第56章 一致協力
デビンは私に「誘惑魔法」を掛けたことを認めて謝罪したわ。
確かに父親に命じられて嫌々やったことは本当だと思う。
婚約した後の彼の態度を見れば一目瞭然だから。
でも、禁忌魔法を使った罪悪感なんて全く持ってなかったわよね?
わざと私を見下し、仕方なく婚約してやっているとばかりにふんぞり返っていたのだから。
しかも、自分が魔法を掛けた結果なのに、本気で愛されていると思い込んでいたし。
自分の力を理解せす、使用した結果どうなるかを想像もできない人間を放置してはだめだわ。
何度でも同じ過ちを繰り返すに決まっているもの。
「判決を言い渡す。
潜在魔法を申請しなかったことで学園の卒業資格の剥奪。
禁忌魔法の不当使用で有罪。刑罰は……被害者である原告に決めてもらおう」
裁判長の判決に法廷内はシーンと静まり返った。
刑罰を被害者である原告が決めるなんて、一応法治国家であるこの国では聞いたことがなかったからだ。
「いくらなんでも、無体ではありませんか? それでは私刑となんら変わらないではないですか!」
弁護人が語気を強めて言った。もっともな発言だ。
しかし、この国の法律は前例主義だった。過去の事例や慣習に基づいて判決を出し、刑罰を決めている。
ところが、法律が定められてから以降、「誘惑魔法」の不当使用で有罪になった者はいないのだ。
これまで証明されたことがなかったので。
裁判長の説明に頷きながらも、弁護人はなおもこう反論してきた。
「しかし、禁忌魔法使用よる犯罪はこれまでもあったではないですか。それを参考にすべきではないのですか?」
「本来ならそうすべきだろうね。
ところが、この「誘惑魔法」は他の禁忌魔法とは違い特殊でね、参考にするわけにはいかないのだ。
それについては、裁判所職員であり、かつ魔法認定指導員の資格を持つ、フリル=ボーンに説明させよう」
書記官席に座っていた、クローコート姿のフリュードが立ち上がった。
真っ黒なフードを深く被っているので、その顔は全く見えない。
彼は一礼するとこう説明し始めた。
「『誘惑魔法』は『魅了魔法』と並んで人の心を操る邪悪魔法と呼ばれ、禁忌中の禁忌魔法です。
『魅了魔法』は性別の関係なく、しかも同時に複数人に対して魔法を掛けることができるので、一般的にはこちらの方が危険視されています。
しかし、実のところ、実際は『誘惑魔法』の方が厄介だと言えます。
というのも、『誘惑魔法』が使用されたという実例数があまりにも少なく、この魔法について詳細がよく分からないからです。
異性にしか効力がないことと、同時に複数の相手に掛けることが不可能……という憶測くらいしか。
今回はたまたま被害者が勉強家で、魔法について深く学習し、先に述べた事柄が自ら体験したことにより事実だと分かりました。
それゆえに、先ほどの実験でそれを証明することでき、初めて犯罪だという判決が下りたのです。
しかし、この魔法はまだまだ分からないことばかりなのです。
その中でも一番の問題点は、『誘惑魔法』の解除方法です。
『魅了魔法』の解除方法については、大分研究が進んでいます。
魔法を掛けた者と距離を取りさえすれば、時間は多少かかっても自然にその魔法の効果は減っていきます。
また、その魔法を掛けた者が亡くなると、掛けられた魔法はその場で消失します。
ところが、先ほどの実験でも分かるように、今のところは新たな被害者にその魔法を掛けなければ、それ以前に掛けられた魔法は解除できません。
つまり、この魔法が発動されたら、別の人間に掛け直されなければ消せないのです。
そのため、誰かが絶えずその『誘惑魔法』を掛けられ続けるという、負のループに陥ってしまうのです。
しかも、掛けた者が死んだからと言って、その魔法が解除されるかどうかも定かではないのです。
もちろん、他に解除方法があるかもしれませんが、それがいつ判明するかは、これから研究を進めなければ分からないことなのです。
ですから、現時点で被告に対する処分を下すのであれば、魔法認定指導員の資格を持つ原告が適任ではないか、と裁判所は判断したのです。
それに対して異議があるというのならば、被告が今後二度と負のループを生み出さなくて済む方法、それを提示した上で発言してください」
弁護人が真っ青になった。
いや、法廷内にいた者の全てが……と言った方がいいのかもしれない。
彼を例え死刑にしても、魔法を掛けられた被害者は救われない。
その言葉に、人々は恐怖の眼差しでデビンを見つめた。
しかし、あまりの衝撃で静寂が続いていた法廷内が再び騒然となった。
それは、エバーナ王女の自分勝手なこの一言がきっかけだった。
「そんな危険な人間なんて、さっさと独房に入れるか、処刑してしまいなさいよ。
いつまた私に魔法を掛けるか分からないじゃないの。
ずるいわ、そこにいる女や、傍聴人の女だけが仮面を付けているなんて!
そこの女、その仮面を外して今すぐ私に渡しなさい。
そもそもお前がこんな裁判を起こすから、私やお母様までこんな危険な場所に立ち会う羽目になったんだから」
(この裁判に立ち会えたからこそ、あなたの魔法が解除されたのに、何言ってるのかしら? やっぱり頭が悪いのね、この王女殿下は)
私がそう思った瞬間、多くの怒声と共にコインやペン、そして扇などが、貴賓席に向かって投げ込まれた。
しかもかなりの確率でそれらを王女の顔に命中させる女性がいた。
仮面を着けていても、隣の人物を見ればそれが誰なのかは一目瞭然だった。そう、オルガだ。
誰よりも肩を怒らせ、ブルブルと体を震わせながらも、凄い的中率だった。
(ここにマリエット様がいたら、きっと鉄扇を王女の顔にぶつけていたわね。
良かったわ。学生が傍聴禁止にされていて)
ゾイドがコインを彼女に手渡していた。
彼自身が手を出さなかったのは、顔バレしているからというよりも、息の根を止めてしまう恐れがあるからだろう。
兄や父親までコインを投げつけていたが、力があり余っていたせいか、貴賓席を通り越して、その背後の壁にぶつかっていた。
王女と側妃が悲鳴を上げていた。
彼女達は席を離れようとしていたが、本来王家を守るべき近衛騎士達か立ち塞がっていたために逃げ出せずにいた。
ゾイドは手ではなく、声で怒りを表し、周りを扇動してくれていた。
「王女も被告人と一緒に牢屋へ入れ!」
「「そうだ。そうだ! 一生そこから出てるな!」」
「被告人、その王女にもう一度『誘惑魔法』を掛けてやれ!
そしてカレンティ嬢の魔法を解除してやれ!」
「「「そうだ、それがいい!」」」
王女に対する罵声とともに、デビンに対して、カレンティを助けてやれという声も多数挙がった。
(オルガとゾルドが作ってくれたこの流れはチャンスだわ。
カレンティお姉様、あと少しだけ待っていてくださいね)
カレンティ嬢と私、そしてオルガはこの半月、模擬裁判形式の芝居の練習をしてきた。
そのシナリオを作ったのはフリュード。
いくつものパターンの戦い方についてフリュードがシナリオを作り、それを四人(ゾイドも参加)で話し合い、よりよいものになるように意見を言い合った。
そうこうしているうちにカレンティ嬢と私達はすっかり意気投合し、まるで身内のような関係になっていたのだ。
カレンティ嬢に掛けられた魔法を解除するためには、デビンが別の女性に『誘惑魔法』をかけなけれならない。
そう。フリュードが説明した通り、新たな被害者を作らなければ解除できない。
しかしそんなことはしてはいけないし、させてはいけないのだ。
しかし最初にフリュードからカレンティ嬢の話を聞かされたとき、私は当然その案を否定し、反対した。
畏れ多いことだったが、久しぶりに再会した王太子殿下に対して意見をしてしまった。
王族だからといって、何の無関係な被害者を作ってよいものか!と。
私は不敬罪に問われる覚悟をしながらも、ある提案をしようとした。
しかしそれをフリュードに止められた。
「ルナの考えていることは、僕や殿下と同じだよ。だから君が口にしなくてもいい」
と。




