君を不幸にはしたくない。

 だから、私に君の面倒を見させてほしい……」

 

 だって、デビンとエバーナ王女では領地経営なんてできるわけがないもの。

 学園ではようやく卒業できる程度の勉強しかしてこなかったのだから。

 あの男は自分が私に愛されていると疑ってもいない。

 最初から私に領地経営を丸投げするつもりだった。

 だから婚約解消をしても、私を愛人か侍女にでもして、領地経営を手伝わせようとするはずよ。

 私が領地経営学を専攻してきたことくらいは知っているみたいだから。


 まあ本当は優秀なフリュードを執事にでもしたいところだろう。

 フリュードは半年前からなんと、側妃の実家のパロット侯爵の元にいるようだから。

 けれど、さすがに元領主の嫡男を使用人にしたら、領民の反発を買うのは目に見えるし無理でしょう。

 まあ、フリュード本人は、今回デビンに協力をしているくらいだから、案外頼まれればそれを引き受けるかもしれないけれど。


 私に勝ち目なんてないし、勝ちたくない。

 というよりも勝っても負けてもどのみちろくなことがないわ。

 そもそも国中に名前が知れ渡ってしまうから、この国で平穏無事には暮らせるとはとても思えないし。

 だから誰も私を知らない国へ行って、そこで暮らすしか私には道がないわ。

 そのために以前から留学の準備を着々と進めてきたけれど、そろそろその最終段階に入らないとね。


 まあ、私を嫌いになった家族でも、慰謝料くらいはくれるでしょう。

 私に婚約解消を告げたその翌々日には、デビンは父親のバルガーニ侯爵と共にサンドベック白爵家にやって来て、婚約解消を求めてきたそうだ。

 そしてその際に彼らは、相当な金額の慰謝料を用意してきていて、ほぼ自分達が有責だと認めているようなものだったらしいだから。

 

 たしかに私の悪評が世間には流れていたけれど、彼らが望んでいた程ではなかったようだ。

 それに比べてデビンが二年以上前からエバーナ王女と不適切な付き合いをしてきたことはすでに公然の秘密になっていたのだ。

 それゆえに、これ以上二人の悪評が広がる前に、できるだけ早く私と婚約解消したかったのだろう。

 あの高慢ちきな侯爵が、どうか婚約を解消して欲しいと、父と次兄に頭まで下げたというのだから。

 

 それほどまでに下手に出てきたのは、早く婚約しろと、即妃殿下やそのご実家から矢のような催促をされているかららしい(ラルフ情報)

 そりゃあそうよね。王女や公女のようなやんごとなき身分の女性の適齢期は十八歳だ。

 それなのに急がないと結婚式の時、エバーナ王女様は二十歳になってしまうものね。


 父は慰謝料を受け取ると、余計なことは一切言わずにさっさとサインをしたらしい

 父もデビンやバルガーニ侯爵となんてもう関わりたくなかったのだろう。

 婚約解消のための書類に一通り目を通すと、すぐにサインしたらしい。

 



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