第55章 実験結果
第33、34章はルナシーではなく、第三者視点でした。
訂正しました。
この章は、ルナシー視点に戻りますが、彼女は冷静に裁判の行く方を追っていきます。
「一応確認しますが、被告が法廷での実験に協力しない場合は、検察側の主張を認めることになることになりす。それを理解していますね?」
「理解しています。ただ一つだけ、その実験の協力者に質問したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
デビンの依頼に裁判長は頷いた。相手に失礼のない範囲であればと。
「今回の件とは全く関係のない貴女が、なぜこの実験に協力しようと考えたのですか?
国は貴女達にしたら敵対する相手でしょう?
もしかしたら協力したら貴女の罪を見逃すとか言われたか、脅されたのですか?」
デビンの質問をカレンティは鼻で笑った。
「私は法を犯したことなどないわ。だから、検事や騎士団に脅されるいわれはないわ。
ただ、『誘惑魔法』を一度掛けてもらいたいという願望を持っていたから、自ら志願しただけよ」
想定外の返答にデビンは鼻白んだ。
しかし、そんなことはお構いなしに、彼女はその理由を詳しく語り出した。
「私はこれまで恋に溺れたことがないの。
それはね、まだ少女時代に、許されない恋にトチ狂って、多くの人に迷惑をかけた醜悪な男を目の当たりにしたせいなの。
恋って怖いと身に染みてしまって。
あっ、誤解しないで欲しいけれど、それは父親ではなくて、赤の他人の高位貴族の男よ。
私の父はそれはもう素晴らしい人だったのだから。
でも、この仕事をするようになって、一度も恋をしたことがないのはさすがにまずいと思ったのよ。
とはいえ、こればっかりは恋しようと思ってできるものではないでしょ?
だから魔法の力を借りてでも、恋に落ちる疑似体験をしたいと思ったわけ。
まあ、あなたが本当にその『誘惑魔法』とやらを使えたらだけど」
カレンティが馬鹿にするかのように笑ったので、デビンはカッとなった。
こんな下賤な女に見下されてたまるかと。
そしてそれと同時に「飾り窓地区の高級サロン」の、トップの女性を落とした最初の男になれると考えて、気分が高揚した。
デビンは裁判長の指示を受けると、すぐさま証言台の前でカレンティと向かい合う形で見つめ合った。
その瞬間、両手で頭をおさえると、うめき声を上げてうずくまった。
『魔法の対価』の症状だと皆思った。尋常な苦しみ方ではなかったからだ。
法廷内がざわついた。
「どうなさったの? どこか苦しいの? ねぇ、誰かお医者様を呼んでちょうだい!」
先ほどまで堂々としていたカレンティが、オロオロしながら泣きそうな声でそう言った。
そしてその直後悲鳴が上がった。
「な、なんで私がこんな所にいるの?」
エバーナ王女だった。
「なぜって、お前の婚約者の裁判だから、お前がどうしても見届けると言い張ったからだろう?
彼が無罪だと自分も証言したいからって」
兄である王太子がそう説明すると、王女は信じられないという顔をした。
「私の婚約者? 誰のこと?」
「誰って、デビン=バルガーニだろう? あの証人台にいる男だ」
「なんで、あんな男が私の婚約者なの? 見かけが少しいいだけで成績は悪いし、剣も強くない。どうってことのない男じゃない。
そもそも嫡男じゃないし」
「お前の方からあの男に言い寄ったと聞いているぞ」
「そんなの、いつものように婚約者との仲を引き裂いてやろうとしただけじゃない。
そうでなければ、あんな男に気のある振りなんかするわけがないでしょ」
シーンと静まり返った法廷内で
「エバーナ、お前はなんてことを……」
という呆然とした国王の呟きが響いた。
痛みが治まったデビンが、床に座り込んだまま唖然として王女を見ていた。
そしてその後法廷内は怒号の嵐となり、貴賓席に向かって物が投げ付けられ、王女だけでなく国王と側妃が悲鳴を上げた。
王太子と王妃はその前にその場所から、検事側に避難していて無事だったが。
「静粛に!」
木槌が打ち鳴らされて、法廷内はようやく静けさが戻った。
「王族に向かって物を投げた不届き者達を捕縛しろ!」
国王が大声で命令をしたが、法廷の出入り口に立っている騎士団の騎士と近衛騎士は誰一人動かなかった。
「傍聴人は全員この実験の証人になるので、ここから退去させるわけにはいきません。
後で注意、警告はしますが」
「まあ、陛下も大目に見てあげてくださいよ。
これまで娘の悪さを王家の力で押さえつけ、ごまかし、責任を取らなかったツケが回ってきたのだと思って」
息子である王太子のこの台詞に、国王は信じられないという顔をした。
「何を言っている?」
「これでようやくあなたも分かったでしょ?
自分の娘がわざと人の婚約者同士や恋人達の仲を壊して、それを喜ぶような性悪な人間だということを。
こんなのが王女だなんて、この国の恥です。そして害悪です。
だからきちんと罰を与えなければ、貴族達は納得しないと思いますよ」
「罰なんて大げさよ。少し悪ふざけをし過ぎただけだわ」
「婚約破棄になって親から廃嫡されたり、家族に責められて自殺した者もいるんですよ。
少し悪ふざけをしただけ? ふざけないでください。
それに、エバーナの罪はそれだけではない。王族としての義務を果さなかった。これが最大の罪だ」
「王族の義務とは何の……」
側妃が質問しようとしたが、裁判長がそれを制止した。
「王女殿下についての審理は、現在の件の終了後に行います」
「審理とはどういうことだ。今回我々は見届け人として呼ばれたのではないか?」
国王は目を見開いた。
しかし、裁判長は国王の言葉を無視して、協力者に向かって訊ねた。
「カレンティ=スティーブン嬢、この場所に貴女の好きな人がいます?」
「ええ、もちろん。今目の前にいる方ですわ。おそらく私の初恋の相手だと思います」
彼女は頬を染め、熱っぽい瞳でまっすぐにデビンを見つめていた。正しく恋する女性の顔だった。
デビンも絶世の美人から熱のこもった目で見つめられて真っ赤になった。
しかし、再びギャーギャーと騒ぐエバーナの声で我に返って、ガタガタと震え始めた。
そしてそんな三人を見て、弁護人もようやく全てを悟ったみたいだった。
「誘惑魔法」は同時に掛けることはできない。
検事の指名した参考人、魔法認定指導員であるルナシーが説明した通りだったと。
カレンティに「誘惑魔法」が発動させた途端、デビンを熱愛していたはずのエバーナ王女が、デビンへの愛をなくしたのは一目瞭然だったからだ。
言い換えればそれは即ち、王女はテビンに「誘惑魔法」を掛けられていたことが明らかになったのだ。
「この実験で、私の説が正しかったことが証明されたと思いますが、弁護人、何か異議がありますか?」
「……ありません」
私の問いに弁護人は力なく答えた。
デビンはただショックを受けて、証言台に座り込んだまま、何も言葉を発しなかった。
しかし、国王の次の言葉で正気を取り戻した。
「王女に禁忌魔法を掛けるとは、許し難い行為だ。これは国家反逆罪だ。見せしめのためにもこの男を公開処刑にしろ!」
「冗談じゃない、僕は悪くない!
先に誘惑してきたのは王女の方じゃないか!
王女は学園内で風紀の乱れる行為ばかりして、多くの者達を不幸に陥れていた。
だから、これ以上の被害者が出なくなるように、仕方なく禁忌魔法を使ったんだ。
学園の生徒のために!」
デビンにしては上手い言い訳をしているなと、ある意味感心した。
彼が王女に魔法を掛けたことで、学園の平和を取り戻したのは事実だったから。
だからこそ私は、卒業するまで「誘惑魔法」を掛けられたと訴え出なかったのだ。
「たしかに、それは一理ありますね」
この検事の言葉に国王と側妃だけでなく、傍聴席からも驚きの声が上がった。
「何を言っている? 王女に禁忌魔法を使い、誘惑し、瑕疵を負わせたのだぞ!」
「陛下、それは別件だと先ほど申し上げましたよね?
今は、被告がルナシー=サンドベック嬢に禁忌魔法を使用したかどうかを審議している場なのです。
改めて被告人に訊ねます。貴方は原告に対して『誘惑魔法』という禁忌魔法を使用したことを認めますか?」
落ち着いた裁判長の声が法廷内に響いた。
こちらに関してはもう誤魔化しきれないと、さすがのデビンも思ったらしく
「認めます。彼女には大変申し訳なく思っています。彼女の方は何の罪もなく、全くの被害者ですから。
ですが、仕方がなかったのです。
父親の力は強大で恐ろしい人間で、逆らうことなど絶対にできませんでしたから。
父はとにかくフォーケン領に執着していて、あの領地と屋敷を手入れようと執念を燃やしていたのです」
言い訳をしつつも、ようやく禁忌魔法の使用を認めたのだった。




