第8章 侯爵の唆し
タイトルを変更しました。
「快く思わない、不満に思う者が出てくるだろう」ですって! あら、わかっているじゃないの。
いいえ、それは誰かの入れ知恵ね。そんな謙虚な考えをするような人達ではないもの。
おそらく数か月前に参謀となった人物の影響でしょうね。
バルガーニ侯爵家にそんな真っ当な常識があれば、三年前にあんな非常識な王命に乗るわけがないもの。
そもそも主導したのは侯爵家の方だと思うし。
「この国の穀倉地帯を守る役目を負っていたにも関わらず、土地を荒廃させたフォーケン伯爵家の責任は重い。
しかも当主夫妻はすでに亡くなり、一人息子もまだ成人には達していないので、伯爵家を維持できるとは思えない。
かといって、困っているときに援助をしなかった一族の者から当主を選ぶのも無理な話だ。虫が良過ぎると世間から批判されることだろう。
そこで最大の功労者であるサンドベック伯爵家のご令嬢が、フォーケン伯爵の子息あるいは、彼の親類筋であるバルガーニ侯爵の子息のどちらかと結婚して、あの領地を守っていくのが一番良い方法だと結論を出した」
とんでもない話だった。
最大の功労者であるといいながら、それはまさに我が家とフォーケン伯爵家対する嫌がらせに他ならなかった。
それは王命であり、拒否できないのだから。
我が家はフォーケン伯爵領のみならず、この国の民を飢えから未然に守った。
それなのにこの仕打ち。恩を仇で返すとはまさにこのようなことを指すのだろう。
本来これは、後継者であるフリュード=フォーケンが領主になればいいだけの話だったのだ。
一旦、我がサンドベック伯爵家の養子に入って貴族籍を取り戻して。
でも、絶対にそんなことは認めたくなかったのだろう。国王や側妃、そしてバルガーニ侯爵達は。
そもそも国がこの領地を見限り、別の土地の開拓を始めたから仕方なく父は代理でやってきたことだった。
そしてなんとかこの土地を蘇らせることに成功したのだ。
国王は父に感謝すべきだった。それなのに国王はそれを快く思わなかった。
しかも、父が独断で後継者の話を進めていたことに、図々しくも気分を害したらしい。
ところが一度援助を拒否した手前、今さらここを国有地として取り上げるわけにはいかず、それが腹立たしくて我慢ならなかったようだ。
そして恥ずかしげもなく王家は三年前に突然あんな発表したのだ。まあ、バルガーニ侯爵の差し金だと思うけれど。
今私がデビンと話し合いをしている場所は、元々は旧フォーケン伯爵領にある領主の屋敷の応接室だった。
本来の持ち主であったフォーケン伯爵夫妻の人柄がよくわかる、無駄の無い上品、かつ温かみのある家具や装飾品に囲まれていた。
十年前までは、ここはどこよりも温かく優しい空間だった。
博識で逞しくて慈愛溢れていたフォーケン伯爵。
まるで神聖な女神のようにどこか儚げで神秘的でありながら、可愛らしくて愛情深かったフォーケン伯爵夫人。
森と湖と雪に覆われていた亡国の王家の末裔だという。
アリス夫人に瓜二つのまるで天使のように愛らしくて美しい、一人息子のフリュード。
壁に掛けられた、この世界で最も美しく幸せそうな家族の肖像画。
この国一番と評判だった著名な画家から、是非とも描かせてほしいと懇願されたという名画だ。
そしてこの絵には、フリュードと私しか触れられない術が掛けられてある。
フォーケン伯爵の葬儀の日、デビンの父親であるバルガーニ侯爵があの絵に触れようとして大火傷を負ったところを、私はたまたま目撃していた。
ただ触れようとしただけなのか、盗もうとしたのかは分からなかったが。
ずいんぶん後になって、侯爵がアリス様の信奉者だったことを知ってゾッとした。
彼がこれほどフォーケン伯爵領に拘るのは、もしかしたらアリス夫人の描かれているこの絵を欲しているからなのかも知れない。
三年前、この部屋で私が婚約者選びをしたあの日も、彼はねっとりした目であの絵を見つめていた。気持ち悪いほど。
だから私はそんな彼を見ながら思ったのだ。
あの絵があなたの物になることは永遠にない。ここはフリュードと私が暮らす場所なのだからと。
それなのに私は、あの親子の卑怯な罠にかかってしまった。
でもね、絶対にあの絵はあの男には渡さない。もちろんこの屋敷も領地も。
どんなことをしてでもフリュードの手に戻してみせるわ。
「フォーケン領を再建したのは私の父です。
それなのに、私と婚約解消した貴方にこの地を治めさせるなんて普通あり得ませんよね。
もし国王陛下がそう王命を出されたとしても、たしかに他の貴族や国民は納得しないと思いますわ。
まあ、私はこの領地のことなんてもうどうでもいいのですけれど。
本当にどうしたらいいのでしょう」
私も困ったように小首を傾げた。
でも、私の方から解決策を口にするつもりはないわ。
デビンのわざとらしい笑顔を見た瞬間に、これは予定調和であり、事前に対策を練っているということに気付いたもの。
いくらデビンやバルガーニ侯爵の人間が愚かでも、何の対策も講じずに私との婚約を解消するわけがないわよね。
案の定、デビンが無理に神妙な顔を作ってこう言った。
「やはり当主になる者は、領民やこの国の高位貴族の承認が必要だと思う。
だから君と僕のどちらが領主として相応しいか、皆に選んでもらおう。
その方が皆納得できて後腐れないと思うのだよ」
きっとこれは軍師フリュードの仕込みね。
この人達がこんな最先端な戦略を思い付くはずはないもの。
時期は少々早まったが、私の予想通りの展開になった。
王家と側妃の実家であるパロット侯爵家、そしてバルガーニ侯爵家が陰で怪しい動きをしていることなんて、とうに把握していた。
だから私は穏やかにこう告げたわ。
「デビン様のおっしゃる通りですわ。私もその方がよろしいと思います」
そして三日後には国中の掲示板にこんな告知の紙が貼られてあった。
「フォーケン領はこの国の食料庫として最も重要な土地の一つである。
その土地は現在救世主であるサンドベック伯爵に管理を依頼している。
しかし、いつまでも彼に依存しているわけにもいかない。
そこで、新しい領主を選定したいと思う。
候補者は救世主サンドベック伯爵家のルナシー嬢と、元領主フォーケン家の親戚筋に当たるバルガーニ侯爵家のデビン卿である。
投票は二か月後の各地で催される五月祭の開かれる各会場で。
発表はその半月後の建国の日とする」
なんて手際が良いのでしょう。準備万端過ぎだわ。
でもまあ、半年も前から計画していたのだから当然かしらね。
どうやら私がエバーナ王女殿下に嫉妬し、デビンを取られないように必死になって抵抗すると思っていたらしくて、念入りに準備を進めてきたらしい。
馬鹿らしい。怒るより笑ってしまったわ。私は慌てたりしないわ。
だって闘う気なんて最初からこれっぽっちもないのだもの。
読んでくださってありがとうございました。




