第4章 疑惑と追及
「バルガーニ侯爵令息様、この三年の間ずっと勘違いされていたようですが、私は『ツンデレ』気質ではないのですよ。
ですから、私は貴方様に関することで嫉妬したことは一度もございませんの。
だってエバーナ王女殿下とバルガーニ侯爵令息様はとてもお似合いですもの。むしろ、応援していましたのよ」
「ツンデレとはなんだ!
いや、それより、王女殿下とのことを応援していただと?
嘘をつくな!」
デビンは目を剥いてそう叫んだ。私が負け惜しみでそう言ったと思っているのだろう。
たしかにこれまで私は、デビンがご令嬢方にちょっかいを出そうとすると、すぐにそれを咎めていた。
だからそれを嫉妬しているせいだと思っていたのだろう。しかし、それは違うのだ。
もちろん迷惑がっていたご令嬢方のためであったのだが、自分のためでもあったのだ。なぜなら、デビンには王女殿下一筋でいてもらわないと困る理由があったからだ。
「私がご令嬢方に嫉妬していたというのは、本当に大きな誤りですわ。
先ほども申しました通り、私は貴方とエバーナ王女殿下の仲を心から応援しておりましたのよ。
ですから貴方が他のご令嬢方と親しそうにして、王女殿下が焼きもちでも焼かれたらお気の毒だと思ったのです。
ですからそれを防ごうと思っただけですわ」
「なんだと!」
「その証拠に、貴方と王女殿下が一緒にいらっしゃるところに遭遇しても、私、嫌味を言ったり、泣き喚いたりしたことは一度もありませんでしたわよね?」
私の言葉にデビンは今初めて気付いたかのように、ぽかんとした。
しかし、それでも必死に気持ちを奮い立たせてこう言った。
「つまり、君は僕を深く愛しているがゆえに、僕の幸せだけを考えて、嫉妬さえ凌駕していたということか!」
斜め上の彼の発想に、一瞬思考が止まりかけた。しかしどうにか気を取り直してそれに頷いて見せた。
オルガとゾイドの怒りは頂点に達しそうだったけれど、私に掛けられた「誘惑」の魔法が消えていることを悟られては困るから、視線だけで二人を制止した。
「貴方のおっしゃる通り、これまで私は貴方様をずっとお慕いし、幸せを心から祈ってきたのです。
ですから貴方様が私との婚約を破棄して、王女殿下と結婚すれば幸せになるというのでしたら、私もそれを望みますわ。愛するとはそういうことですもの」
私のこの言葉にデビンは今度こそ固まった。そしてその後、それはもう満足気に頷いた。
しかし、彼の侍従見習いの方は納得していなさそうな顔をしていた。
そりゃあそうでしょうね。端から見たらわかるわよね?
私がデビンを少しも慕ってなどいないことは、これまでの私の態度や顔の表情を見ていれば。
それにそもそも彼の侍従のラルフ=ガストンは、実は私の友人なのだから。
ラルフ本人は、自分のことを私の配下だとか信者とか言っているけれど、彼は優秀で信頼できる人物だ。私は彼とは対等な関係だと思っている。
本音を言えば、弟のように可愛く思っている大切な存在だ。
彼は元々フォーケン伯爵家の執事の息子だったので、彼の姉のアニス共々幼い頃からの知り合いだ。
フォーケン伯爵が亡くなった後、彼の父であるガストン男爵は、バルガーニ侯爵家の執事に迎えられた。
元々彼が執事として優秀だったこともあるが、バルガーニ侯爵家は親戚筋であるフォーケン伯爵を助けなかったということで、世間の評判を悪くしていた。
そのため少しでも世間体を良くするためでもあった。
こうして父親と共にバルガーニ侯爵領に移り住んだ姉のアニスは侍女、そして弟のラルフは侍従見習いとなったのだ。
もちろんそれはまだ学業の合間のことだったのだが。
ラルフはフォーケン伯爵家のために尽力していた私を慕ってくれていた。
だからあの婚約者選びの日、私がフリュードではなくてバルガーニ侯爵家のデビンを選らんだと聞いても、私の本心ではないとずっと信じてくれていたのだ。
姉のアニスの方は、私を裏切り者だと激しく罵ったというのに。
そして、ラルフはデビンのことを怪しんで侍従見習いの立場を利用して彼を密かに探ってくれた。
その結果デビンの持つ潜在魔法を突き止めてくれたのだった。
「いつもテビン様は魔力無しの僕達のような者達を見下して馬鹿にしていたのです。
そのくせに、自分の潜在魔法については絶対にそれが何なのかは言わなかった。
だから本当は魔力無しなんじゃないかってみんな疑っていたのですよ。
ルナシー様がおかしくなったのも、魔女に怪しげな薬でも作らせて、それを飲ませたのではないかと噂していたのです。
ところが実際は魔力無しどころか、禁忌の潜在魔法持ちだったのです。
デビン様が潜在的に持っている魔法は、なんと我が国では使用を禁止されている『誘惑』だったのですから。
『誘惑』の魔法なんて魅了魔法と同じ、人の心を操る悪の力ですよ。
道理で何の魔法か我々使用人に教えなかったわけですよ。
そしてそれをルナシー様に使用したなんて、言語道断ですよ」
ラルフは休みの日にわざわざ我が家の王都の屋敷にやって来て、憤りながらそう教えてくれたのだった。
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デビンは眉間にしわを寄せながらこう言った。
「それにしたって、一度も嫉妬したことがないとはどういうことだ。君自身が僕を婚約者に選んだというのに」
自分で『誘惑』のスキルを掛けておきながらそれを忘れているのか、デビンがとんでもないことを言い出したので、私は怒りよりも哀れみを感じてしまった。
(たった三年前のことなのに、自分のしたことも忘れてしまうなんて、もしや健忘症に罹っているのではないのかしら?
すぐにお医師に診て頂いた方がよくない?)
「そうだったでしょうか? 申し訳ありません。当時の記憶があまりありませんの。健忘症かしら……」
「健忘症とはなんだ?」
「物忘れや記憶障害のことですわ」
「その年で物忘れなどするものか!」
「そう言われても、私、あの日何故デビン様を婚約者に選んだ時の記憶がございませんの。
私、フリュード様とは幼なじみでずっとお慕いしておりましたの。もちろん片思いですわ。
まあ、怒らないでくださいな。こう言ってはなんですが、あの方ほど素敵な方はいらっしゃらないでしょう?
あの方を見て好きにならないご令嬢がいるとは思えませんから、私を責めるのはお門違いだと存じますわ。
それなのに、気付いたときには貴方に夢中になっておりましたの。なぜでしょうか?
てっきり貴方から優しい言葉とか、愛の言葉を頂いたせいなのかと思っていたのですが、違ったのでしょうか?」
私はコテッと首を傾げなから訊ねた。
すると、デビンは私の言葉にハッとして、ここでようやく自分で私に「誘惑」の魔法を掛けたことを思い出したらしい。
そして、バレたら自分が困ることに気付いたようだった。馬鹿過ぎる。
「たしかに君はフリュードに好意を持っていたかもしれないね。
しかし、君は自分では彼に釣り合わないと悩んでいたのだよ。たから私を選んだのだと思うよ」
彼が焦りつつももっともらしい説明をしたことに、私は称賛し手を叩きたくなった。
もっとも、嫉妬と怒りの籠った顔をしていたのでは意味がないが。
無駄にプライドが高いので、自分がフリュードに劣ると認めるのが本当は悔しくて堪らないのだろう。
ところが、ここで予想外の事が起こった。
私とデビンのやり取りを聞いていた彼の侍従であるラルフが、主に向かってこう叫んだのだ。
「もしかして、デビン様の潜在魔法って我が国では使用を禁止されている『誘惑』だったのですか! いや、それとも『魅了』ですか?
道理でどんな魔法を持っているのか我々には教えられなかったはずですね!
でも、それをサンドベック伯爵令嬢に使用したなんて、とんでもないことですよ」
「ち、違う。私はそんな魔法は使っていない」
デビンは真実を言い当てられ焦って否定したが、ラルフは完全に疑惑の目を彼に向けていた。
「使用禁止魔法ではないのならどんな潜在魔法をお持ちなのですか! 見せてくださいよ。
貴方は魔力無しの私達のような者をいつも見下して馬鹿していましたが、本当は自分だって魔力を持っていなんじゃないですか!」
するとデビンはこう叫んだ。
「容易く自分の潜在魔法を教えるわけがないじゃないか。他人に利用されたらどうするのだ?」
するとラルフは冷静にこう要求したのだった。
「それならば、潜在魔法でなくていいので、何か魔法をて見せてくださいよ」
と。
・『潜在魔法』とは、生まれながらに有する能力で努力せずに使える魔法のこと。後天的に訓練して身に付ける魔法とは一線を画す。
・『誘惑魔法』は異性に自分を好きにさせる魔法。
・魅了魔法』は万物に対して自分に心酔させる強力な魔法。




