第40章 連携関係
私とデビンが婚約したと知らされてからというもの、王太子は苛々し続けていたらしい。
そして一週間を過ぎようとしていたころ、執務室をただ歩き回っていた王太子は、侍従から来客が来たと告げられたそうだ。
追い返そうとしたのだが、その訪問者が幼なじみのマードックだと聞いて通すようにと命じた。
マードックは辺境に住む、とある伯爵と王妃の一番信頼していた侍女との間に生まれた嫡男だそうだ。
社交で王都のタウンハウスに滞在する際に、幼少のころからよく共に過ごした気の合う幼なじみだ。そして数少ない信頼できる友人の一人たという。
それゆえに、今現在彼はほとんど顔パスで城に出入りすることができた。
王太子に与えられた認証用の特殊指輪をはめた左手を、裏門から続く建物の扉にある道具に差し込むだけで。
もちろん危険物や不審物のチェックは厳しくされるのだが。
執務室へ入ってきたのは赤髪に緑色の瞳、そしてそばかす顔の少年だった。
「殿下、マックスは元気にやっていますか?」
マードックは、一礼した後で、こう訊ねた。
すると、それを聞いた殿下は瞠目し、いきなり頭を下げたそうだ。
「すまなかった! 私が甘かった」
なんとそのマードック卿とはフリュードの仮の姿だったらしい。
そう。野犬に襲われていたところを助けられてから、王太子とフリュードはずっと交流をしてきた。
しかしそのことは両親や重臣達にバレないようにしていた。
こっそり視察に出かけて、野犬に襲われたことが世間に知られたら、侍従や護衛が罰せられてしまうからだ。
しかも、野犬に襲われて二つも年下の子に助けられたなんて、王太子としてみっともないと思ったからだ。
そのために王太子は、三つだけ授与された認証用の特殊指輪のうちの一つをフリュードに渡して、もし王宮に来る時はマードック卿の振りをするようにと言ったのだった。
マックスとは、以前フリュードが王太子の誕生にプレゼントした、護衛犬にするための魔犬の名前であり、それが二人の合言葉らしい。
魔犬の名前はよほど信頼関係のある者でしか秘匿とされているからだそうだ。
(え〜! それも喋ってしまっていいの?)
ちなみに本物のマードック卿とフリュードも顔なじみだという。そしてマードック卿はフリュードの崇拝者らしい。
なぜ年下の彼をマードック卿が敬っているのかというと、王太子が野犬に襲われたとき、彼も同伴していたからだ。
自分は王太子を守るどころか、野犬が怖くて粗相をしてしまった。
それなのに、まるで天使のように美しいまだ年端もいかない子供が、自分よりも体格のいい大型犬を自由自在に操って助けてくれた。
その姿は正しく聖獣を操る精霊王のようで見惚れたのだという。
それにしても、王宮の警備体制はそれでいいのかと、思わず突っ込みを入れたくなった。
まあ、大事なのはそこではないのだけれど。
謝罪を繰り返す王太子にフリュードは怒ることなく、自分は世話になっていたサンドベック伯爵家から出てきた事実を告げた。
しかし、それは決してルナシーに裏切られたからなどではない。彼女はデビンに魅了系の魔法を掛けられたのだ。彼女は悪くない。我が家の被害者だと。
しかしその掛けられた魔法が何なのかを調べないと対処できない。だからそれを調べつつ、陰からルナシーを守りたい。
そのために仮の身分を与えて欲しいと王太子に願い出たのだと言う。
そして、デビンを含むバルガーニ侯爵家について調べて欲しいと訴えたのだという。
王太子はその時初めて、フリュードと初めて会った五年前ほど前から、灌漑事業や農地改革に反対する貴族について密かに調べていた事実を告白してきたという。
そしてこの国の害悪にしかならない国王をできるだけ早く王座から引き摺り落とし、側妃やその実家、その関係者の罪を明らかにして排除したい。
だから協力をして欲しいと逆に懇願されてしまったらしい。
もちろん、その断罪対象の中にはバルガーニ侯爵家も含まれていた。
彼らを捕まえた後は、フォーケン領の統治をフュードとサンドベック伯爵令嬢に委ねると念書を書くとまで王太子は言ったという。
だからこそフリュードはその話に乗ったらしいのだ。
デビンとエバーナ王女の仲が深まり、側妃とパロット侯爵家がバルガーニ侯爵家と頻繁に接触していることに気付いた王太子は、絶対にフォーケン領を略奪する算段をしているに違いなと王太子は考えていた。
そこで、フリュードにパロット侯爵に接近するように頼んだようだ。
「今の自分は既に平民で、今さら領主になれるとは思っていない。
しかし、それでも先祖代々の領地に愛着があり、領地のために働きたい。
貴方方も将来あの土地を手に入れたいのなら、領民を掌握し、農業のノウハウを指導してくれる人材が必要となるでしょう。
それなら私が適任者だと思いますよ」
フリュードはそう自分を売り込んだのだという。
農業の技術や経営の知識を持っていなかったパロット侯爵は、すぐにその話に乗ってきたそうだ。
当時、パロット侯爵とバルガーニ侯爵は王太子の睨んだ通り、すでに当主選定選挙を計画していて、フォーケン領を自分達の支配下に置こうと目論んでいたのだ。
そのために当然サンドベック伯爵令嬢の評判を落とさなければならない。
今後の支配を考えれば、特にフォーケン領に住む人々に彼女への悪感情を抱かさなければと考えたようだ。
フリュードがあの裏切り者のベルーガ=ヘンドリーと接触していたのは、パロット侯爵の命令で、彼を仲間に引き込むためだったのだという。
パロット侯爵はフリュードにこう言ったそうだ。
「何と言っても君の領内の人気は絶大だ。その君がサンドベック伯爵令嬢を悪し様に言えば、すぐに彼女の評価は下がるだろうと。
ただでさえ彼女はデビンに一目惚れして、幼なじみの君を裏切ったのだから、かなり領民に憎まれているだろうからね。
君だってこれで少しは溜飲を下げられるだろう?」
フリュードはパロット侯爵を殴り倒してやりたくなったが、必死にそれを堪えたのだという。
(ルナシーがあんなクズ野郎に一目惚れなどするわけがないだろう。
自分の姪だって誘惑魔法を使われているのに、そのことにも気付かないなんて馬鹿なのか!
魔法について少しでも学べば、デビンに対して危機感を抱けただろうに。
絶対にこいつらを許さない)
そう怒りながらも何故彼の指示に従ったのかといえば、この際、フォーケン領の膿を出し切ろうと思ったからだそうだ。
私がベルーガ=ヘンドリーに対する疑惑を指摘したとき、アニスが手柄欲しさに敵に突撃したために、証拠を全て消去されてしまった。
そのせいであの男やその関係者を罪に問うことはできなかった。
だからこそ、今度は彼を利用しようとフリュードは考えたそうだ。
彼は私利私欲で動く。上手い話を持ち掛ければ生まれ故郷や主、そして仲間だろうが簡単に裏切るに違いないと。
「君の悪評を流すのは辛かった。
しかし、これまでの君の功績を認めて感謝しているものは、そんな嘘は信じないはずだ。
それを真に受けるやつらはあの地から追い出してやる」
そう、フリュードは思った……らしい。




