第43章 言い争い
私がフリルをフリュードと呼んだので、その場にいた全員が息を呑んだのが分かった。
「こいつがフリュードって、一体何を言っているんだ?」
ロビンお兄様が誰に言うでもなく呟いた。
「『変装魔法』か?」
ランサムお兄様がフリルに訊ねた。
すると彼は肩を少し上げておどけるような格好をしたあとでこう答えた。
「変装というか、『変身魔法』だよ」
やっぱり。
仮の身分を与えて欲しいと王太子に願い出たと聞いたとき、私はピンときたわ。
我がサンドベックの人間の中には魔法持ちがいない。だから、私がデビンに怪しい術を掛けられても誰も気付かなかったのだ。
でもフリュードは魔力持ちだゆえに、約者選びのあの日、私がデビンに魔法を掛けられたことをすぐに理解したのだろう。
あの男の異常な苦しみ方を見て。
そしてすぐにそれが魅了系の禁忌魔法だと察したのだと思う。
私があんな男に一目惚れするわけがないと信じていたから。
「目に見えない事象の証明をすることは難しい。
他人に訴えようにも証拠がないのだから、簡単には信じもらえない。
だからまずはデビンの使った魔法について調べるのが先だと考えて王都に向かったんだよ」
フリュードは静かにそう語り始めた。
フリュードはデビンの魔法だけでなく、フォーケン領の領主選びを私にさせようと提案した国王陛下の意図や、それに関係した人間についても調べようと思ったそうだ。
そしてそれと同時に、私のことも心配してくれていたようだ。
あの男の婚約者になって、どんな扱いをされるのか分からないから。
でも、フリュードはとにかく目立つ。どこにいても人の目を引く。それは多少変装しても誤魔化しきれないほどだ。
彼もそのことを自覚していた。
だからこそ、フリルという天涯孤独な若者を作り出したのだという。孤児というのは事実だったし。
そして、学園に入学できるようにして欲しいと王太子殿下に頼んだそうだ。
フリュードはフリルと名乗って学園の寮に住み、学園生として勉強や生徒会に励んだ。
そして、私の友人となって共に図書館などで魔法について共に学んだ。
しかしそれと同時進行で、王太子の依頼を受けて、側妃殿下の実家であるパロット侯爵家やバルガーニ侯爵家を探っていたのだという。
超人的な働きぶりだわ。やはりフリュードは凄い人だったのだと私は再確認させられた。
でもその話を聞いて最初に思ったことは、フリュードがこれまで一体何度「変身魔法」を使用したのだろうかということだった。
あの激痛を伴う魔法を。
「僕だってこれまで何度も何度も魔法を使ってきたよ。
その度にたしかに激痛が走ったけれど、そんなのは僕の大切な人が味わっている苦しみに比べたら大したことじゃない。
そしてその人を守るためならこれからも何度だって魔法を使うつもりだ。
覚悟を持っているから、貴女からの心配は無用だよ」
選挙ポスターを製作するとき、文官の方達に魔法を使わせるのが申し訳なくて、私はそれを断ろうとした。
その際に言ったフリルの言葉が蘇った。
あのとき私は、彼にはそんな辛い思いをしてまでも守りたい人がいるのだと、胸の奥が苦しくなったのだ。
でもまさか、その思い人が私だったなんて。
今さらそのことに気付いて涙が止めどなく流れ落ちた。
彼がそんな思いながら戦ってくれていたのに、私は自分だけ戦線離脱しようとしていたのだから。
自分が情けなくて、悔しくて、申し訳なくて堪らなくなった。
「僕に申し訳なく思っているの?
それは僕を捨てようとしたからかい?
領主選びの選挙に、君は当初やる気がなかったもんね。
自分が領主になって僕を婿入りさせよう。そんな気概を君は全く見せなかったものね?」
あの時フリュードはそんな風に思っていたから不機嫌だったのかと、今になって納得した。
でも、彼を婿にするなんて思うわけがないじゃない。彼はフォーケン領の正統な跡取りなのだから。
「貴方を捨てようなんて思ったことは一度もないわ。
ただ私は、貴方に憎まれて恨まれても仕方ないと思っていただけ。
だからこそ私は、貴方を無理矢理に婿に選ぶなんて真似はしたくなかったのよ。
フリュードが領主になれるって、私は確信していたわ。
あの男が選挙に勝っても領主になれるわけがないと私は確信していたから、領主選びの選挙に乗り気じゃなかっただけよ。
だって私は、デビンが禁忌魔法を使っていたことを暴露するつもりで、そのタイミングを狙っていたのだから」
グスッ、グスッ……と鼻をすすりながら私は言った。
「だけど、二人でフォーケン領を守ろうと約束したのに、僕だけ領地に残して君はこの国を出て行こうとしていたのだろう?
酷い裏切りだ」
フリルとしては珍しく顔を少し歪めて恨めしそうそう言った。
いや、フリュードだってそんな負の感情を私の前にさらしたことはなかった。
すると、彼のその言葉に父が反応した。
「一体お前達はさっきからずっと何の話をしているのだ!
この国を出て行くつもりだったとはどういうことだ?」
「学園を卒業したら留学しようと考えていただけよ。
別に問題ないですよね?自分のお金で行くつもりだったのだから」
「親になんの一言の相談もなく留学だと! ふざけるな」
「だからすぐに行くのは止めたと先ほど言いましたよね。
ランサムお兄様とマリエッタ様の結婚準備の手伝いをさせてもらいながら、将来のことをじっくり考えたいと」
「そこが問題ではない。
なぜ親に相談することなくそんな話を進めていたのか、ということを言っているのだ」
父の言っている意味がわからなかった。
この三年私を無視して近寄らなかったのに、どうやって相談ができたというのだろうか。
「父上、これまでの話の流れで気付けなかったのですか?
さすがに鈍すぎませんか? 俺だって分かるのに。
ルナシーは父上や俺達に愛想を尽かしているんですよ。だから、もう関わりたくなくて家を出ようとしたのでしょう。
しかも国外に出ようとしていたのだから、よっぽど嫌だったのですよ、我々のことが」
「なぜだ?」
脳筋の兄にでもわかったのに、これまでの話を聞いても父は、私に対して悪かったとは思っていなかったようだ。
「なぜって、ルナシーはあの男に『誘惑魔法』を掛けられたせいで、あんな男を婚約者に選ばざるを得なかったんだ。
それなのにそのことに我々は疑問も抱かずにただ責め立てて、寄り添うこともなく放置し続けたからですよ。
ルナシーは何も悪くなかった。
そのことに気付いた者もいたのに、家族である私達は違った。
遅ればせながらそれに気付いたから、私とロビンはこの子に謝罪した。
それなのに、貴方は辛い思いをさせた自分の娘に対して、何故一言も謝罪をしようとしないのですか?」
ロビンお兄様に続いて、ランサムお兄様はすでに諦めの境地に達したかのように、ため息と共に力なくこう言った。
しかし、父はただポカンと口を開けていた。
最低。やっぱり父と関わるのは最低限にしよう。私は心の底からそう思ったわ。




