第7章 婚約解消の償い
「おい、この地の領主の件はどうするつもりなのだときいているのだが……」
つい過去へと記憶を飛ばしていた私は「おい」という言葉でようやく我に返った。
すると、どうやら何度も私に無視されたと思ったようで、デビンが睨んでいた。
浮気をした挙げ句に勝手に婚約解消なんて言い出しくせに、態度が大きいわね。
そもそもあなたがこの領地の後継者に選ばれたのは、私と結婚して我が伯爵家と縁を結ぶことが条件だったのよ。今さら何故そんなことを言っているの?
当初はあなただって私同様に、親の命令で貧乏くじを引かされたって散々文句言っていたじゃない。
それなのにここを守ると言い出すなんてどういうつもり?
予想外にこの土地の復興が上手く行ったから、父親だけじゃなくて貴方自身も欲が出たのかしら?
それとも、エバーナ王女のバックにいる側妃の実家のパロット侯爵家の人達にでも唆されたのかしら?
まあ、こうなることは大方予想済みだったけれどね。
デビンとエバーナ王女が恋に落ちた瞬間を目の当たりにしていた私は、この二人が結ばれれば、バルガーニ侯爵家とパロット侯爵家がフォーケン伯爵領を狙うだろうって。
でも彼らが今頃になってこの土地の利益に目を付けたのなら、それこそとんでもない恥しらずだわ。
フォーケンからの灌漑工事申請を退けて、軍事費を優先させた張本人のくせに。
議会の決定で多額の寄付金を支払う目にあった腹いせかしら?
多分そうね。そしてそれを要求した我が父への報復のつもりなのでしょうね。
高位貴族家同士が組み、しかも国王が絡んでいるなら、きっと完璧な策略があるのだろう。
それなら何も私に訊くことはないんじゃない?
デビンに訊ねられて腸が煮えたぎったが、私はネックレスを握り直して心を落ち着かせながら、できるだけ穏やかにこう答えた。
「もちろん、貴方様とエバーナ王女殿下で治めればよろしいのではないですか?」
「いや、それはそうなのだが、君はずっとこの領地の復興に尽力してきたから思い入れがあるのではないか?」
それを分かっていて、婚約を解消すると言い出したのでしょう?
もちろんここは幼い頃からよく訪れた場所であり、第二の故郷のように思っていたわよ。
だからこれまで私は、この領地のために父とは違う形で自分なりに頑張ってきた。つい最近まではね。
けれどそんな私をここの領民達は、あっさりと手のひら返しをしたのだ。
だから今はこの婚約を解消できるのなら、私自身がここを離れることになんの未練も情もないわ。デビンのことが吐き気を催すくらい嫌いだしね。
だからといって、もちろんデビンなんかに任せる気はないけれど。だって、ここはフリュードが治めるべき土地だもの。
フォーケン伯爵が長い間の心労が祟って亡くなった後、父はフリュードが成人するまで後見人になって再建を進めると宣言した。跡取りのフリュードがまだ十四歳だったからだ。
父は親友の忘れ形見である彼のために、すこしでも昔のような豊かで稔り多いフォーケン伯爵領に戻してやりたかったのだ。
決してフォーケン伯爵家からこの領地を奪いたかったわけではないし、私利私欲のためなどではなかった。
もちろん私も、将来フォーケン伯爵夫人になりたかったから協力していたわけではなかった。
フリュードは、先祖代々の領地を愛していた。そして飛び抜けて優秀であり、この土地を治めていくだけの能力を持っていると思ったからだ。
彼より相応しい領主なんて他にいるわけない。だからこそ私は彼のためにできることをしたかっただけなのだ。
そもそもここが荒廃したのは、亡きフォーケン伯爵のせいではない。不可抗力の異常気象と、国の無策のせいだった。
だから伯爵亡き後は、フリュードが後継者になるべきだ。それは私の家族も大方の領民もそう考えていたと思う。
「なぜかこの領地では私の悪評が広まっているのです。何一つ身に覚えはないのですが。
ですから、私ではとてもこの土地を治められません。ですから私は身を引きますわ。
ただし復興のために我が伯爵家が持ち出した費用の返還はお願いしたいのです。
もし返していただけないと、おそらく父が裁判を起こすと思いますので。
そうなりますと、ますますお二人に対する風当たりが強くなってしまいますよ。
それに……私は父と愛する貴方様が争う姿なんて見たくありません。ですからどうか……」
私は石から手を離すと両手を合わせた。そして上目使いにデビンを見上げながらそう言った。
演技をしながら吐きそうになったけれど。
「もちろん利子を付けてお返しするつもりだよ。
ただし全額を一括で支払うのは無理なので、分割払いになるだろうと陛下はおっしゃっていた」
「まあ、分割ですの?
でもバルガーニ侯爵家から私への慰謝料は分割ではなく、一括払いでお願いしますね。
慰謝料の分割払いだなんて、とても恥ずかしいことですから、愛するデビン様にそんな恥を晒して頂きたくはありませんので」
困ったように眉尻を下げてデビンに私はそう告げた。
ずっと怒りを抑えながら控えていた侍女のオルガと護衛のゾイドも、これで少しは溜飲を下げてくれたらいいな、と思った。
するとデビンは喫驚し、口をポカンと開けたが、必死に冷静さを保とうとしながらこう言葉を続けた。
「わ、わかった。父にはそう伝えるよ。
ここを復興させた最大の立役者は、紛れもなくサンドベック伯爵であり、そのことは広く世間に周知されているからな。
それなのにサンドベック伯爵令嬢を差し置いて、この僕が当主になれば、快く思わない、不満に思う者が出てくるだろう。
たとえ王女殿下がこの僕の妻となったとしても」
と。




