第38章 王太子との出会い
「ラルフって、あのアニスの弟のラルフか? あんな女の弟の言うことなんて信用できないんじゃないか」
ロビンお兄様の言葉に「失礼ね、お兄様のことより彼の方がよっぽど信用できるわ」と私が反論しようとしたとき、なんとマリエット様までそれに同意した。
「あの子と姉の関係がどんなものなのかは知らないわ。
けれど、あの子は私同様にルナシー様の信者だから、ルナシー様に不利益になるようなことだけは絶対にしないと思うわ。
それに頭もいいから、その馬鹿な姉に騙されたとも考えにくいですね。
でも、その情報に関しては私も怪しいと思いますわ。
なんといっても彼は思春期真っ只中ですから、理性より感情が勝って、自分にとって都合のいい話を無意識に信じ込んでいるような気がするので」
たしかにラルフはマリエット様より二つ年下だけれど、完全にお子様扱いだわね。
しっかり者の彼は年より大分大人びているし、今では私と対等なポジションにいるのだけれど。
「都合のいい話を無意識に信じ込んでいる、とはどういう意味ですか?」
フリルの質問にマリエットはニコッと笑うと、とてもあり得ないようなことを言い出した。
「おそらくあなたと同じですよ、フリルさん。
本人はルナシー様のことを大事な友人なのだと本当に信じ込んでいるのでしょう。
ところが、それは本人が気付いていないだけで、異性として大切な人だと思っているのだと思いますよ。
だからこそ無意識にルナシー様の思い人に悪意というか敵愾心を抱いて、ルナシー様から遠ざけようとしているのだと思いますよ」
フリルとラルフが私を異性と見ている?
そんなことがあるわけじゃないの。こんな色気無しのサバサバ系の令嬢を。
そう、笑い飛ばしてやろうとしたのに、相変わらずの無表情だろうと思っていたフリルが、少し怒っている顔をしていた。
「まだ子供だと思っていて油断した。まさか、身近にこんな伏兵が潜んでいたとは。
あんなに可愛がってやったのに、とんだ裏切り者だ」
「あなた、ラルフを知っているの?」
「知っているよ。弟のように思っていたのに、甘かった」
昔からフリュードと繋がっていたというなら、フリルがラルフとも知り合いだったというのも頷ける。
しかし伏兵とか甘かったというのはどういう意味かしら?
フリュードに嫉妬して、私に誤情報を教えたというの?
私、彼より三つも年上なのよ? まさかラルフが本気で私を好きだと思っているわけじゃないわよね?
でも……彼は自分の姉を信頼できない人間だと言っていた。それなのに彼女の言葉を真に受けたのは、たしかに疑問だけれど。
まあ実際のところ、一緒に育った兄弟を心底嫌うなんてそうそうできないって、今なら私にもわかるけれど。
まあ、わざと嘘をついたのでないのなら、怒るつもりはないけれど、やはり思うところはある。
だって、悪口を言いふらされるほどフリュードに嫌われていると、かなりショックを受けていたのも事実だから。
嫌われても仕方ないと頭でわかってはいても、この半年はかなり辛かった。
でも、もしフリュードに嫌われていなかったとすると、マリエット様のいう通りに、もしフリルまで私のことを好きだとしたら複雑な心境だわ。
フリュードに嫌われていると思ったからこそ、彼を諦めようと思っていたのだし。
そしてその辛さを忘れるために無自覚にフリルに思いを向けようとしていたのだと思うし。
もちろん彼と友人の枠を越えて付き合うつもりなんてなかった。
そして彼に淡い思いを抱いたなんて認めたくなかったのだけれど。
私ってそんな多情な女だったのかしら。凄く自分が汚らわしい気がして落ち込むわ。
しかも二人、いえ三人の気持ちも本当のところはわからないのだから、もやもやして仕方がないわ。
この気持ちをずっと抱えていくのは耐えられないと私は思った。
だからこの際、はっきりさせようと思った。今日は卒業の日なのだから煩わしいことは全て今日中に捨ててしまおう。
「私の悪い噂を流していなかったというのなら、フリュードはなぜ裏切り者だと知っていたベルーガ=ヘンドリーと会っていたのかしら?
そして一体誰が私の嘘の噂を流したの?」
私の問い掛けに、フリルはようやく顔を上げた。そして私の目をしっかりと見た。
そこには、今日話したいことがあると言った時と同じ固い信念のようなものが見えた。
もしかしたら、最初からその話をしたかったのかもしれない。私はそう感じた。
やがて彼は静かに語り出した。それは驚くような真実だった。
フリュードは、我がコウルランド王国の王太子であるフランク殿下とは子供のころから面識があった。しかも彼は、なんと殿下の命の恩人だったというのだから。
幼なじみだというのに私はそのことを全く知らなかった。いや、みんなも知らなかったようで驚愕の表情をしていた。
フランク王太子は賢い王妃に似て幼い頃から並外れた知能とリーダーシップを持っていたのだという。
殿下は学園に入学する以前から、父親を凡庸以下の人間だと判断していたそうだ。
それゆえに、いずれ自分が国王になった時にすぐさま対処できるように、国の実情を把握しておこうと、早いうちから密かに国内を巡っていたらしい。
当然殿下は我が国の食料庫と呼ばれるフォーケン伯爵領にも、お忍びで訪問したそうだ。
その際、領地の干ばつの被害の様子を広範囲に見渡したい。
殿下は高台の見晴らしの良い場所へ行こうとして雑木林に入った。
ところがそこで野犬に囲まれてしまったそうだ。
当然警護の者達も側に付いていたが、いかんせん木々が生い茂り、長剣が操りにくかった。
しかも足下には根っこが広がっていて動きにくかった。
警護の騎士が二名ほど野犬に噛み付かれ、王太子も他の野犬に襲われかけた。
そんな危機一髪な状況の王太子を助けたのが、まだ十歳のフリュードだったという。
フォーケン伯爵家がちょうど野犬狩りをしていた所だったのだ。
どう見ても自分より年下のまるで少女のような子供に助けられ、その子が領主の息子だと知った王太子は唖然としたらしい。
そうよね。子供の頃のフリュードってそりゃあお人形のように綺麗だったものね。動いているのが本当に不思議なくらいに。
そんな妖精みたいな儚げな容姿をしていながら、自分より大きな犬の背に乗って森や林を走り回っていたっけ。
その姿を最初に見た人は皆、森の妖精と守護犬だと思って度肝を抜かれていたわ。
王太子もさぞかし喫驚したことだろう。
そしてフリュードより年上の自分が腰を抜かして怯えていたことを恥だと思ったらしい。
しかしそこは清廉潔白な殿下だ。自分の正体を明かした上で、このことは誰にも話さないで欲しいと懇願したらしい。




