第52章 質疑応答
法廷に現れたデビンとその関係者は、傍聴席を見てぎょっとしていた。
なぜなら、女性とおぼしき傍聴人だけが皆仮面を被っていたからだ。
もちろん証人として呼ばれていた私も、アルカイックスマイルを浮かべた仮面を被っていた。
午前の部の裁判のとき同様に、まず検事によって証拠が次々と提出された。
ただし、その量はさすがに少な目だったが。
そして二人の検事が理路整然と証拠の説明を行った後、質疑応答が始まった。
「被告人が『誘惑魔法』という潜在魔法を持っているということは事実。それを疑う余地はありません。
礼拝堂に残されている潜在魔法検査だけでなく、今回新たに我が国の法務部所属の魔法認定指導員による検査でも同じ結果になっています。
以上のことから、学園に入学する際にそれを申請しなかったということは、例え悪意がなかったとしても、学園の規則に違反する行為です」
「我々弁護側としても卒業取り消しは止むを得ないと理解し、異議を申し立てるつもりはありません。
しかし、被告人がその『誘惑魔法』を使用したという点に関しては認めるわけにはいきません。
被害者が一方的に魔法を掛けられたと主張しているに過ぎないのではないですか?
自分で被告人に一目ぼれして婚約者に選んでおきながら、被告人が別の女性に関心を持ったことに腹を立て、『誘惑魔法』を掛けられたなどという虚偽の訴えを起こしたのではないですか?
被告人を陥れようとして。
もし、そうでないというのなら、被告人がその魔法を使ったという証明をしてください」
「原告には双方の両親が認めていた恋人がいて、婚約寸前でした。
それなのに、それまでろくに顔を見たこともなかった被告を婚約者に選ぶのは、あまりにも不自然です。
その上原告が婚約者を選ぶ直前に、被告は突然異常と思えるほどの苦痛に襲われていました。それなのに数分後にはケロッとしていそうです。
その状態は、まさに魔法を使用した際に発生する、『魔法の対価』と呼ばれる痛みに他なりません。
その現場を多くの人が見ています。
しかし、被告人側に魔力持ちの者がいなかったために、そのことに気付けなかったのです」
検事のこの説明に弁護人は薄笑いを浮かべてこう言った。
「その痛みが『魔法の対価』だと、どうやって証明するのですか?
裁判長、被告人に魔法を掛けられたと証言した被害者に質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
私が証言台に立つと、被告側が皆露骨に嫌そうな顔をした。仮面を被っていたので馬鹿にされていると思ったのだろう。
しかし、裁判長からこの仮面について説明がなされた。
被告人が『誘惑魔法』魔法の持ち主である以上、その力を使用される場合を想定し、防御対策を取るのは当然のことだと。
「人を危険人物かのような扱いをするなんて無礼だぞ!
こんな地味な女を誘惑するわけがないだろう。
婚約したのだって、親の命令でしかたなかったからだ」
「そして命令で仕方なく私に魔法を掛けたのですよね?」
「ち、違う。僕は笑いかけただけだ。そうしたらお前が勝手に僕に惚れたのだろう。
おい、あの卒業式の日といい、いい加減にしろよ。
僕の幸せを願って喜んで婚約解消すると言っておきながら、エバーナ王女殿下と婚約したことに腹を立てて、嫌がらせをしているのだろう? 僕を好きだから」
「私は被告人を好きになったことは一度もありません」
「いい加減にしろよ。あまり捻くれたことばかり言っていると、本当にお前を嫌いになるぞ。それでもかまわないのか!」
本気でまだ私から好かれているのだと思っているらしい。信じられないわ。ツンデレをやり過ぎたかしら。
「あなたになんか嫌われたって一向にかまいませんよ。私もあなたを嫌っていますから。
いいえ、憎んでいますから。
私は幼いころからずっと好き……いえ愛していた人がいたのに、あなたのせいで彼を裏切ることになってしまったのですよ。その辛さが分かりますか?
分かりませんよね。あなたは平気で人の心を弄ぶ人ですから。
私はこの目で見ていましたし、この耳で聞いていましたよ。
あなたはエバーナ王女殿下のことを
『あんなに色目を使ってきて鬱陶しいな。
僕があんな頭の悪くて醜悪な女を好きになるわけないだろう。
そうだ。どうせだから、あの女を僕に夢中にさせてから捨ててやろう』
と言った後に、王女殿下に『誘惑魔法』を掛けましたよね?」
「そんなの、嘘よ! デタラメを言わないで!」
特別に設けられていた法廷内の貴賓席から、悲痛な声が上がった。
それを無視して弁護人は質問をしてきた。
「なぜ被告人が殿下に『誘惑魔法』を掛けたと分かったのですか? まさか頭痛を起こしたからと言うわけじゃないですよね?」
「それもありますが、私は見ただけでなく聞いたと言いましたよね?
私はその時、自分に掛けられた魔法が解かれた音を聞いたのです。
それは『解除のチャイム』と呼ばれるもので、他人から掛けられた魔法が解かれたときに聞こえる音を指します。
これはきちんと実証実験で証明されている事象です。
そして被告人や弁護人はご存じないようですが、『誘惑魔法』はたった一人にしか掛けられない魔法なんですよ」
「えっ?」
デビンが間抜けな声を上げた。
「一人の人にまず『誘惑魔法』を掛けたとします。そして続けて別の人にも同じ『誘惑魔法』を掛けようとすると、自動的に一人目に掛けた魔法は解除されるのです。
私は被告人が突然のたうち回った直後に『解除のチャイム』を聞きました。
もちろんそのときはなんの音かは分かっていませんでしたが。
そしてその瞬間、私の被告人への思いは霧散したのです。
提出された王宮の出入記録、そこの被告人が王女殿下の下に最初に訪れた日を確認してください。私の図書カードの利用日付けとともに。
私は魔法が解除されて正気に戻ったその日のうちに、魔法について調べようと学園の図書室に駆け込みました。
そして魔法関係の本を借りようと、初めて図書館カードを作りました。
その両方の日付はおそらく数日しか違っていないはずです」
「被告人が王女殿下の招待で王宮へ行ったのは、証人が図書カードを作って魔法関係の書物を借りた日の翌日ですね」
そう裁判長が言うと、法定の中に小さなざわめきが起きた。
「そんなのは偶然です」
「そうですか。それでは実験して証明してみましょう。
実際に被告人にこの法廷で『誘惑魔法』を誰かに掛けてもらい、その後王女殿下の態度がどう変わるのかを観察してみましょう。
王女殿下がこれまで通りに被告人を愛していると主張したら、それは本当の恋愛感情で、被告人が魔法を使用したせいではないという証明になりますから。
どうでしょうか、裁判長?」
「検事、弁護人、今の提案に異議がありますか?」
「ありません」「ありません」
「えっ?」
反論すると思っていた弁護人が異議なしと言ったことに、デビンは動揺した。
彼はおそらく私が言った『誘惑魔法』の特性については信じてなどいないだろう。
だから、自分が王女殿下に魔法を使ったことがバレるだなんて微塵も思っていないはずだ。
拒否したがっているのは、単に魔法を使用すると苦痛を伴うためだからに違いない。
案の定、彼はこんなことを言い出した。
「僕の潜在魔法は禁忌魔法なのだろう? それをこんな場所で使ってもいいのか?」
そう言うと思っていたわ。でもお生憎様。私はこう答えたわ。
「使っても大丈夫ですよ。ちゃんと国に届けを出して、魔法認定指導員の指導の下で使われるなら問題はありません。
運よく、ここには魔法認定指導員が二人もいますしね」
「それは誰ですか?」
「私、ルナシー=サンドベックと、こちらの職員で書記官の席に座っていらっしゃるフリル=ボーン卿ですわ」
「お前が、魔法認定指導員? 嘘だろう」
「正しく怪我の功名ですね。敵を知るために学んだ結果、その資格を取ることができましたの。
先ほどまでの私の発言は、魔法認定指導員としてのものですよ」
デビンと弁護人は驚愕した表情を浮かべていた。私の意見などただ傍聴人の同情を買うためのものだと高を括っていただろうから。
「双方異議無しと見なし、三十分の準備時間を有した後、実験を行います」
裁判長の声が法廷内に響き渡った。
いよいよだ!
私の胸は大きく高揚したのだった。




