第57章 告発
ガンガン、ガンガン、ガンガン……
数回木槌が打ち鳴らされて、ようやく騒ぎは収まった。
「弁護人、不服申立てをしますか?」
「いいえ、致しません」
「それでは、原告であるルナシー=サンドベック伯爵令嬢、求刑を願います」
裁判長の言葉に私は再び証言台の前に立った。そしてこう口を開いた。
「私は忌避魔法を掛けられた被害者である原告です。そして、成り立てではありますが魔法の専門家でもあります。
今日はそのプライドを持ってこの場に立ちました。
とはいえ、法律や行政の専門家ではないために、被告人の罰を暴けてもその罪に相応しい量刑を決めるだけの力量がありません。
この件は午前に行われた裁判同様に、私個人の問題ではないことはこれまでの審議で明らかです。
それゆえに、求刑は法律の専門家である検事のバイヤール侯爵令息、そしてできればこれからこの国の責任者となられる王太子殿下に委任したいと考えております。
いかがでしょうか?」
法廷内はどよめきが起こった。
国王と側妃、そしてエバーナ王女がぱっと顔を輝かせたのが見て取れた。
「殿下、バイヤール検事、引き受けられますか?」
裁判長に確認されると、二人は大仰に頷いて承諾した。
ただしルドルフ先輩はこう訊ねた。
「先ほど裁判長は、被告人がエバーナ第二王女に掛けた禁忌魔法の件については、この裁判の終了後に改めて行うと話されましたよね?
ですがこの二つは関連性が深いため、被告人に対する求刑は両方の審議が済んでからの方が無駄はないと思うのですが。
それでもよろしいでしょうか?」
「なるほど。その方が合理的ですね。そのように進めることにしましょう」
裁判長から了承を得られたので、彼は次々と参考資料を提出した。
それによって、この件も予め調べられていたことが誰の目にも明らかになった。
「……以上の被害者達の証言により、エバーナ第二王女による行為は、単なる嫌がらせの範疇を越えていると断言できるでしょう。
学園に入学後、二年ほどで彼女が解消させた婚約は十組。破局させたカップルは二十数組。
それによるいざこざは数知れずで、第二王女を訴えた家もありました。
ところが、それらは後に全て取り下げられていました。
今回、改めて調べたところによると、第二王女への訴えを取り下げろと王家からの横やりが入ったことがわかりました。
これは由々しき問題です」
「でたらめを言うな! 不敬だぞ」
「静粛に!」
「第二王女の愚行は、最終学年になった数か月後に治まりました。
どうしてそうなったのかといえば、被告が王女に『誘惑魔法』を掛けたためです。
この結果を鑑みると、先ほどの被告人の
『王女は学園内で風紀の乱れる行為ばかりして、多くの者達を不幸に陥れていた。
だからそれを防ごうとして、仕方なく禁忌魔法を使った』
という主張が、必ずしもでまかせだとは言い切れないように思われます」
「何を言っているの! エバーナは完全な被害者よ! 禁忌魔法を一方的に掛けられたのだから。
あの男を処刑しなさい!」
「そうよ。私は何も悪いことなんてしていないわ」
「フランク、こんな馬鹿馬鹿しい裁判は止めろさせろ!」
フランク王太子は貴賓席から避難して、王妃と共に検事寄りの席に腰を下ろしていた。
しかし父親である国王にそう命じられるとすっくと立ち上がり、貴賓席にいる家族に向かって、顔色一つ変えずに淡々とこう訊ねた。
「陛下、この状況が理解できていますか?
あなたは父親としてではなく、国王として、国の安全と秩序について、まずどうすべきなのかを対処する立場にいるのですよ?
今被告を処刑したら、何の罪もない、この裁判のために協力してくれた女性を見殺しにするも同然なのです。
しかも、まだ解明されていない『誘惑魔法』の使い手を失うことになってしまうのですよ?
そんなことすら思い至らないとは情けないですね」
「何の罪もないだと?
そもそもその女は多くの貴族を没落させた詐欺師じゃないか!
犯罪者の一人が国の犠牲になったからといって、何の問題があるというのだ」
「協力者は詐欺師でも犯罪者でもありません。
金品を要求したことは一度もないのですから。彼女の寵愛を得ようと、彼らが勝手に貢いでいただけです。
さすが『類は友を呼ぶ』ですね。陛下も側妃に貢いで、王妃の持参金にまで手を出しているでしょう?
その証拠もあります。
使い道も事細かく調査して裏取りもしてありますから、言い逃れはできませんよ」
殿下は侍従から渡された書類を片手で掲げながら言った。
「なっ!」
国王は喫驚し、二の句が継げなかった。
「ああ、失礼! 横道にそれてしまいましたね。
個人的な罪はともかく、その他にも陛下は、国王として決してしてはいけない罪を犯しましたよね?
側妃との娘可愛さに。そちらの方は絶対に見逃すわけにはいきません」
「さっきからなんなのですか、王太子殿下!
血の繋がった自分の父親や妹に対して、全く庇おうともせず、あんまりにも冷たいのではないですか?」
「側妃殿下、血の繋がった妹と言われても、これまでほとんど会話などしたことがありませんでしたから、愛情を持つなんて無理ですよ。
それはあなたもお分かりのはずですよね?
私は幼いころからずっと
『魔力をほとんど持たないお前など、本来『豊穣の魔力』持ちの妹に仕える身なのだぞ。控えろ!』
と陛下から言われてきたことを。
もっとも、ある時からは待遇ががらりと変わりましたが、あれは私の口封じが目的だったのですかね?」
王太子殿下の口角が少し上がった。
「陛下は、まだ年端もいかなかった我が姉である第一王女を、国ためだと言って政略結婚させましたよね?
武器を優先的に融通してもらうという目的のためだけに。
それなのに、近い将来国が大飢饉に襲われることが分かっていたのに、まだ幼い娘に痛い思いをさせたくないという理由で、妹には『豊穣の魔力』を使わせなかった。
姉アリアス王女のことは、命の危険さえあった国へ嫁がせておきながら。
エバーナが可哀想ですって? ふざけるな!
多く国民が飢えに苦しむことが分かりきっていたのに。
自分の娘と同じ年齢の子供達が真っ先にその被害に遭うことが想像に難くなかったのに。
しかも私が抗議すると、あなたは王妃である母を病気療養だと嘘の発表をし、離宮に監禁して私を脅迫しましたよね。
エバーナが『豊穣の魔力』持ち主であることを口外するなと。
その後すっかり覇気をなくした私を見て、母は離宮から解放されて別邸に軟禁状態になりました。
あの選択をした日から私はずっと、後悔の海で藻掻いているのですよ。
結局自分も愚王と同じで公より私を選んでしまった。血は争えないのだと絶望しました」
「なっ!」
法廷内の人々は、殿下の告発を聞いて皆絶句した。
それでも聞き漏らさないように、必死に聞く態勢を取った。
「しかしそんな腑抜けた私に、当時の近衛騎士団副団長がこう諭してくれたのです。
ただ後悔しているだけでは何の意味も成さない。いや、無意味どころか、鬱陶しいだけのただの害悪だと。
そしてその後、色んなことわざを駆使して、これからの私がすべき指針を簡潔に示してくれました。
『待てば海路の日和あり』
『人事を尽くして天命を待つ』
『熟柿主義』
その時、以前母に言われた言葉も同時に思い出したのです。
『何かを成し遂げることはそう簡単なことではないわ。
だからといって、上に立つ者は自分の信じる目標や理想を易易と諦めてはいけない。
辛抱強く水面下で準備を整えて、忸怩たる思いを抱えながらでも、時節の到来を待つ忍耐力も必要なのよ。
知識を増やし、仲間や協力者を募り、計画を立て、それを着々と進めていく。それが成功させる秘訣よ』
だからは私はそれを実行し、今日という日を迎えたのです」




