第47章 真実が見える令嬢
フリュードの首元に、私とお揃いの黒く輝く魔石のネックレスが掛けられているのを見た父は、ようやくおとなしくなった。
このネックレスが首から絶対にはずせないことは、さすがに父も知っていたからだ。
「これを見ても僕がフリュードだと信じてもらえないのなら、この場で元の姿に戻りますよ」
フリュードがこう言ったので、私は慌ててそれを止めた。
「駄目よ。魔法を使ったら激痛が走るのでしょう?」
「魔法を解くときは、掛ける時ほど痛くはないから大丈夫だよ」
「駄目よ。だってまだフリルの姿でやり残したことがあるのでしょう?
何度も魔法を使ってわざわざ辛い思いをすることはないわ。
貴方のことを疑っているのはお父様だけなのだから、そんなの気にする必要なんてないわ」
「魔法を使うのって、そんなに大変なのか?」
ロビンお兄様がのほほんとそう口にすると、マリエット様が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこう言い捨てた。
「そんなの常識でしょ。簡単に魔法が使えたなら、この世界が大混乱するでしょう。自分で制御できる人ばかりではないのだから。
学園で教わってはいないのですか?」
「教わっていないな。私もルナシーのことで調べていて初めて知ったよ。
我が家には魔力持ちがいないので、あまり関心を持っていなかったし。
だからデビンが魔法を行使した時も気付けなくて、ルナシーを苦しめてしまった。反省している。
女子学園では習うのかい?」
ランサムお兄様にそう訊ねられてマリエット様は頷いた。
「私がその場にいたらあの男が禁忌魔法を使ったと証明できたのに、本当に悔しいですわ」
「証明できたとはどういう意味ですか?」
今度はフリュードにこう質問されて、マリエット様はお人形のような愛らしい笑顔を浮かべると、こんな爆弾発言をした。
「フリュード様が告白したのですから、私も告白しないといけませんわよね、もうすぐ家族になるのですから。
私も禁忌魔法持ちなんです。私の魔法は、『真実』ですわ」
「「「えっ?」」」
その場にいた全員がぎよっとしてマリエット様を見た。
人の心を読めるという『真実』の魔法は、それこそ滅多にお見かけしない希少な力だ。
というより、実際にそんな魔法があるか、はっきりと証明されていないかった。
たとえ魔力持ちの魔法認定指導員が調べても分からない特殊な禁忌魔法だわ。
こればかりは本人が自己申告しなければ確認しようがないからだ。
それゆえにフリュードの潜在魔法である「変身」は国に申請する必要あるが、「真実」はない。
そんな希少で特殊な魔法の持ち主がわざわざ自ら暴露なんてしないもの。他人に利用されるのがわかりきっているのだから。
「怯えなくても大丈夫ですよ。私は皆様の心の中を覗こうなんて真似はしませんもの。
過去に一度だけその力を使ったことがありますが、あまりの激痛に死にかけましたので、そう簡単に使ったりしませんわ。たとえ王命を出されたとしても。
ただし、ルナシー様のためだったら、私もフリュード様のように使ったと思いますの」
死にかけたほどの激痛……おそらく魔法のレベルが上がれば上がるほど、それを発動させるときの反動は大きくなるのだろう。
きっとフリュードの反動だってかなり大きなものだったに違いない。
その激痛をたった一人で堪えてきたのだと思うと、再び涙が溢れて来た。
もちろん、彼だけではなくてマリエット様まで、私のためにその力を発動させることを躊躇しないと言ってもらった。そのことに対する感激の涙でもあったけれど。
「過去に一度使ったと言ったけれど、一体誰の真実を見たんだい? もし話したくないなら答えなくていいけれど」
ランサムお兄様が怖いもの見たさというか、知りたさで恐る恐るそう訊ねると、彼女は事も無げにこう答えた。
「父の真実ですわ。
私が『真実魔法』持ちだと判明したころ、我が家ではちょっとしたトラブルが起きていたのです。
お父様の浮気騒動ですわ。
当時お母様は弟を産んだばかりで、精神状態が不安定だったのか、お父様が浮気をしていると思い込んで、そりゃあもう疑心暗鬼になっておりましたの。
お父様はフリュード様ほどではなかったですがとても美形だったので、かなり女性からは人気が高かったのです。
ですから母は陰で色々と嫌な思いをしてきたみたいなのです。
結婚前もその後も。
淑女の鑑と呼ばれていて、ほとんど感情を表すことのなかった母だったので、余計に負の感情を溜め込んでいたのでしょう。
そんな積もり積もった辛い感情が、出産と共に一気に溢れ出したみたいなのです。
母と父は、どこまでも平行線のままでした。母は理性をなくしていましたし、父は浮気などしていない、裏切ってなどいないとただ主張するだけでしたので。
そしてそんなある日、とうとう怒り狂った母が私に命じたのです。父の真実を見てちょうだいと」
幼い娘の前で夫婦間のそんな修羅場を見せるだけでも言語道断なのに、父親の心を読めと命じるなんて、本当に酷い話だ。
マタニティブルーで、侯爵夫人の精神はかなり病んでいたのだろう。
「それで君は侯爵の心を読まざるを得なくなったのか」
「はい」
「その結果はどうだったんだね」
まるで自分の心までも彼女に読まれるのではないかと少し怯えながら、父はそう訊ねた。
「浮気の定義はよくわからないのですが、心の浮気はしていませんでしたね。
父はあんな状態になっていた母のことだって愛していたようですし」
つまり、心の浮気はしていなかったけれど、体の浮気はしていたということなのかしら?
「父は友人達に図られたようです。侯爵家の跡取りで、見目麗しく、しかも真面目で優秀だった父は、周りから相当妬まれていたみたいなので。
つまり女性との行為は、父の意思を完全に無視した不可抗力によるものだったわけです」
「君はその真実をどこまでご両親に話したんだい?」
「何も話しませんでしたわ。
だって、私はその魔法を使った直後にあまりの激痛でのたうち回って気を失い、死にかけたのですもの。
私の姿を見て母までパニックに陥って、我が家は大混乱状態に陥ったそうです。
私が目を覚ましたのは一週間後で、こちらの方が心配になるくらいにやせ細った母から、何度も謝罪の言葉をかけられて、そのしつこさに却って閉口しましたわ。
私が死にかけたことで、母は父の浮気なんてもうどうでもよいことになったらしいのです。
そのおかげで私は、嘘をつくことも、誤魔化すこともしなくて済んだので心底ホッとしました。
私の発言で家庭崩壊になったら、生まれたばかりの弟まで不幸にしてしまうところでしたから」




