第32章 途中退場者
デビンは吹っ飛んで床の上に倒れ、意識を飛ばした。
しかし、泣き叫びながら抱き着いてきたエバーナ王女に激しく揺さぶられて目を開けた。
そして上半身を起こすと、フリルに向って指を差して叫んだ。
「平民のくせに貴族を殴るなんて重罪だぞ。護衛騎士の皆さん、どうかこの犯罪者を即刻縛り上げてください」
「早く捕まえて。王女である私の婚約者に暴力を振るったのよ。
何をしているのよ。早く!」
王女もヒステリックに叫んだ。
しかし誰一人動こうとする者はいなかった。
そんな騎士の方々に向かって私はこう言った。
「騎士様、どうかあの男を捕まえてください。あの男の方こそ禁忌魔法を使った犯罪者です」
思いもよらず私に指を差されたデビンは、喫驚した。
「なんの禁忌魔法なのですか?」
護衛騎士の問いに私は「誘惑魔法」ですと答えたが、それに被せるように
「嘘だ。彼女はいい加減なことを言っている。僕はそんな魔法なんて使えない。学園に聞いてみてください」
とデビンが叫んだ。
すると学園長がアラード司祭長と共に現れてこう言った。
「こちらにいらっしゃるのは、フォーケン伯爵領内にある礼拝堂の司祭長であられる、アラード様です。
以前はバルガーニ侯爵領にあった礼拝堂の司祭をなさっていたそうで、君の潜在魔法検査の結果をお持ちだそうですよ」
それを聞いたデビンは信じられないものを見たという顔で、司祭長を見上げた。
しかし、彼は司祭長様の顔に見覚えがないように見えた。おそらく礼拝堂にはまともに通っていなかったのだろう。
「確かに私どもはこちらの方の潜在魔法検査の結果表を礼拝堂で預かっています。
間違いなく彼の持つ潜在魔法は、滅多にない「誘惑」という禁忌魔法です」
アラード司祭長の言葉に嘘だとまたデビンが叫んだ。
講堂中がこれまでの中で一番騒がしくなり、近くにいた卒業生達の多くが、彼から距離を取ろうと移動した。
そして、こそこそとみんなが話し出した。
「サンドベック伯爵令嬢が入学当初バルガーニ侯爵令息に熱烈に尽くしていたのって、その魔法のせいだったんじゃない?
普通あんなに浮気している婚約者に尽くしたりできないもの」
「そうよね。生徒会役員にも選ばれるようなサンドベック伯爵令嬢が、遊び人で成績も悪い侯爵令息のことなんて普通好きになんてならないわよね」
「それじゃあ、王女殿下もそうなんじゃないの?
あんなわがままで男好きだったのに、いくら見目が良いからといって、それほど能力もない侯爵家の次男に夢中になるなんて信じられなかったのよ」
「私もそう思っていたわ」
「確かに言われてみればそうだな」
「えっ? それじゃあ、私もその「誘惑魔法」を掛けられていたのかしら?
今振り返ってみたら、なぜあんな女好きで顔だけの人を好きになったのかわからないんですもの」
「私もそうだわ」
「私も」
そんな会話があちらこちらから聞こえてきた。
いやいや。最後の方々のやり取りを聞いた私は
(貴女達は誘惑魔法を掛けられたわけではなくて、単に面食いで男好きだっただけでしょ)
こんな緊迫した状態なのに、私は思わず突っ込みを入れたくなった。
でも、彼女達の会話を耳にして、極度に緊張していた心が少し緩んだ。
改めてデビンを見ると、フリルに殴られた頬に手を当てながら、そのまま床に尻もちをついていたが、ようやくよろよろと立ち上がった。
そしてアラード司祭長に向かって再び叫んだ。
「存在魔法の内容は本人と家族にしか告げてはいけないはずです。
この人は聖職者でありながらその掟を破っています。こんな罰当たりの戯言を真に受けるなんて、学園長はどうかしています。
僕はそんな禁忌魔法なんて持っていません」
しかし、アラード司祭長は淡々とこう反論した。
「そんな掟なんて存在していませんよ。
これまで単に私達が魔法持ち持ちの方々のためにと、勝手に配慮していただけのことですからね。
しかしその善意が悪用されたのなら黙っている方が罪になるでしょう。
禁忌魔法を勝手に使って他人を支配している犯罪者を見逃しては、被害者を苦しめることになってしまうのですから」
彼の言うことはもっとも過ぎて、それに対して異議申立てをする者はいないだろう。
自分がいつの間にか禁忌魔法を掛けられたらと想像しただけで、誰しも恐怖に感じるだろうから。
「君の存在魔法証明書を確認させてもらった。
君は間違いなく「誘惑魔法」持ちだった。それを君とご両親は学園に報告しなかった。
これは明確な規則違反だ。それ故に君の卒業資格は剥奪させてもらうよ」
学園長はそう言うと、彼の足元に転がっていた、卒業証書が納められている革製の茶色の筒を拾い上げた。
「そんな……」
デビンは手を伸ばして卒業証書を奪い返そうとしたが、両腕を左右から騎士達に捕まえられ
「禁忌魔法の不法使用の疑いで連行する」
と言われて引き摺られて行った。
でも私はそんな彼に背を向けてその姿を見ないようにした。彼の目を見て再び「誘惑魔法」を掛けられたら大変だから。
講堂の出入り口付近で彼は最後の雄叫びを上げたのが聞こえた。
「ルナシー、君はいつでも私の幸せを最優先に考えくれただろう。
だから、私を助けてくれ! ルナシー!」
そして他の女性の名前を呼ぶそんな男の後を、エバーナ王女が泣きながら追って行った。
その姿が「誘惑魔法」に掛っていることを、あからさまに証明しているようだった。
しかし、誰一人として彼女に同情している者はいないのではないかと思った。
これまでの彼女の行いがあまりにも酷かったので。
私はアラード司祭長と学園長の二人に向かって「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
しかし二人は頭を横に振ると却って謝罪されてしまった。
「あなたは彼に『誘惑魔法』を掛けられていたのだろう?
本来楽しく友人達と過ごせるはずだったのに、こちらの手違いで辛い学園生活を送らせてしまい、本当にすまなかった」
と。
お二人が私に謝る理由なんて全くないので、私は慌ててしまった。そしてこう言った。
「私が彼に『誘惑魔法』を掛けられたのは、学園に入学する前の、王命による婚約者選びの場でした。
ですから先生方のせいなどではありません。
私はこの学園に入ったことでたくさんのことを学び、経験し、大切な友人や先輩方を得ることができて、本当に有意義に過ごすことができました。
先生方や諸先輩方、同級生や後輩の皆様にも大変感謝しています。
三年間本当にありがとうございました」
私が再び頭を下げると、他の卒業生達も皆一斉に頭を下げるのが見えた。
すると在校生や父兄、来賓席から大きな拍手が湧き起きた。
そしてそれが収まると
「大切な卒業式に騒ぎを起こして本当に申し訳なく思っている。
午後のダンスパーティーでは思う存分楽しんで、そのうさを晴らして欲しい。
私からの詫びとして、アルコールを除く様々なドリンクを用意させてもらうので、自由に飲んでくれたまえ」
と王太子殿下が言ったので、卒業生達は大いに盛り上がったのだった。




