第58章 求刑
近衛騎士団の当時の副団長……つまり今の近衛騎士団長のことね。
陛下が貴賓席から逃げ出さないように、自らその後ろに立っている、まだ三十前の若きエリート騎士。
きっとバンクス様の学園時代の教え子に違いないわ。
それにしても「桃栗三年柿八年」じゃなくて「熟柿主義」を使うなんて渋いチョイスね。
どちらも似たような意味だと思うけれど、これは前世のニッポン人だってあまり知らないのではないかしら。
そもそも熟した柿と書いて「じゅくし」と読める人がどれくらいいたのか甚だ疑問だわ。
私は無類の柿好きで、色々とネット検索していたとき、偶然知ったのだけれど。
無性に柿が食べたくなってきたわ。
なにせ柿が一番好きな果物で、秋になるのを毎年楽しみにしていたから。
冷凍柿や干し柿、それにジャムなら食べようと思えば一年中食べられたけれど、やっぱり旬の柿よね。
どちらかといえば熟していない方が好みだったから。
くし切りした硬い柿と大根の一夜漬けもおいしかったし。自然の甘さと塩気が絶妙で。
でも、残念ながらこの世界に柿はない。
いや、あのことわざが広まってからは「柿」と呼ばれる果物が登場したが、あれは断じて柿ではない!
ああ、国家の一大転換期と後世呼ばれそうなこの歴史的場面に立ち合っていながら、私ったら一体何を考えているの?
現実逃避かしら?
なにせ王家のあの三人が王太子殿下や近衛騎士達を睨みつけて、聞くに堪えないことをずっと喚き散らしているのだもの。
あの人達何を言っているのかしらね。
裏切り者? 薄情者?
それってあなた 達でしょ! 国家反逆罪を犯したのだから!
エバーナ王女が『豊穣の魔力』だと知らされたときは、それはショックを受けたわ。
彼女がその力を使っていたら、あそこまで大凶作になることはなかった 。
たしかに不作になることを完全に防ぐことはできなかったかもしれない。
でも、あれほど飢えで亡くなる人はいなかったはずだわ。
フォーケン伯爵が過労死することはなかったし、母だって無理な奉仕活動で死なずに済んだかも ……
悔しさと腹立たしさで泣き出した私やオルガ、そしてカレンティ嬢とは違い、既に知らされていたのか、フリュードは淡々としていた。
でも、この事実を知ったときに、一番悲しく虚しい思いをしたのは彼だったはずだ。
以前は他に手立てがなかったのだから仕方がない。諦めよう。
無理やりにそう思い込もうとしていたに違いない。
ところが、実際は飢饉を救う方法があったのだ。
国を守るべき人間がその責務を果たさなかったせいで、あの悲惨な事態に陥ってしまったのだ。
「静粛に!」
裁判長の声にハッとして顔を上げると、王太子の顔付がさらに厳しいものに変わっていることに気付いた。
「エバーナ王女、せめて大聖堂で豊穣を祈って欲しい。そう、私はお前に頭を下げたよね?
しかし、お前は
『なぜ王女の私がそんなことをしなくてはいけないの?
王都から離れた土地で日照りが続こうが、水不足になろうが、一体何の関係があるというの?』
そう言って、私を嘲笑ったな。
その発言を聞いた者達は、お前を王女として敬うことを止めたと言っていたよ。
国のこと、国民のことを考えられないような人間など王族として認められない。そんな王女を生み出した国王と側妃のことも。
そして一週間前、私はこの国の中枢部の人間にお前の潜在魔法を教えたのだ。
その結果、彼らがどう思い、どう感じ、どう判断したか、さすがにわかりますよね?
あなたの退位を全員が即断即決しましたよ」
「何だと! 一国の王の進退を臣下が口にしていいことではないだろう! 生意気な!」
国王がこう発言した瞬間、何足もの木靴が国王の顔面に投げ付けられた。
「うぐっ!!」
「「きゃあ〜!」」
国王が両手で顔を覆ったが、その両手から大量の血が流れ出ているのが見えた。
怒号と、泣き叫ぶ声が法廷内に渦巻いた。
傍聴席に座っていたのは、エバーナ王女の直接の被害者となった貴族達ばかりではなく、貧しい市井の人々もいた。
そのため、その怒りのパワーは計り知れないほどで、裁判長や騎士達の静止の声は全て掻き消されていた
ようやく法廷内が静寂を取り戻すと、血だらけになった国王を見て真っ青になった側妃が震えながらこう訊ねる。
「退位してどうするの?」
すると王太子は冷めた目でこう言った。
「当然隠居して、療養して頂きます。
国のこと、国民のことを考えられない、判断ができない状態になっているということは、脳の病に冒されているのでしょう?
もし病ではない のに王族としての義務を放棄していたというのなら、それなりの処罰を受けなくてはいけなくなりますね」
「「「……」」」
ようやく三人は黙った。
隠居しなければおそらく国家反逆罪で処刑、または一生牢獄か、バルガーニ侯爵らのように鉱山で懲役刑になるのだろうと理解したのだ。
「しかし、エバーナ、一生未婚のままというのも哀れだ。だから、兄として最後の温情として、予定通り結婚式を挙げてやるぞ 」
「えっ?」
王太子殿下のこの言葉に、エバーナ王女はキョトンとした。その意味が理解できなかったのだろう。
王太子は被告席に座っていたデビンの側に近付くと、耳元で何か囁いていた。
最初デビンは青ざめて聞いていたが、最後の言葉を聞いた瞬間、なぜかホッとした顔をして頷いた。
王太子は、検事であるルドルフ先輩や弁護人、そして裁判長と何やら話し合いを始めた。
裁判前ならともかく、裁判中にこんな場面は珍しいのではないかしら?
それを他の者達は固唾を飲んで待った。
やがて決着が出たのか、裁判長がこう口を開いた。
「検事、求刑をお願いします」
「はい。人の心を操る行為は、相手の尊厳を傷つけ るものです。そして社会を混乱させる恐れのある決して許してはいけない犯罪です。
被告 人は何の躊躇いもなくその禁忌魔法を使用し、原告の輝かしい未来、夢、希望を壊し、これまでの功績を無にした。
しかも、この国の食糧庫と呼ばれる貴重な
フォーケン領をいくら父親に逆らえなかったからとはいえ、不法に手に入れようとしたことは断じて許されません。
被告人 には、それ相当な罰を与えるべきだと考えます。
それゆえに無期懲役刑 が妥当だと考えます」
「では、弁護人、最終弁論をどうぞ」
「たしかに被告人の犯した罪が大きいことは認めます。
しかし人を殺めたわけでもないのに、無期懲役刑というのはあまりも厳しいと思います。
もちろん、被告人が特殊な潜在魔法を持っていることで、独房というのは理解できます。
しかし、エバーナ王女の愚行を止めた誠意を配慮していただいて、何かしらの情状酌量を裁判所にはお願いしたいと思います 」
「では最後に何か言いたいことはありますか?被告人」
「はい。
ルナシー=サンドベック伯爵令嬢、そして今ここにいらっしゃらないフリュード=フォーケン卿に対しても、心から謝罪したいと思います。
私はこれまで、自分の持つ力について一切鑑みることがありませんでした。
その結果 大きな過ちを犯し、お二人の人生を狂わせてしまいました。
誠に申し訳ありませんでした。
お二人には何も償うことはできませんが、せめて、協力者になられた方の魔法だけは解除させてください」
デビンはこう言うと、彼を睨みつけていたエバーナ王女の方に顔を向けた。
その瞬間、彼は再びうめき声とともにその場に倒れ込み、気を失った。
それと共に貴賓席から
「きゃー、デビン様、大丈夫ですか!
私の愛する婚約者が倒れたわ。誰か助けて!
早く、医者を呼んで!」
という、甲高い悲鳴が上がったのだ。




