第44章 身の証
息子二人に非難の目を向けられた父はしばし茫然としていたが、そのうちようやく自分が四面楚歌状態であることに気が付いたらしい。
そしてそこから脱するために、なんと仮想敵を作ることにしたようだ。
しかも呆れることに、この場の空気を全く読まず、こともあろうか父自身が実の子よりも可愛がっていた、亡き親友の忘れ形見であるフリュードをその標的に定めたようだった。
どうやら父は、彼と私のやり取りを全く理解できていなかったらしい。
父はこんなに情けない人間だっただろうか?
曲がりなりにもこれまで我がサンドベック伯爵領を立派に治め、隣の領地である「我が国の食料庫」を復活させた立役者だというのに。
「ルナシーはデビンに怪しい魔法を掛けられたからおかしくなったのだと、そう君が教えてくれていたら、私は娘にあんな態度をとらなかった」
と父はフリュードに言った。
いや、そんなことを言っても信じてもらえないと思ったと、さっきフリュードが言っていたじゃないの。
そもそも、三か月後に私の態度が元に戻った時点で普通気付くでしょう。父は王都と領地を行き来して私を目にしていたのだから。
それなのに今さらどうしてフリュードのせいにするのよ。娘より親友の息子の方を大切にしていたでしょう?
私は別にそれを僻んでいるわけではないわよ。だって、物心付く前からそれが当たり前のことだったのだから。
それに、オルガ達が魔法認定指導員に調べてもらおうと言ってくれたというのに、それを一蹴したのはお父様自身でしょ。
父の言葉は理不尽としか言いようがなかった。単なる八つ当たりだ。
しかし、これまでの恩があるからだろう。
それに一切反論することも否定することもなく、フリュードはただ冷静に父の文句というか、苦情、恨み言を聞いていた。
父はゼイゼイと息を切らしながら悪態を吐き続けた後、最後にこう言った。
「お前は本当にフリュードなのか? 双子の弟ではなくて?
兄が表に出なくなったのをいいことに、成りすますつもりじゃないだろうな?」
「「「なっ?」」」
私達兄妹は、父のこの言葉に仰天した。まだ、自分の作り出した妄想を信じているのかと。
この場で話をしているのはフリルの姿だったが、話し方や仕草はフリュードそのものだし、その語った内容だって彼でしか分からないものばかりだった。
赤子の頃からずっと触れ合ってきたのに、彼が本物かどうかわからないなんて信じられなかった。
さすがにこの父の言葉を聞いたフリュードは、少し残念そうな顔をした。
そして、仕方がないなとでもいうように、シャツの首元のボタンを二つほど外した。
するとそこには、私とお揃いの黒く輝く魔石のネックレスがつけられてあった。
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私にとってはお守りであり、生きる上での支えであったフリュードとお揃いの黒く輝く魔石のネックレス。
しかしそれが、彼にとっては枷になっているのではないか。
思春期を迎えたころから、私はそのことをずっと不安に思っていた。
何しろ身につけたら最後、絶対に外せないというのだから。
このネックレスの持つ力が一体どんなものなのかは誰も知らない。しかし
「この魔石にはね、契約の遂行を邪魔しようとするあらゆる弊害を払い除ける、そんな力を持っているのよ」
そうアリス様は言っていた。
そもそもこの世界での契約とは、大昔、まだ魔物や魔法使いがこの地上において勢力争いをしていたころに、一時的休戦する際に交わしていた約束が起源だという。
もしかしたら、その約束を魔石に込めて証にしたのかもしれない。それを破った方に何か呪でも掛かるように細工をして。
まあ、私の勝手な想像に過ぎないけれど。
このネックレスをつけ始めた当時私はまだ幼かったので、その強制力について深く考えることはなかった。
でも、成長して客観的に物事を見られるようになってからは、そのことに少し怖さを感じるようになっていた。
私のフリュードに対する思いはおそらく一生変わらないという自信はあった。
だってフリュードは誰よりも優しくて強くて賢くて、とても素敵なんだもの。
私が可愛いもの好きの次兄に嫌味や意地悪をされていると、必ずフリュードが庇ってくれた。
「ルナシーは誰よりも可愛い。それがわからないロビンの目ん玉と脳みそは本当に腐ってる。クソ野郎!」
まるで天使か妖精みたいに綺麗で可憐な姿からは想像できない言葉で、兄を怒鳴りつけてくれた。
それでも脳筋の兄ロビンは、懲りずに私にちょっかいを出してきたけれど、正直なことをいうと、フリュードに庇ってもらえるから、それはそれで嬉しかったのだ。
彼に可愛いと言ってもらえると、幸せで天にも昇る気持ちになれたから。
何度でもいうが、フリュードは幼いころからとにかく綺麗で可愛くて愛らしかった。
でも、もしフリュードの顔にそばかすやぶつぶつがあったとしても、きっと私は彼を好きになっていたと思う。
私は人の美醜にあまりこだわらない人間だったから。
たしかに自分の色目がもっと華やかだったら良かったのに……とは思ったけれど。
だから、私が面食いで美少年好きだと陰口を言われていると知ったときは唖然とした。
なぜ人からそんな風に思われたのかというと、フォーケン伯爵家が大飢饉で借金を負ってからも、私が足繁く彼の元に通っていたかららしい。
私は少しでも彼の力になりたくて、教会での奉仕活動、医療施設や炊き出しの手伝いなどをしていた。
売上をフォーケン伯爵家への支援金にしたくて、何度となく自分の領地内や近隣の教会でバザーを開いたりもしていたし。
それはフォーケン領の領民を大切に思っているフリュードのために、私も何かしたかったからだ。
ところが、私の父が親友のために力を貸すのはまだわかる。
しかし、結婚後ならいざ知らず、まだ婚約もしていない相手のためにそこまで尽くすなんておかしい、ということらしい。
貴族令嬢ならば家の利益になる相手と縁を結ぶべきなのに、この先爵位返上する可能性がある家のためにそんなにそんな真似をするのか。
それはきっと、私がこの国一美しいと評判のフォーケン伯爵令息に熱を上げているからだ……ということらしい。
馬鹿らしい。いつの世も、邪推する輩って多いのね。
まあ、どう思われても私はかまわなかった。だけど、フリュードは嫌な思いをしているだろうと思った。
だって、この先彼に好きな女性ができて、その人を伴侶に選んだら、これまで尽くしてくれたご令嬢を捨てたと、彼が悪く言われる恐れがあったからだ。
前世の私の母は、人気が出た途端、それまで支えてくれていた妻や恋人を捨てたという芸能ニュースを聞くたびに、ひどく怒っていたもの。
他人の内情なんて本人達にしかわからない。
それでも人はどうしても我が身に置き換えてしまうから、母も妻側の気持ちになってしまっていたのだと思う。
「糟糠の妻を捨てるなんて、最低! クズだわ。もう応援しないわ」
って。




