第42章 聖地伝説
セラビィーという土地は王都から割と近くに位置し、大昔から聖地と呼ばれて、人の立ち入りを禁止されていた森だった。
しかし、王都の人口が増えるに従って食料不足が大きな問題になってきたために、百年ほど前、その聖地を開拓して農地にしようと計画されたことがあった。
実際に木を切り倒し、開墾し、農作物を作ろうと試みたのだ。
ところが、その周辺の土地は聖地どころか大昔魔の森と呼ばれ、魔物達のエネルギーが蓄積されていた場所だった。
とはいえ、人がただ立ち入るくらいなら特に害はなかった。ただ、元々そこに生えていた木以外の植物が育たなかったのだ。あまりにも肥沃過ぎて。
その事実が判明しために国は、セラビィーの地を農地にすることを断念したのだ。
ところがだ。切り倒した木を詳しく調べてみると、その木には魔石並みのエネルギーが含まれていることがわかったのだ。
これは嬉しい誤算だった。国は同じ品種の木の植林をしながら、枯木を切り倒して魔石替わりに活用していた。
しかしこれらの事業は密かに行われていた。
魔木のことが世間に知られたら、この森は欲の深い輩に狙われて、木々は切り倒され、盗まれてしまう恐れがあったからだ。
もし木々が全て切られてなくなってしまったら、魔力を吸収してくれるものがなくなり、その魔力は周辺に放出されてしまう。
そんな事態になったら、どんな厄災に見舞われるか予測がつかなくなってしまう。
それゆえにセラビィーの地に人を踏み込ませないようにしなければならなかったというわけだ。
国は、昔切り倒されたまま放置されていた木材を使ってセラビィーの森を囲い、人が立ち入ることができないようした。
そしてこの森は聖地であり、立ち入った者は天罰が下るという噂を流した。
厳しく国が処罰するなどという広報活動をしたら、却って価値がある場所なのではないか、裏読みする者達が現れると考えたからだった。
しかし人間とは忘れる生き物である。セラビィーの地が聖地であるということは、いつしか人々に忘れられてしまった。
ところがだ。
その後王都近郊では、セラビィーの森に近寄ると人が消えるという都市伝説が流れ出したのだ。
そのため、あの森には近付くと天罰が下るという伝説が自然に復活し、そのおかげで森に近付く者はいなくなったそうだ。
しかし、セラビィーの森に関する天罰の都市伝説はあながち嘘ではなかった。
なぜならセラビィーの森は実のところ来る者を拒まず、どうぞご自由に中へお入り下さいがモットーだったのだが、一度入ったら二度と出られなかったからだ。
実は百年ほど前から、セラビィーの森の中には管理棟が建造されていて、役人や騎士達が森からのの出入を厳しく取り締まっていたのだ。
もっと正確に言うのならば、脱出者に対してだけ厳しくしていた。
というのも、セラビィーの森は現状、監獄のようなものだったからだ。
死刑にするほどではないが、放置してしまうと繰り返し罪を犯すような、たちの悪い者達を収容する場所として使われていたのだ。
ここに入れられた者達は、死ぬまで植林作業をさせられる。もちろん、この地に溜まっている魔物のエネルギーが周辺に放出されないようにだ。
フリルからのセラビィーの地についての説明を、皆が固唾を呑んで聞いていた。
それはあまりにも複雑かつ難解で、しかも突拍子もない話だったので、誰もその内容を正確には理解できなかった。
ただし、あの憎き一派が二度と彼の地から出られないということだけはわかったので、皆胸を撫で下ろしていた。
しかし私の中では、ある疑問が雲のようにもくもくと膨れ上がっていていた。
それでもまずはフリルの話を全て聞き終わるまではと、必死に堪えていた。
そして彼の話がようやく途切れたところで、私はこう訊ねた。
「これまでの話で、私の噂を流したのがフリュードではないことがわかったわ。疑ってごめんなさい。
そして彼一人で辛い思いをさせてしまってごめんなさい。
でも、王太子殿下にお願いした仮の姿って一体何のことなの?」
おおよその見当はついていた。だからこそ私は、フリルに向かってフリュードのことを謝罪したのだ。
二人が双子のはずがない。
二人は一人だわ。
デビンに「誘惑魔法」を掛けられていた三か月間、私はあの男の言いなりだった。
それでも可愛らしく甘えたり、縋ったりすることはなかった。
しようと思ってもできなかったのだ。頭の中ではデビンが好きなだと認識していたのに、心がそれを拒否していたからだ。ツンデレを装っていたのもそのせいだった。
頭と心の求めるものが違っていたせいで、私はずっと苦しくてたまらなかった。
だから、混乱して正気をうしないそうになると、無意識に胸のペンダントを握りしめていた。そうするとなぜか心を静まったからだ。
そして学園に入学して二か月後にその魔法が解かれたとき、その開放感といったら例えようがなかった。
まあ直ぐ様現実を思い出して暗澹な気持ちになったけれど。
それでもペンダントに触れると必ず温かな気持ちになれた。
だからこそ、この温かな気持ちになれるうちは、アリス様やフリュードが私を忘れないでいてくれる。そんな気がしていたのだ。
そして二年半経って、いくら探しても見つからなかったフリュードを見かけた、とラルフから聞かされた時は心底安堵したわ。
私に復讐するために舞い戻って来たのだと言われても。
だって嫌われても復讐されても当然だと思っていたのだから。そんなことよりも、彼に忘れ去られてしまうことの方が私は怖かったから。
フリュードは誰よりも賢くて強かったから、一人でも暮らしていけると思っていた。
だから、彼が屋敷を出て行った後も私はあまり心配をしていなかったのだ。
それに、もしフリュードに何かあったらネックレスがそれを教えてくれると信じていたし。
アリス様から贈られたあのお揃いのペンダントは繋がっているのだ。それゆえに、相手が何か危険な状態に陥ると玉が震える。そして不思議な声が聞こえてきて、相手の状態や居場所を教えてくれるのだ。
だから子供の頃、私が森の中で迷子になったときは彼がすぐに見つけてくれた。
そしてフリュードが愛犬とともに岩の裂け目に落ちたときは、私がそのことにいち早く気付いて助けを呼ぶことができたのだ。
私が熱を出せばすぐに見舞いに来てくれたし、彼が怖いご令嬢達に囲まれたいたら、私がすぐに助け出したものだわ。
でも、ペンダントを与えられる前から、フリュードは一週間私に会えないだけで、私のことをすごく心配したのよ。
風邪を引いたんじゃないか、嫌なことがあって精神的に参っているんじゃないかって。
そんなフリュードが私の前から突然姿を消して、そのまま消息不明になったことが正直信じられなかったわ。
たとえ私が婚約者にあのデビンを選んだことに腹を立てていたとしても。
でも、私から離れていてもどうして彼が平気でいられたのか、ようやくわかった。
「フリュード、貴方は私の側にずっといてくれたのね。
ごめんね、貴方だけに寂しくて、辛くて、苦しい思いをさせてしまって」
私はフリルの両手を取って、彼の澄んだ濃紺色の瞳を見つめながらそう言った。
フリュードの水色の瞳とは色が違うけれど、その愛情のこもった瞳は彼そのものだった。
これまで直視したことがなかったから気付けなかったけれど。
フリュードは瞠目したまま、涙を溢れさせている私の瞳を見つめていた。
しかし、やがて彼の瞳からも涙が一筋すぅーっと流れ落ちたのだった。




