第31章 断罪の開始
そのデビンの言葉を聞いて、王太子殿下は大げさにため息をつくと、苦笑いを浮かべてこう言った。
「まさか本当にこちらの想定通りの回答をするとは、呆れて物も言えないよ。
しかし、残念だがこれだけは君に教えておかなければならない。
パロット侯爵家では君達の後ろ盾にはなれない。だから、自分達でどうにかする方法を考えくれたまえ。
半年様子を見よう。しかし、半年後に国が監査をして君達では当主は無理だと判断したら、君達には当主の座を降りてもらう。
半年では短過ぎると言いたいかもしれないが、何度も言うようだが、あそこは我が国にとって重要な食料庫と呼ぶべき土地だ。
いくら国民に信託された領主とはいえ、まだ若い二人を気長に見守っている余裕などないのだよ。
再び不作や凶作になりそうになった場合は、迅速に対策をとらないと、再び食糧難に陥って餓死者を出しかねないからね。
それに、ようやく復興してきた農地を再び廃れさすわけにはいかないのだ。
それくらい君にも理解できるよね?」
淀みなく王太子が話し続けたので、デビンは不満を抱いても口を挟めなかった。
そしてそれを聞いているうちにようやく彼も少し焦り始め、王太子の言葉が途切れたところで慌てて質問をした。
どうしてパロット侯爵家が自分達の後ろ盾にはなれないのかと。
(パロット侯爵家はエバーナ王女の母親である側妃の実家であり、国の有力貴族の一つだ。
今回の領主選挙だって応援してくれていたし、子爵位も譲ってくれると確約してくれているのだ。
そもそも僕がフォーケン領の当主になる話だって、パロット侯爵が言い出した話じゃないか!)
とでも思ったに違いない。ところが残念だったわね。
私はこの先の流れを想像して高揚する気持ちを抑えるのに必死だった。
まさしくここが舞台のクライマックスだわ!とわくわくした。
「パロット侯爵はおそらく爵位を没収され、よくて労働刑、厳しくければ終身刑か死刑になるだろう。
そして彼の身内がどうなるかは定かでないが、皆自分達のことで精一杯で、君達の面倒を見るような余裕なんてなくなると思うからだよ」
王太子のこの言葉で講堂内は騒然となった。特に壇上にいる人物達のせいで。
それまで空気のように存在感をなくしていた国王陛下が、側妃に泣きつかれて、これはどういうことなのだと息子に詰め寄ろうとした。
ところが、王太子殿下の後方には宰相を始めとする主要な大臣達がズラリと並び、前方には近衛騎士達が彼らを守るように立って、国王と側妃と王女に向き合った。
その言いようのないほどの重圧感に、国王達は思わず後ずさりした。
まず口を開いたのは宰相だった。
「パロット侯爵家が、王城の備蓄食料を長年に渡って横流ししていたことが判明しました。
あの大飢饉の際に王城の備蓄倉庫を解放しなかったのも、その悪事が露呈するのを防ぎたかったせいでいた。
せめて残っていた分だけでも市井に放出できていたら、飢え死にする人間を少しは減らすことができたかもしれないというのに。
しかも、隣国からの輸入品が高額だったのも、パロット侯爵家の圧力で、関所が密かに関税を釣り上げさせていたからだという証拠も掴みました。
そしてそもそも大飢饉になったその原因は、灌漑設備の拡充を訴え続けたフォーケン元伯爵やサンドベック伯爵家の要望を、国が無視し続けた結果起こったものです。
なぜ国が彼らの要望に応じなかったのか、それは貴族議員達がパロット侯爵家から賄賂をもらって反対したからです。
パロット侯爵家は軍事関連の商会に投資をしていました。だから国の予算を軍事費に回したかったのです。
国王も側妃可愛さでそんな彼らの思惑に追従しました。
我々は王太子殿下の指示のもと、秘密裏に捜査を進めてきましたが、パロット侯爵家はその他にも色々と罪を犯していたために、全ての証拠を揃えるのにかなりの時間を要してしまいました。
しかし、今朝方ようやく逮捕に至りました。
これからパロット侯爵家と手を組んでいた家にも捜査の手が入るので、当分騒がしくなることでしょう」
宰相のこの言葉に来賓席に座っていた貴族議員や、家族席にいた数人が力無く項垂れているのが目に入った。
その中にはもちろんバルガーニ侯爵夫妻も含まれていた。
国王は気を失った側妃を抱きしめながら、縋るような目で王妃と王太子の顔を交互に見ていたが、完全に無視されて居た堪れない顔をしていた。
国王がパロット侯爵家の悪事と直接関わっていたのかどうかは分からないが、知らなかったでは済まされないだろう。
となればやはり問われる責任は重いだろう、と私は思った。
フォーケン伯爵を死なせたのはパロット侯爵家だった。そしてフォーケン伯爵家を潰し、フリュードを天涯孤独にして、その身分と領地と輝かしい未来を奪ったのも。
私の固く握った両手がぶるぶると震えた。
パロット侯爵家が好戦的なタカ派で、軍事費に多くの予算を使うように主張していたことは知っていた。
しかしそれは国の防衛を考えてのことだから仕方のないことだったと無理矢理に納得しようとしていた。
ところが国のためなどではなくて、私利私欲のためだったと知って、腸が煮えくり返った。
そのせいでどれだけ多くの人が亡くなり飢えに苦しんだと思っているのだ。許せない。
私が怒りに燃えていると、握った右手をいきなり捕まれて後ろに引っ張られた。
驚いて振り向くと、いつのまにか私の背後にはデビンが真っ青な顔をして立っていた。
私は大嫌いな男に捕まれたことか不快で、思い切りその手を振り解いた。
「助けてくれ、ルナシー」
デビンが震えた声で私にそう言った。でも私にはその意味がわからなかった。
「助けを求めるなら婚約者にして下さい。貴方とはもう何も関係のない私になぜそのようなことを言うのですか?」
「関係ないってことはないだろう。二か月前までは婚約者同士だっただろう?」
「いいえ。そんな事実はもうありません。婚約が白紙になったということは、最初から婚約などしていなかったことになるのですから。
それを望んだのはそちらの方でしょう? 今さら勝手なことを言わないでください」
「婚約者でなくなっても、君は僕を好きだろう? 好きなら僕を助けて欲しいんだ。
エバーナ王女と僕だけでは領地経営なんてできやしない。だから、君に手伝って欲しい。
君には執事でも家令でも望む地位を与えるよ。なんなら愛人だって構わないんだよ」
そう言い出すだろうと予想はしていたけれど、さすがに実際に言われると腹が立った。
愛人ですって、ふざけるな! 気持ち悪い!
私は左手でネックレスの石を握りしめながら、右手で一発殴ってやろうかと思ったとき、私よりも先に隣にいたフリルの方が素早く行動に移した。
さすがだわ、フリル!
デビンの左頬に彼の右ストレートが見事に決まったのだった。




