第39章 王太子の葛藤
フリュードとフランク王太子はその後、自分の親達にも内緒で交流をしていたらしい。
手紙だけでなく、殿下はお忍びでフォーケン伯爵領にやって来たし、社交シーズンにはフリュードもフォーケン伯爵と共に王都へ向かい、こっそりと会うこともあったという。
王太子はフリュードからフォーケン伯爵領の抱えている不安要素を聞いて、早急にテコ入れをしないと復興が難しいことを理解した。
そしてこれ以上異常気象が続いたら大飢饉となって食糧難に陥り、最も多くの人口を抱えた王都では間違いなく餓死者が出る事態になるだろう。
彼は父親である国王や宰相、並びに関係大臣に、厳しい現状と将来への不安要素について資料を基に説明した。
その上でフォーケン伯爵やサンドベック伯爵の上申を検討して欲しいと訴えた。
ところが、当時は皆隣国との攻防に備えるための防衛を重視するタカ派の勢力が強かった。
そのために、地味な農地改革とか灌漑事業に関心を示すものはいなかったそうだ。
目先の華やかなものばかりに目をやり、国の土台となるべく農業やインフラ整備には見向きもしない。そんな愚かな父親やその臣下達に王太子は絶望したという。
そして初めてできた友人との約束も守れない、何の力もない自分に嫌気が差してやけになりかけたという。
しかし、そんな時母である王妃殿下にこう諭されたという。
人を変え、何かを成し遂げることはそう簡単なことではない。
だからといって、上に立つ者は自分の信じる目標や理想を易易と諦めてはいけない。
辛抱強く水面下で準備を整えて、忸怩たる思いを抱えながらでも時節の到来を待つ忍耐力も必要だ。
知識を増やし、仲間や協力者を作り、計画を立て、それを着々と進めていく。それが成功させる秘訣だと。
そしてその後、王太子殿下の危惧していた通りになった。
異常気象が続いて大飢饉が起こり、国王や宰相、重臣達は大混乱に陥った。
なんの心構えも対策もしていなかったために、その場しのきの対処しかできず、全てが後手に回って、王都では餓死者まで出る有り様に陥った。
そのような時に備えて王都には食料を備蓄していたはずなのに、倉庫の中がスカスカだったからだ。
このことに誰もが愕然とした。
王太子もまさかそこまで重臣達が腐っていたとは思わなかった。
最悪の場合を想定していたので、母親である王妃を通して、近隣諸国から食料をできるだけ安価に輸入できる手はずは整えてあったとはいえ。
最善を尽くしたが、少なからず餓死者を出してしまったことに王太子は心を痛めた。
そして、こんな事態を引き起こした者達を決して許しはしない。そう固く決意したのだという。
その後王太子は影達に、備蓄倉庫の中身を勝手に流通させた者達について調査をさせた。
それと同時進行で、輸入品に密かに関税を掛けて値を釣り上げたのが誰なのかを。
本来王家の影は国王の命にのみ動く。
しかし、王が何も命を下さなかったせいで、この十数年、彼らは王族の見守りばかりで、国政に関わる任務を行っておらず、不満を溜め込んでいた。
そのために影達は王太子の命にすぐさま従ったらしい。
(えっ、それって国家機密よね? 聞きたくなかったわ!
つまり影さん達もすでに国王を見限って、王太子に忠誠を誓ったということじゃないの。
つまりクーデターってこと?
お父様や脳筋のロビンお兄様まで青ざめているわ)
国王や宰相、各大臣達が右往左往して手をこまねいているうちに、王太子と王妃は次々と救済措置を指示して人々を助けた。
そのことで市井の人々だけでなく貴族達からも感謝された。
お二人は、その能力の高さに感銘を受けた者達から次第に支持されるようになっていった。
サンドベック伯爵がフォーケン伯爵領の復興支援を国に要請したとき、それが受け入れられたのは、王妃と王太子がそれを後押ししてくれたことで、多くの貴族がその提案を支持してくれたからだった。
それでも、王太子は自責の念に苛まれていたそうだ。
親友で命の恩人でもあるフリュードの家の窮状を知りながら、結局何もできず、彼の父を過労死させてしまった。
しかも、彼の家を借金塗れにして没落させ、平民にしてしまったのだから。
とはいえ、後悔だけをしていても何の意味もなさない。今後何をできるかを考えないと。
王太子は無理矢理にそう頭を切り替えたそうだ。
サンドベック伯爵に協力することでできるだけ早くフォーケン伯爵領を復興させ、フリュードに返そうと。
ところが想定外の事態が起こった。なんと愚王が、フォーケン領の領主は、復興に尽力したサンドベック伯爵の娘の、その女婿とすると宣言したのだ。
そしてその婿となる人物は、今は亡きフォーケン伯爵の一人息子であるフリュードか、その親戚筋のバルガーニ侯爵令息のテビンだという。
報奨とは名ばかりのサンドベック伯爵家への嫌がらせの何物でもない。
報奨というのなら、サンドベック伯爵家の次男を領主にすればいいだけの話ではないか。
何故そんなことを言い出したのか、その理由は明白だった。側妃の実家のパロット侯爵の策略に決まっている。
サンドベック伯爵の提言がきっかけで、莫大な寄付金という名の賠償金を支払わされたことに対する逆恨みに違いない。
パロット侯爵家がバルガーニ侯爵家と繋がっていることは、備蓄倉庫の中身を勝手に流通させた者を調査している時に判明していたからだ。
ただ、全ての罪状を調べ上げるために泳がせていたせいで、まさかこんな結果を生むとは。王太子は歯軋りをして悔しがった。
それでも、その時はまだ救いがあると思っていたのだ。
サンドベック伯爵の娘は絶対にフリュードを選ぶと思っていたからだ。
しかし、その時疑問に思うべきだったのだ。
テビンが婚約者に選ばれる可能性などない。誰の目から見ても分かりきっていたのに、なぜそんな勝ち目のない提案を国王がしたのかと。
婚約者選定の日、影からフリュードが選ばれなかったと聞いた王太子は、愕然としてしばらく棒立ちになったままだったという。
信じられないことが起きて、頭が理解することを拒否していたのだという。
テビンがフリュードに勝っている点なんて、家の爵位くらいじゃないか。
それ以外の性格や体格、運動神経、頭、容姿……全てフリュードの方がずっと優れている。だからサンドベック伯爵令嬢がデビンに一目惚れするなんてとても考えられないと思ったそうだ。
まあ、そうでしょうね。普通じゃあり得ないわ。
すると、その影という王家の諜報部の方がこう言ったそうだ。
「あのデビンという男は魔力持ちだったようです。しかも禁忌魔法でしょう。
彼が何か魔法を発動したことを確認しました。
その途端ご令嬢の様子が一変し、トロンとした目でデビンという男を見つめていました。
それ以前はどちらかというと、嫌悪するような目で見ていたというのに。
きっと魅了系の魔法でしょう。国の法務部にはそんな報告書は提出されていませんが」
やられた! やられた! やられてしまった!
疑問を抱いたのにそれを無視してしまった。私はまだこんなに甘い人間だったのか。
どうすればいいのだ。今度こそ友人に見限られる失敗をしてしまった。
なんとしても令嬢とデビンの婚約を阻止しなければならない。
それに令嬢に掛けられた術を早く解かなければ、と王太子が思考を巡らせていると、影が忠告したという。
「人の掛けた魔法を勝手に解くと、掛けられた者に何らかの後遺症の出る恐れがあります。それをお忘れなく」
と。
影の皆さんは当然魔法認定指導員の資格を持っているらしい。
しかし、さすがに希少な禁忌魔法である「誘惑」魔法の解除方法についてまでは知らなかったみたいだけれど。
それを聞いて王太子は頭を抱えてしまったそうだ。




