第51章 裁判
午前中は、パロット家を中心に行われていた、備蓄食料の横流しや関税の不正、そしてそれに付随する数多の犯罪についての審理が行われた。
裁判官に検事、そして事務官。
彼らは皆真っ黒なクローコート姿で現れた。フードを目深に被っているのでその顔は見えない。
逆恨みを買わないために、裁判所の職員はその素顔や素性を晒さない。
もちろん魔法契約を結んでいるため、その身元に間違いはない。
彼らは法廷に入廷する際に魔道具にタッチして身元を確認されている。
本人でない場合は、その魔道具によってその手が焼かれ、その場で罪人と認定される。
つまり、裁判無しで犯罪者として決定され、刑罰が決まるらしい。
指紋認証のようなものだが、不正を働くと手が焼けるとは、シビアな制度だ。
自動的に犯罪証明の印が付けられるのだから、無駄な検挙や裁判をしなくて済む。
まあかなり合理的だとは思うけれど、裁判官も検事もまるで、悪霊みたいで怖いわ。
声も変えているし。
検事によって山のような証拠が次々と提出され、傍聴席からは大きなざわめきが起こった。
三人の検事が理路整然と証拠の説明を行った後で質疑応答が始まった。
長年に渡って集められた確かな証拠と証人の発言により、弁護側ももはや反論する余地がなく、彼らのできることと言えば、刑の軽減を望むことだけだった。
それは決して彼らが無能だったわけではなかった。
それでも被告となったパロット侯爵を始めとする他の貴族達は、検事側だけでなく、己の弁護人達にまで罵詈雑言を喚き散らした。
その醜悪な態度に、傍聴していた人々は呆れ、そして全く反省のない彼らに対する怒りを増幅させた。
そして判決が出た。
パロット侯爵夫妻とバルガーニ侯爵夫妻、その他八貴族の当主は懲罰付きの終身刑。そして爵位剥奪、土地財産の没収。
傍聴席にいた者達は皆刑が軽すぎると思った。
この国が大飢饉に襲われたとき、自分の金儲けだけを優先して、それに対策をしなかっただけで問題なのに、邪魔をしていたなんて論外だ。
その挙句、国の備蓄を横流しし、輸入品に高い関税をかけた。
そのせいで多くの国民が苦しみ、死亡者まで出したのだ。
これは国に対する反逆罪であり、彼らの罪は大きい。
それなのに無期懲役だと! 甘過ぎると。
ところが裁判長はこう言った。
「被告らの犯罪は正しく国家国民に対しても許し難い行為だ。反逆罪と言ってもよい。
だからこそ、一瞬の苦しみでその罪を償わすなんてもってのほかだ。
命のある限り、少しは人々の役に立ってもらうべきだと思う。
それゆえに、パロット侯爵夫妻には北方の銅山の採掘場で働いてもらう。
有毒ガスが熱風として噴き出す過酷な現場で、絶えず人手不足になるらしいからな。
バルガーニ侯爵夫妻や他の他八貴族の当主にはその銅を地上まで運ぶ作業をしてもらう。
それ以外の者達は地上で銅を洗う仕事をさせる」
確かにそれは死ぬより辛いに違いない。
これまでろくに体を鍛えなかった貴族や、特にカトラリーより重いものなど持ったことのない婦人には。
夫人達は皆悲鳴を上げてその場で失神し、特別席に座っていた側妃が真っ青になって震えていた。
大きなざわめきが広がる中、休憩時間となった。
傍聴人達も緊張していたらしく、多くの者達が脱力したように椅子にもたれ掛かっていた。
法廷の人目に付かない場所で待機していた私も、ほっとしてしばらくの間椅子から立ち上がれずに、座ったままぼーっとしていた。
しかし不意に肩を叩かれて斜め横を見上げると、真っ黒なフードを被ったクローコート姿の人物が立っていた。
「職員用の食堂へ行こう」
それはフリュードの声だった。
「判決についてどう思った?」
食堂でランチを食べながらそう聞かれて
「妥当だと思ったわ。ただ死刑にするなんて生温いもの。ただし、結局彼らが鉱山で何日保つかわからないとは思うけれど」
私がそう答えると、フリュードは真顔でこう言った。
「そう簡単には死なせないよ。
裁判長は被告人達を脅すため、というより傍聴人に納得させるためだろうが、おそらく大げさに言ったんだと思う。
北の地にあるという、熱風が噴き出す銅山はすでに閉山になっているからね。
彼らが働く場所はそこから大分離れている銅山だと思うよ」
それを聞いて私はほっとした。
しかし、それはあの被告人達の身を心配したからではない。
有害ガスが熱風として噴き出す銅山ってことは、そのまま掘削と洗浄作業がされていたら、有毒ガスによって水が汚染されてしまう。
そして、それが川や畑に流れでもしたら、辺り一面汚染されてしまう。つまり公害問題が起きてしまうと思ったからだ。
「まだ銅を採れたのに廃山になったのは、二十五年前くらい前に、ルドルフ先輩の父親であるバイヤール侯爵の提言したかららしいよ」
フリュードの話を聞いて、私すぐにピンときたわ。
おそらくそれは、バイヤール侯爵に仕えているバンクス=アルソン男爵の進言に違いないと。
前世で起こった公害問題。
ニッポンにおける最初の公害とされているのは、戦前の銅山の採掘によるものだった。
だから、タイショウ生まれの男爵もそれを知っているはずだと思った。
あの方はかなり博識な人物で、学生時代からあらゆる新聞や雑誌にも目を通し、かなり情報通の若者だったようだから。
「ちなみに、その銅山の元持ち主って、パロット元侯爵夫人の実家らしいよ。
皮肉だね。自分達が所有していた銅山で働くことになるなんてね」
(なるほど。自分達の土地が汚染されることによる損害を理解したからこそ、バイヤール侯爵の進言を受け入れたってわけね。
欲深そうな人達がよく閉山したもんだと思ったら。
ちなみにパロット元夫人の実家も、被告人の中に含まれていたのだから、一族総出で自分の所有していた銅山で働くわけね。
仕事仲間にどんな扱いを受けるか、簡単に想像できるわ。
本当にエグい判決を下したわね、裁判長様は……)
食事を終えて法廷に戻ってみると、傍聴席には午前の部とあまり変わらない人達が座っていた。
次の裁判も傍聴したくて、席を奪われないように、ほとんどの人が席を立たなかったのだろう。
彼らが皆デビンの禁忌魔法の不正使用にそれほど関心があるとは思えないが、これには第二王女が絡んでいる。
王女を恨んでいる人も多いはずだから、そちらが気になるのかもしれない。
このデビンの裁判で、国王と側妃、そしてエバーナ王女にも、何らか罪が問われる可能性もあるのではないか。そんな期待をしているのだと思った。
そして木槌が打ち鳴らされて、午後の裁判が開始された。
いよいよ私の出番だと、私は身を引き締めたのだった。
法廷は木槌によって開始されるイメージがあったのですが、あれは欧米の映像によって植え付けられたもので、日本では「静粛に!」という言葉がけのみだったと、初めて気付きました。
そして日本ではオークション会場以外だと、参議院本会議の開始のときだけ使われるそうですね。
なぜ衆議院では使われないのかはわかりませんが。
今回この小説を書いていて、一つ勉強になりました。
それと日本最初の公害については、学生時代にレポートを書くために本を読んだのですが、数年前に関係したいくつかの現場を訪れてその被害を再確認しました。
何十年にも及ぶ、非常に困難な植林作業の写真に感銘しました。それらは今でも続いているそうです。
一度壊された自然はそう簡単には戻せないと、実感しました。




