第54章 決意
《 第三者視点 》
「あんた、僕を知っているの?」
「名前だけ。あと、絵でなら見たことがあるわ。
もっとももっと幼いころの貴方をね。
こうやってよく見ると、本当にお母様に瓜二つね」
フリュードとカレンティのやり取りに、他の者達は意味が分からずキョトンとした。
「もしかしてスティーブンというのは母方の姓で、本当の姓はクスコか?
カレンティ=クスコが本名か? クスコ画伯のご令嬢?」
「両親は元貴族だったけれど、跡継ぎではなかったから平民になったの。だから私も令嬢なんかじゃなかったわ。
もっとも父の絵はかなり評価されていたから、少女時代は確かに裕福なお嬢様だったけれどね。
それがバルガーニ侯爵の注文を断ったというだけで、あの男から目の敵にされて、様々な嫌がらせをされたわ。そのせいで結局父は筆を折るしかなくなったの。
そして失意のうちに急死して、母までも重い病に罹って」
「もしかしてあの男が注文したっていうのは、母の絵か?」
「そう。凄く執着していて気味が悪かったわ。
あんな男に『この世界で最も美しく幸せそうな家族』を汚されたくないって父は言っていたわ。
フォーケン伯爵一家の肖像画は、父にとっての最高傑作だったから」
「すまない……」
「なぜ貴方が謝るの?」
フリュードが頭を下げると、カレンティが不思議そうに小首をかしげた。
「あの肖像画のおかげで父と僕はどうにか母のいない日々を過ごすことができたんだ。
でもあの絵を描いたせいであんたの家族がそんなとばっちりを受けていたなんて。
知らなかったとはいえ申し訳なかった」
「あの絵が貴方の生きる支えになったのだとしたら良かった。父も、そして母も喜んでいると思うわ。
貴方は何にも悪くない。
悪いのはあの異常な男だけよ。それと、あれを野放しにした周りの人間かしら……
だって、貴方や国もあの男を犯罪リストに載せているってことは、我が家以外にも悪さをしてきたのでしょう?」
「ああ。備蓄食料の横流しや、関税の不正、そして我がフォーケン領の乗っ取りだ。
息子を使って僕の最愛の女性に禁忌魔法を掛けて心を操り、彼女の婚約者に成りすましたんだ。
そのせいで彼女は僕を裏切った悪女として、世間だけでなく、家族からも冷遇され、批判され、屈辱と悲しみと孤独の中で学生生活を送ることになったんだ。
しかも、無理やり茶番劇に過ぎない領主選びの選挙にまで駆り出されて。
絶対に許せない」
フリュードがその美し過ぎる顔を苦しげに歪ませ、そう言った。
すると、彼女もフォーケン領の揉め事を知っていたらしく、「ああ、そうい事ね」と呟いた。
「貴方のことは絵の中でしか見たことなかった。
けれど、美少年で優秀だと評判だった幼なじみのフォーケン伯爵令息ではなく、あのバルガーニ侯爵の息子を婚約者に選んだと耳にして、疑問に思っていたのよね。
脅すとか何か卑怯な手を使ったのではないかとね。
でも想像より酷いわね。禁忌魔法を使って人の心を操るなんて。
お前が言うなと言われそうだけれど、私は違法なことはしてないもの。
ねえ、その禁忌魔法っていわゆる『魅了魔法』かしら?」
「いや、『誘惑魔法』だ」
「本当に最低な奴らね。親子共々。
貴方の思い人に掛けられたその魔法は解けたの?」
「ああ。『誘惑魔法』は同時に複数の人間には掛けられないんだ。それを本人が知らずに、新たに王女にその魔法を掛けたんだ。
そのおかげで、ルナシーに掛けられていた魔法は自動的に解除されたんだ」
「まあ! それは良かったわね。
でも、禁忌魔法を勝手に人に使うことは禁止されているはずよね?
それなのになぜ罰則を受けていないの?」
「魔法は目に見えないから、なかなか使用したと証明できないんだ。
まあ、その男が以前魔法を掛けた人物と共にその場にいるという状況で、しかも大勢の人の前で新たに魔法を使ったとしたら可能性はあるだろう……二人の態度が一変して、奇妙な言動をするだろうから。
そうすれば目撃証人はたくさんできる。そうなれば罪を問えると思うんだが」
フリュードがそう説明すると、彼女は頷いた後で事もなげにこう言った。
「解決できる方法が分かっているのに、なぜそれを実行しないの?」
「なぜって、王女の代わりに『誘惑魔法』を掛けられる人物がいないと成立しない方法たからだ。
しかし誰かを犠牲にして証明したって、ルナシーは喜ばない。
余計彼女に苦しみを与えてしまう」
「でも、そうしないとバルガーニ侯爵親子の罪を暴けないんでしょ。
それに、これからも被害者が増える可能性だってあるわ。そんな綺麗事は言ってられないんじゃない?」
「そうは言ってもそのために誰かを犠牲にするわけにはいかない。
僕がその役目を担えるというのなら躊躇せず立候補するが、『魅力魔法』と違って『誘惑魔法』は異性にしか効かないんだ」
「それなら私がその役目を担うわよ。それであいつらに罰を与えられるなら喜んでやらせてもらうわ」
「だめだ。そんなことをあんたにはさせられない!」
「どうして?」
「どうしてって、あんたにもしものことがあったら、多くの人が困るだろう?
そもそも、あんたを守ることを条件に交渉していたのに、本末転倒じゃないか!」
眉間にシワを寄せてフリュードは低い声で苛立つようにそう言った。
カレンティはそんな彼を見て思った。
やっぱり私達は似ていると。
自己を犠牲にすることに対しては何も感じないのに、人に犠牲を求めることには耐えられない。苦痛に感じてしまう。
「貴女を見ていると申し訳なさよりも辛い。もっと自分を大切にして……」
(亡くなった母親や娼館の後輩達によく言われたわ。きっとみんなこんな気持ちだったのね。
それでも、今の私はあの男達に復讐してやりたい気持ちの方が勝るのよ。
このまま傍観者のままでいるのは耐えられない。自分の手で一矢報いたい。
そのチャンスが思いがけず目の前にあるのだから)
カレンティが口を開こうととした瞬間、重々しい幾つもの足音が聞こえてきて、騎士団長室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、護衛を従えた神々しい風体の若い青年だった。
「殿下! どうしてこちらへ?」
騎士団長の驚愕の声に彼女は胡乱な目を向けた。王族は彼女にとって、この国を駄目にした元凶だったから。
「元々ここでフリュードやマードックスと会う約束をしていたんだ。
そろそろ本格的に、奴らを追い詰める体制に入らなければならない。そのための作戦を立てようと思ってな。
ここの会話は、通信魔導具で聞いていた。それで私の出番だと思った。
私の承認、確証が必要なのだろう?」
この騎士団長室が盗聴されていたのか?
団長は思わずマードックスに疑惑の目を向けてしまった。しかし、王太子はこう言った。
「私の影の仕事だ。大詰めに入ってきていたから、わずかな情報も漏らさず知っておきたかったからな。
それが今回功を奏したな。こんな絶好の機会を逃さずに済んだのだから。
カレンティ=スティーブン嬢、いやクスコ嬢。
君と娼館の安全は国の威信にかけても必ず守る。だから、情報を渡して欲しい。
そしてできるなら、バルガーニ侯爵親子の罪を暴くために協力して欲しい」
「殿下! 情報はともかく、彼女を『誘惑魔法』の犠牲者にはできない。
彼女に掛けられた魔法を解除をするためには、また別の犠牲者を見つけなくてはいけないのだから。
それではいつまで経っても堂々巡りだ。
他の方法が必ずあるはずだ。それを僕がきっと見つけ出す」
フリュードが叫んだ。
するとフランク王太子は何とも言えない笑みを浮かべた。そして
「優秀な君のことだ。とうの昔に最適解を見つけ出していたのだろう?
私を思いやって口にしないだけで。
しかしそんな気遣いは不要だ。今徹底的に白蟻を駆除しなければ、この国は再生できない。
それならばその白蟻の女王になる可能性がある者を退治するのは必要不可欠だろう?」
と言った。
その場にいる者がキョトンとしている中で、フリュードだけが理解し、そして静かに頷いたのだった。




