第6章 ハイエナ
「国王陛下の了承が得られましたら、すぐに婚約を解消いたしましょう。
早く婚約しないと、貴方様とエバーナ王女殿下の結婚が遅くなってしまいます。そうなれば、殿下がお気の毒ですもの」
私はデビンにそう言ってあげたわ。
王女はただでさえデビンの一つ年上で、しかも誕生月が早い。学園卒業後にすぐに結婚式を挙げないと、新婦の方が新郎よりも二つ年上になってしまう。
女性の方が年上でも別に何の問題もないと私は思う。
しかしこの国では、女性の結婚適齢期は十八歳くらいなので、夫となる男性の方が年下というのはあまり多くないのだ。
エバーナ王女は幼い頃がわがままで自由奔放な性格で、結婚相手は自分で決めると以前から宣言していたそうだ。
そして王女に滅法甘い父親はそれを認めていたらしい。
しかし学園在学中、王女はあまりにも好き勝手をし過ぎてしまった。
婚約者がいるご令息をわざと誘惑しては、その婚約を壊すような真似ばかりを繰り返していたのだ。
そして彼女はいつしか「婚約クラッシャー」と呼ばれるようになり、貴族の家からの苦情が届くまでになったらしい。
人の物を見ると欲しくなるタイプなのかしら? わざわざ婚約者のいる相手ばかりに目を付けるなんて。
やっぱり、彼女には誘惑の魔法をかけられたままの方が世のため人のためかも知れないわね。まあそれは無理だと思うけれど。
さすが国王もこれはまずい。そろそろ婚約者を決めなくてはとようやく気付いたらしいが、時すでに遅し。
年頃のご令息を持つ高位貴族の多くが、話を持ちかける前にさっさと婚約者を決めてしまった。
そりゃあ、あんなわがままで身持ちの悪い王女なんて息子の妻にしたくないものね。
残った高位の貴族令息は問題有りの人物ばかりだったようだ。
現実が見えてきて、ようやく国王と側妃が真剣に悩み始めたころ、なんと王女がデビンと恋に落ちたのだ。
しかしその相手にさぞかし国王も困惑したことだろう。
王女の恋した相手のデビンは、侯爵家の令息とはいえ嫡男ではなくて次男だったのだから。
でもそれはまあ、王家が持つ爵位を与えれば済むのだからまだいい。
しかし彼には婚約者がいた。
しかもその婚約は自分が自ら命じたものだった。国王は頭を抱えたらしい。
おそらく相手が私でなければデビンに婚約者がいたとしても、王家はその力で無理やりにでもその婚約を解消させていたことだろう。
しかしこれは自分が出した王命だ。それを自分の娘のためだからと勝手に取り消したら周りに示しが付かないし、王家の信用は地に落ちてしまう。
国王は必死に娘にデビンを諦めるように説得したようだが、エバーナ王女は頑として父親の言うことを聞かなかったと聞いている。
そりゃあそうだろうなあ、と私も思う。デビンへの思いは他人に何を言われようと消えるものではない。そのことは私が一番よく知っている。
「私達は真実の愛で結ばれているの。もし無理矢理に引き裂かれたら自害するわ」
とまで愛娘に言われてしまえば、国王もそれ以上強くは出られなかったらしい。
どうせ気まぐれな娘のことだ。そのうちデビンに飽きるだろう。もしかしたらそう思って様子を見ることにしたのかもしれない。
デビンの婚約者である私や我がサンドベック伯爵家から苦情がこなかったことをいいことに。
私や父が苦情など言うわけがないじゃないの。元々この婚約など早く解消したいと思っていたのだから。
そうは言っても、こちらから婚約解消して下さいとも言うわけにはいかなかった。だから無視していただけだ。
しかし国王の予想に反して、エバーナ王女のデビンへの熱は、彼女が一足先に卒業してからも下がることはなかった。
彼女は毎日のようにデビンを王宮に呼び出して、二人で甘い日々を過ごすようになった。
そんな娘を見た母親である側妃は、娘のその一途な愛を叶えてやろうと積極的に動き出した。
デビンと私の婚約を王命で解消させようとした場合、それはデビンの有責になるのは確かだった。
デビンとエバーナ王女の不貞は誰の目にも明らかだったからだ。
しかし有責で婚約解消になった男の元に王女を嫁がせるのは、世間体が悪いと考えたようだ。周りから見れば今さらだと皆思うだろうに。
そこで私の方に瑕疵があるという流れに持っていくために色々と謀略を巡らした。
私が悪女であると、あることないことでっち上げて、それを貴族社会だけでなく、我がサンドベック伯爵領や、元フォーケン伯爵領にまで流布したのだ。
ただし、領民はともかく貴族社会ではほとんど信じる者がいなかった。
デビンとエバーナ王女の不貞は学園内では皆知っていたし、王女の評判は社交界ではすこぶる悪かったので、すでに手遅れだったのだ。
その結果、私の有責による婚約破棄無理だと悟ったらしく、今日の婚約解消の話になったようだ。
この流れは予想通りでこちらも望んでいたことだった。そのために私は素直にそれ受け入れたわけだ。
しかし、あまりにも私があっさりと受け入れたので、却ってあちらは拍子抜けしたらしく、そんなに簡単に受け入れていいのか?という気持ちになったようだ。
本当に面倒くさいわ。
しかも自分から婚約解消を申し入れしてきたくせに、こんなことを言い出したので、頭を蹴り上げたくなったわ。
「婚約解消を受け入れてもらったのは嬉しい。
しかし、この地の領主の件はどうするつもりなのだ?」
(それはこっちが聞きたいわ。お前こそどういうつもりなのよ!)
***
私の父であるキース=サンドベック伯爵は、フォーケン伯爵家が没落すればこの国に大打撃を与えることを誰よりもよく理解していた。
国内一の穀倉地帯を失えば、この国は食糧難に襲われ、戦をする前に隣国に敗北するだろうと。
食料品の輸入を止められて兵糧攻めをされたら、いくら武器があったとしても兵は戦えないのだから。
「フォーケン伯爵からの灌漑工事申請を退けて、軍事費を優先させた者達に責任を取らせろ!
もしそうでなければ、この事実を全国民に流布するぞ」
父は議会でそう主張した。
その発言に好戦的でタカ派の貴族達は当然激怒した。しかし、彼らの居丈高な態度はそう長くは続かなかった。
食糧難による急激な値段の高騰に、彼ら自身も悲鳴を上げるようになったからだ。
その不平不満の声は使用人、そして領民からも湧き上がるようになった。
もしこの最悪の事態を招いた元凶が自分であると世間に知れ渡ったら……
次第に身の危険を感じるようになり、愚かな彼らでも、その先の恐ろしい未来を容易く想像できるまでに追い込まれた。
その結果彼らは議会の決定に従い、多額の寄付金を支払うことになったのだ。
こうして国の命令で多くの人夫がフォーケン伯爵領に集められた。
そして、突貫で灌漑工事が進めると同時期に、荒れた畑の再生が行われたのだ。
私は昔の豊かだった穀倉地帯の風景も、それがただの荒野と化した物悲しい景色も記憶している。
幸せそうに暮らしていた領民達が見る影も無いほど痩せ細り、表情のない暗い目をしていた様子も。
そして、激務のせいで疲労困憊になり、みるみるうちにやせ細っていくフォーケン伯爵や、そんな父親に寄り添って、必死に補助していたフリュードの姿も……
四年前フォーケン伯爵が急死した後、その意志を引き継いで復興に取り組んできたのは、私の父のサンドベック伯爵だ。
ここ数年で大分この領地も回復してきたけれど、油断大敵。まだまだ気を引き締めて復興作業をしていかないといけない。
そのために功労者の娘である私とデビンの婚約が結ばれたのだ。
(私が本来の後継者のフリュードではなく、その親戚筋であるバルガーニ侯爵の次男を選んだから)
それなのに、私と婚約解消した後もエバー王女と一緒にフォーケン伯爵領に今後も関わるって、それはどういうことなのかしら?
まさか二人で治めるつもりなの?
バルガーニ侯爵家はフォーケン伯爵家とは同じ一族であるにも関わらず、非常事態になって王命を出されるまで一切援助しなかったくせに?
バルガーニ侯爵家が、今世間からなんと呼ばれているのか気付いていないの?
「ハイエナ」よ。自分達は何もしなかったくせに、一番美味しいところを持って行こうとしているから。
この世界でも前世と同じこの言葉が使われていると知ったときには驚いたわ。
なぜならハイエナなんて動物はこの世界にはいないもの。
もしかしたら、私以外にも転生者がいて、この言葉を広めたのかもしれない。
こんな深刻な状況だというのに、そんなことをふと思った私だった。
次章もこの時間に投稿する予定です。




