第53章 協力者
ルナシーの出番となるはずでしたが、彼女が実験を指導するためには協力者が必要となります。
そこで、まずその協力者の話を書いておくことにしました。
かなり魅力的な人物になったと思います。これまでの色々な伏線回収にもなっています。
時間になり法廷が再開された。
そして一人の女性の登場に、法廷内にはこの日最大のざわめきが起こった。
豊満な肢体を上品かつ華やかではあるが、場違いな真っ赤なドレスに包み込み、スッと背を伸ばし、優雅に歩く絶世の美女。
その容姿もさることながら、告げられた彼女の名に誰もが驚いたのだ。
というのも、その女性は今王都では一番
話題の人物だったからだ。
《 第三者視点 》
彼女の名前はカレンティ=スティーブン。
大都最大の娼館で働く、すでに伝説になりつつある大人気娼婦だった。
なにせ彼女に夢中になって身を滅ぼした者が、星の数ほどいると言われているからだ。
このことは社会問題にまで発展しているくらいなのだ。
それでも、彼女自身が罪を犯しているわけではないので、罰するわけにもいかず、国も頭を抱えている状態だった。
彼女は自ら金品を要求したり、身請けを依頼していたわけではないからだ。
つまり男性側が勝手に彼女に貢いで破綻していったというわけだ。そして彼らの奉仕を彼女がわざわざ断る必要などないのだから。
とはいえ、彼女を恨む者が出てくることも、これまた致し方ないことだった。彼女はこれまで何度も命を狙われてきた。
娼館に刺客を送り込まれたり、貢物に毒を入れられたり。
そして三月ほど前、彼女はとうとう騎士団のに助けを求めたのだ。
彼女だけならともかく、仲間にもそのとばっちりが行って、被害を受ける者が出てきたからだ。
しかし相談した彼女に対して団長はこう言った。
「娼館の周辺というものは、己のことは己が守るから国に手を出すなと言ってきた、いわば無法地帯だ。
今さら助けを求めるのはお門違いだ。
それに、そもそもお前がいなければ他の者達には危害が及ばないのだろう?
それならばお前があそこを出て身を隠せば問題ないだろう。
お前はすでに一生遊んで暮らせるだけの金を持っているのだろう?」
するとカレンティはこう答えた。
「お金なんてないわ」
「嘘をつくな! 娼館から滅多に外に出られないお前がどうやったらそんな大金を浪費できるんだ。
まさか娼館の主に搾取されているのか?」
「違うわよ。
『新芽の家』と『若葉の家』、そして『青葉の家』、『紅葉の家』の運転資金に使っているのよ。
国が何にもしてくれないから。
そもそもあの大飢饉を起こすきっかけを作ったタカ派の貴族連中から、金品を受け取って何が悪いの?
あの食糧難のときも私のお金のおかげで、あの家の者達を誰一人死なさずに済んだっていうのに。
私はね、別に自分の命なんてどうなってもいいのよ。
でもね、まだ死ねないのよ。守らなきゃいけない人間がたくさんいるんだから」
彼女は、手練手管を弄して男を惑わして金銭を奪い取る稀代の悪女でも、色狂い、男好きでもなかった。
彼女は高位で金のある男なら誰でも構わず金品を絞り取っていたのではなく、ちゃんと狙いを定めて意図的に相手を選んで誘惑していたのだ。
汚い金なら奪っても罪悪感を持つ必要などない。しかも、それが社会貢献に使われるのだから世のため人のためになるのだから。
『新芽の家』とは意に反した妊娠をさせられた妊婦と乳幼児を保護する施設。
『若葉の家』とは娼婦の子供や捨て子のための施設。
『青葉の家』とは若くして病や怪我、重い障害を負った女性の支援施設。
『紅葉の家』とは引退した娼婦のための終の棲家となる共同施設。
それらは、国と礼拝堂の救いの手から漏れた、そんな人々のための施設の隠語だ。
カレンティの話を聞いた騎士団長以下騎士達は、何も言えなくなり黙り込んだ。
彼らもこれらの施設の存在は知っており、何とかしたいと思いつつも何の手も打てずにいたからだ。
そんな沈黙が続く中、彼女にこう話しかけた者がいた。
「僕と手を組まないか?」
その声がした方に顔を向けた全員が絶句した。
特にカレンティは信じられないものを見たかのように目を大きく見開いた。
彼女はこれまでこの国一の美女だと評されてきた。自惚れていたわけではないが、本人もそう思ってきた。
しかしそれが間違いだったことを知った。いや、正確に言えば、女としてはまだ一番なのかもしれないが、人としてなら二番なのだと。
目の前に現れた若者は質素な服を身に纏っていたが、この世の者とは思えないほど美しく、気品に満ち溢れていた。
しかも、ただの深層の令息というのではなく、自分と同じく艱難辛苦を乗り越えてきた者だと分かる翳りを漂わせていた。
同類だと直感的にカレンティは悟った。
彼女もまた元は由緒正しい家の出であった。しかし、父親がとある貴族の理不尽な怒りを買って破滅させられたのだ。
そして病気の母親の薬代のために夜の蝶へと身を落としていた。
「手を組むとはどういう意味でしょうか?」
「あんたと、娼館の安全は国が守る。その代わり、あんたの持っている情報をくれ」
「貴方にそんな大層な約束を守れる力があるの? どう見ても成人を迎えたばかりのお子様なのに。しかも昔はともかく、今は平民でしょ?」
「さすがに人を見る目は確かだな。あんたの言うとおりだよ。
実際にこの騎士団に約束を遂行するよう命令を下すのは僕じゃなくて、この国の次期国王陛下だよ」
「「「なっ!」」
カレンティと騎士団長までが、他の騎士同様に喫驚して思わず声を出した。
「王太子殿下の名前を勝手に使うとは、不敬罪にもほどがあるぞ。いくら面識があるといっても。
断りもなく殿下のお名を使って交渉するなんて言語道断だ」
「もちろん後で承認を受けるけど、反対はされないさ。
殿下はこの国の土台を喰い荒らす白蟻ども殲滅させるつもりなんだから、むしろ諸手を上げて賛成すると思うよ。
それに僕は殿下の弱みを握っているから、絶対に文句なんて言わせないさ」
「「弱み? 王太子殿下の?」」
再びみんなが唖然としていると
「フリュードの言っていることは本当ですよ」
そう言った者がいた。それは、赤髪に緑色の瞳、そしてそばかす顔の、一目で貴族だとわかる騎士だった。
「当然その弱みが何なのかは話せませんけれどね」
彼は辺境のマードックス=コラン伯爵令息。王太子の幼なじみであり、第一騎士団員だった。
そう、王太子から三つしかないに認証用の特殊指輪を与えられている人物のうちの一人だ。
そして王子と同じ弱みをフリュードに握られていると、勝手に思っている人間だった。
「商売人には守秘義務がある。特に娼館にとっては何よりもそれは大切だろう。信用問題に繋がるからね。
だが貴女は、特定の人物を意図的に陥れたんだろう? つまりこの国に仇なす悪人どもを。
王太子殿下と我々騎士団も、貴女が狙ってきた輩やその仲間に罰を与えるために動いてきたんだ。
目的は同じだ。共闘できると思うのだがどうかな?」
マードックスの言葉にカレンティは暫く逡巡した後でこう言った。
「悪くない取り引きね。でも、もう一つお願いを聞いてくれるのなら、その話に乗ってもいいわよ」
「それは何だ?」
団長がどんな無理難題をふっかけてくるのかと警戒しながら訊ねた。
「私はね、バルガーニ侯爵を潰したいとずっと狙っていたのよ。
でも残念なことに、あの男は娼館にはやって来なかった。
まあ、あの男は一人の女性に未だに執着しているから、最初から無理だとは思ってはいたけれどね。
私怨だから無理だと思うけれど、あの男を絶望のどん底に落としてくれるというなら、協力してもいいわよ」
カレンティのこの言葉を聞いた騎士達はほっと安堵の色を浮かべた。
「問題はない。その男は元々、我々が作った地獄へ落としてやりたい人間のリストに入っているんでね。
しかもその男は、この男にとって君同様に最も地獄へ送りたがっているやつだ」
団長がフリュードを親指で指し示しながらそう言ったので、カレンティは大きく目を見開いて彼を凝視した。
そしてこう呟いた。
「フリュード=フォーケン。
『この世界で最も美しく幸せそうな家族』……」
と。




