第33章 卒業パーティー
教室に戻ると、私はクラスメイトの一人一人に最後の挨拶をして回った。
入学して一年ほどは皆によそよそしくされていた。
しかし、私がデビンを華麗にスルーして堂々と過ごしているうちに、情けなく男に縋る哀れな女のイメージは次第に払拭されて行ったみたいだ。
特にフォーケン領の領主選びの選挙運動をするようになってからは、皆が何かしら応援してくれていた。
「デビン様が領主に選ばれたら、また食糧難に襲われるかもしれないわ。そんなの絶対に嫌よ」
と言いながら。
デビンとの選挙が接戦にまで持ち込めたのは、そんな友人達の力が大きかったと思っている。
「ルナシー様はこれからどうなさるの?
やはりルナシー様が領主になられるのかしら?
だって惜しくも落選してまったけれど、デビン様はもう領主にはなれないでしょう?」
みんなが私の卒業後の心配をしてくれた。それがとても嬉しかった。
「どなたが領主になるのか、それはまだわかりませんわ。
そもそも領主候補者選びが陛下の独断だったので、適正なものだったとはとても言えませんもの。
ですから、これから改めて領主選びがなされるのではないかと思います。
ただし、私が領主になることはないと思います。
今後どうするかはまだ決めていないのですが、兄がゆっくり決めればいいと言ってくれていますの。
ですからじっくり考えてみようと思っています。
皆様にもご相談に乗って頂けると嬉しいですわ」
「もちろんですわ。でも私の相談にも乗って頂きたいわ」
「私も」「私も」
「勇気を出して勉強を教えて頂けば良かっと、ずっと後悔していましたの」
「私も」「私も」
最後の最後ですっかりクラスメイトと意気投合してしまった。
それを残念に思うより、今後のことがとても楽しみになった私だった。
「終わり良ければ全て良しって、まさにこのことね」
食堂で最後のランチを食べ終えた私は、午前の卒業式であんな大騒動の中心にいたというのに、鼻歌でも歌い出したくなる気分でフリルと再び講堂に向かった。
ダンスパーティーで彼にパートナーになってもらうのだ。
「それにしても、思いの外私って図太いわ。それとも、選挙活動で度胸が付いたのかしら」
「たしかにそれはあるかもね。
でも最後はヒヤヒヤしたよ。あいつにまた「誘惑魔法」を掛けられんじゃないかって。
あいつ、必死だったから何するかわからなかったからな」
「私はもう、あんな男に心配や同情する気なんてなかった。
だから、いくら泣き叫ぼうが、苦しもうが無視をするつもりでいたわ」
「そうか」
「でも、正直手を捕まれた時は危なかったわ。守ってくれてありがとう」
私は足を止めてフリルの顔を見つめてそう言った。彼は目を大きく見開いた後で
「そうか、今回は君を守れたんだ。良かった」
なぜか泣きそうな顔でそう言った。
今回?
その言葉に頭を捻った。前回は助けられなかったってこと?
一体何のことを指しているのかしら。
私はこの三年間、ずっと彼に助けられてばかりいたけれど。
周囲から遠巻きにされていた私に初めて声をかけてくれたのも、生徒会活動や勉強でわからないところを教えてくれたのもフリルだった。
そうそう、魔法認定指導員の資格を取れたのも、彼のおかげだったわ。
改めて振り返ってみると、教室や図書館、そして生徒会室でも、いつも一緒に過ごしていわね。
ただし男女が常に一緒にいたらどんな噂を立てられるかわからないから、二人の間にはいつも誰かを挟んでいたけれど。
名目上だけだったけれど一応婚約者がいたから、フリルは気を使ってくれていたのだ。
この年でこんなに気配りができる男子ってあまりいないわよね。どこかの誰かとは雲泥の差だわ。
どこかの誰かとは、元婚約者とか、父親とか、兄達だ。私の周りには本当にデリカシーのない無神経な男ばかりだった。
まあ、フリュードを除くと言いたいところだけれど、結局彼も私を信じてくれなかったし……
やめやめ。なぜまたフリュードのことを思い出したのかしら。
やっぱりパロット侯爵家やバルガーニ侯爵家の犯罪が明らかにされたからだろう。
フリュードはパロット侯爵家と関わっていたのだ。彼は大丈夫なのかしら。
私が突然黙り込んだので、フリルが心配そうな顔をした。
いつも無表情なフリルだけれど、さすがに三年も一緒に過ごせば、微妙な感情の変化を読めるようになった。
「何が心配なんだい? 卒業後のこと?」
私は首を横に振った。
「さっき教室でみんなの前で言ったと思うけれど、これからのことはゆっくりと考えるつもり。
だから、自分のこの先のことはあまり心配していないわ。
だけど、幼なじみのことが少し心配なの」
「元フォーケン伯爵令息の?」
「そう。ほら、あの家に関与していたから大丈夫なのかなって」
「彼は君を裏切ったのだろう? そんな彼のことを心配するの?」
フリルが怪訝そうに訊ねてきたので私は頷いた。
「だって大切な幼なじみだし、そもそも自分が裏切ったせいなのだから彼は悪くないわ」
すると彼は不満そうな顔をして「君は悪くない」とぼそっと言った。
それがとても嬉しくて、さらに気分が上昇した。
せっかくの卒業ダンスパーティーなのだから楽しまないと損だわ。そう思い直した私だった。
私はフリルにエスコートされて講堂の中に入った。すでにそこにはたくさんのカップルがいた。
婚約者同士だったり、親子だったり、兄妹だったり…様々だった。
女性の方の装いは皆私と同じようなフォーマルなドレスが多かった。
成人した男性の方は燕尾服がほとんどで、学生は略式スーツか学生服だった。
「ごめんね、こんな学生服で。本当は君に釣り合う格好がしたかったんだけど」
フリルが申し訳なさそうに言った。
「今日までは学生なのだから、それで十分じゃない。
それに貴方は美丈夫だから、何を着ていても素敵だわ」
私が正直な感想を述べると、フリルは珍しく真っ赤な顔をして、それを隠すように下を向いてしまった。
だからからかうようにこう言った。
「だめよ、下を向いていては。いい男は堂々と前を向いていないとね」
するとフリルは私を少し睨んで、
「からかうなよ」
と子供のように不貞腐れてそう呟いたので、思わず私は笑ってしまった。
私とフリルは二曲続けて踊った。
ダンスの授業の時はいつもペアを組んでいたので、とても踊りやすかった。
心から楽しいと思った。
幼いころ、両親達がホームパーティーで踊っているのを真似して、フリュードと好き勝手に踊っていたときと同じくらいに。
彼とは正式な場で一緒に踊ることはなかった。
けれど、フリルとはこうして踊れて本当に良かった。一生の思い出になると思うわ。
普通なら、令嬢は十六歳から十八歳の間にデビュタントとして舞踏会に招待される。
家庭で教育を受けている者は早い年齢で招待されるけれど、学園に通っている令嬢は、大概が学園卒業後になる者が多い。
だから私もまだ社交界デビューをしていないのだが、おそらくこのままデビューすることはないと思う。
そもそも、母親や母方の親族の女性が舞踏会に参加する準備を整えてくれなければ、デビュタントとして招待されないのだ。
母はすでに亡くなっているし、母方の親族には親しくしているご婦人がいないので参加できる可能性はかなり低い。いや、ないわ。
仮に父や兄達が手配してくれていたとしたら、とうの昔にドレスの採寸を取りに誰か来ていたはずだもの。
デビュタントを経験していないような令嬢が、貴族として真っ当な社交なんてできやしない。
故にこれが最初で最後の公のダンスパーティーとなるわね。
フリルと一緒に踊る機会ももうないだろう。
そう考えると、少しだけ淋しさが募ったが、これからは生きる世界が違うのだから仕方ないと思った。
だって今はまだ平民だけれどフリルはかなり優秀だ。王太子殿下の側近に選ばれて今後成果を出したら(今回の件ですでに出しているわよね)、おそらく貴族の家に養子として迎え入れられるか、いずれ叙爵されるわよね。
そうなったら私は彼と気安く付き合えなくなるだろう。だって私は平民になるつもりだから。
最初の微ざまぁが終わりましたが、話はまだ続きます。
そして最後の方にまた微ざまぁがあります。
(作者は怖がりなので、基本大きなざまぁはないですが……)
これからも読んでもらえると嬉しいです。




