第50章 移住話
「ルナ、ルナシー……」
甘く切ない声に目を開けると、そこにはフリルではなく、久しぶりに見るフリュードの顔があった。
「フリュード! やっと貴方に会えたわ」
「えっ?」
三年ぶりに見るフリュードは、中性的ではなくて、すっかり大人の男性の顔になっていた。
相変わらず眩いほど美しくて艶っぽかったけれど。
涙が溢れてよく見えなくなって、私は慌てて手で擦った。
「『禁忌魔法』はキスで解除されるものなの?」
私は彼の背に両腕を回した。
私の言葉でフリュードも自分の変身が解けたことに気付いたようだ。しかし彼は頭を傾げた。
「そんなことは聞いたことないけど、魔法によって解除の方法は違うから、否定はできないな。
そもそも禁忌魔法を使える人間は少ないし、自己申告する者もいないから、その辺りの研究はされていないのが実情だし。
まあ、今後は礼拝堂が協力してくれるから、国の方も禁忌魔法保持者を正確に把握できるようになると思う」
「でも、それと同時にその禁忌魔法保持者が権力者に利用されないように、法律もきちんと整備しないといけないわね」
「たしかにな。ルドルフ先輩達にそう提言しておくよ。
だけどさ、「変身魔法」はともかく、「誘惑魔法」がキスで魔法が解除されるってことはないだろうな。
エバーナ王女は未だにデビンに夢中だからな。あの二人がキスをしていないわけがないだろう?
それとも魔法のせいではなくて、王女が本気であの男を好きだとでも思うか?」
ああ、それはないわね。さすがに絶対…とまではいえないけれど。
どうしてフリュードの変身が解けたのか。もしかしたら、ネックレスが関係しているかもそれない。
もう一度試せばわかるかもしれない。けれど、そんな実験をわざわざさせる気はないわ。
フリュードにはもう苦しい思いをしてほしくないもの。
「もう私の前から突然姿を消したりしないでね。
たとえフリルの姿で側にいてくれたとしても、それは本物の貴方じゃないのだから。約束して!」
「約束するよ。もうあの魔法は使わない。いくら王太子殿下に命令されても。
強制されたらこの国を出て行くよ。領地よりも君の方が大切だから」
「ええ。暴君に従うことはないわ。
大丈夫よ。私、この国だけでなくて、大陸中にたくさんの心強い友人達がいるから、どこへ行ってもきっと助けてもらえると思うし」
私がそう言うと、フリュードは一瞬不思議そうな顔をしつつも、嬉しそうに微笑んでくれた。
いざとなったらこの国を出よう。そう言ったフリュードに即同意したのは、今の仕事を辞めて他所の国は行っても、私には仕事に就ける見通しがあったからだった。
学園を卒業後、私はルドルフ先輩の護衛であるノルディン=アルソン男爵令息の協力を得て、国内外の転生者達と交流を図ってきたのだ。
そのほとんどがアルソン男爵の教え子だったが、あの選挙ポスターを見て、わざわざ連絡をくれた人もいた。
その数は国内外合わせて三十人は超えている。
そこで「異世界協会」なるものを作って、そこを通して皆さんと色々と連絡を取り合っているのだ。
バンクス=アルソン男爵にお願いして会長になってもらった。
バンクス様とはあの選挙運動後に実際にお会いしてから、ずっとお付き合いをさせてもらっている。
大柄で威厳があり、鋭い顔付きをしている方なのに、決して人を見下したりせず、小娘である私の話もまず全部受け入れてくれる。
そして自分で答えが出せるように穏やかなに導いてくれる。
前世でも今世でも、こんな人物と出会ったことはなかった。
今ではこの世界で一番尊敬できる方だ。こんな方が父親だったら良かったのになんて、ついノルディン卿を羨ましくなってしまう。
でも口にはしないわ。
「隣の芝生は青い」
と言われてしまうのがわかっているから。
それはともかく、ひと月ほど前に「異世界協会」を通して、なんと隣国に住んでいる前世持ちの男の方から選挙ポスターの制作を依頼されたのだ。
すると、その方が応援していた候補者がトップ当選されたらしく、過分な報酬を受け取ってしまった。
その上、その話を聞いたという別の方からも依頼をされたのだが、その方も当選したようだ。
前世の当選連勝記録は、自分を除くとまだ続いていることになる。
やはり、占いなどもそうだというけれど、自分のためにはその効力というか、能力は発生しないということなのかしらね?
その後も口コミで、私の作ったポスターには選挙に当選する効果ある、というジンクスが拡がっているようで、次回の選挙があったらポスターを作って欲しいという予約をいくつかもらっている。
この分だと、おそらくこの国を出ても暮らしていると思う。
この国と違って周辺の国々では、貴族議員だけじゃなく、市町村長まで選挙によって選ばれている国もあるから、ポスターの需要もそれなりにあるに違いない。
私は初めてそのことをフリュードに話した。
「それに、そもそも私達は二人とも魔法認定指導員の資格を持っているでしょう?
この資格は多く国で通用するはずだから、何かしら仕事をもらえると思うの。
男尊女卑のこの国よりもむしろ、他国へ移住した方が私にとってもいいことかもしれないわ。
もちろん、王家がこれ以上難癖をつけなければ、わざわざ母国を捨てたりはしない。
けれど、このまま貴方を利用してこき使う気なら逃げの一択だわ。
このことは、貴方の仕事が落ち着いたら伝えようと思っていたの」
その言葉に嘘はない。
ところが、私がルドルフ先輩や護衛のルディン=アルソン男爵令息と、隠れて手紙のやり取りをしていたことをフリュードに気付かれてしまったのだ。
先週領地からやって来た脳筋ロビンお兄様が、彼に余計な告げ口をしたからだ。
「浮気しているとは思わないが、突拍子もないことばかり思い付く妹だから注意しろよ」
などと、珍しく兄らしい忠告をしたようだ。
私としては隠すつもりなど全くなくて、忙しい彼に余計な話をするのは悪いと思って時期を図っていただけだったのに。
「仕事場でフリュードに睨まれていて気不味い。理由がわかるかい?」
そんな手紙をルドルフ先輩からもらってしまった。
フリュードには早めに説明しないと不味いかもしれない。そう私も思っていたところだった。
だから大切な決戦の日を前にした今日、ようやく自分の気持ちを彼に告げたのだった。
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「裁判には家族みんなで傍聴に行くからな。
二人とも頑張れよ」
「言いたいことは全部言ってやれ! それで王家や侯爵家に睨まれたって構わんから、ぶちかましてやれ!」
「ロビンお兄様、裁判所は決闘場ではありませんわ。問われたことについてただに答えるのみです。
もちろん、権力に屈せずに正直に。
でも、もし意見を述べてもよいと言われたら、お兄様のアドバイスに従いますわ」
私はそう兄達に告げた後、フリュードと共に馬車に乗り込んだ。
そしてオルガやパティス達使用人にも見送られて、裁判所へと出発した。
しかし、そこに父の姿はなかった。
朝食のとき、本来の姿に戻っていたフリュードを見てかなりショックを受けて、フラフラと部屋に戻ってしまい、そこから出てこなかったのだ。
まだフリュードとフリルの双子説をどこかで信じていたからなのか、それとも、仮想敵にしてしまった罪悪感なのかはわからなかったけれど。
ラストに近付いてきました。
もしかしたら投稿が少し遅れるかもしれませんが、関係させますので、引続き読んでいただけると嬉しいです。




