第28章 家族集合
春祭りから二週間後、投票の結果が全国の掲示板に張り出された。
案の定デビン=バルガーニ侯爵令息が当選した。
私の作った選挙ポスターの立候補者が落選したのは、これが初めてだった。やはり本人にはその効力がないのかしらん?
いやいや、最初から当選する可能性なんてああるはずないとは思っていたのだから、別にいいのだけれど。
しかし、皆が驚いたのはその結果というより、二人の差が僅か百票ほどだった事実だった。
圧勝すると信じていたデビンの応援チームは意気消沈していた。
側妃や二つの侯爵家が後押ししていたにも関わらず、国民の半数しか自分達を支援していなかったことになるわけだから。
でもよくよく考えてみれば、その結果は当然だったのかもしれないと私は思った。
そもそも今回の投票は、一領地の領主を選ぶ選挙だった。
だから、フォーケン領の農産物の恩恵を受けている大都市に住む者以外にとっては、あまり関心のないことだったのだ。
今まで経験のなかった投票という形式に興味を持った者はいるかもしれないけれど。
しかも、投票や選挙の啓蒙活動なんて一切していなかったのだから、国民が選挙に関心を持たなかったとしても仕方のないことだった。
デビン陣営は豊富な資金を使って、各国で漏れなく選挙活動をしていみたいだ。
けれど、ただ名前を連呼して投票を呼び掛けていただけだったのだから、自分達がなぜ投票しなければならないかを人々は理解できなかっただろう。
春祭りの余興として参加してみるか、という軽い乗りで深く考えないで投票したのだと思う。
私は王都やフォーケン領から割と近い都市部でしか選挙活動をしなかった。
それは資金や人員、それに時間が不足していたせいだったのだけれど、結果的に今回はそれで十分だったみたいだわ。
それに応援してくれた方々には本当に申し訳ないのだけれど、私としては最高の結果になったと思う。
領主にならないのは落選したからであって、私が重責から逃げようとしたからではない。
しかも接戦に持ち込んだことで、デビン達から見くびられることもないだろう。
結果が出たその翌々日に父と次兄が領地からやって来た。
何をしに来たのかと思えば、私の卒業を祝うためだと聞いて驚いた。
しかも卒業したら領地に戻って来いと言うので、その意図が理解できずに質問してしまったわ。
「私を領地に戻して一体どうしようというのですか?」
「学園を卒業したら家に帰ってくるのは当然だろう。すぐに結婚する予定もないのだから」
「今後もおそらく結婚の話は来ないでしょう。今回のことでさらに悪目立ちしてしまいましたから。
ですから、領地に帰っても皆様にご迷惑をおかけしますので遠慮させていただきます。
ロビンお兄様も婚約されたことですし、お邪魔はしたくはないので」
「ナリーシャはお前を邪魔者になんかしない。失礼なことを言うな」
「勘違いしないでください。ナリーシャ様が私に嫌がらせをするとかそういう問題ではないのです。
どんなに優しい方でも、嫁に行くあてのない義妹がこれからもずっと居座るのかと思ったら、気が重くなるは当たり前のことなのですよ。
それくらい察してあげなくては、彼女がお可哀想ですわ。相変わらずロダンお兄様は女心がわからない方ですね」
ようやく婚約者ができたというのに、こんなに人の気持ちがわからなくて本当に大丈夫なのかしら。
お兄様達は結婚後、妻同士が上手くやっていけるようにちゃんと配慮ができるのかしら。
余計なお世話ながら、正直私は不安になってしまったわ。
「それなら王都でこのまま俺と暮らせばいいさ。
マリエットならお前を慕っているから、お前を間違っても邪険にしたりしないし、お前も気楽だろう」
珍しくランサムお兄様が良いことを言ってくれたわ。いつも私達の仲の良さに嫉妬しているくせに。
その場で熟考した結果、有り難く長兄のその申し出を受けることにした。
卒業後にすぐこの国を離れるという計画は少し見直しする必要性を感じていたので。
それに、わずかではあるけれど、まだ官吏として採用される可能性が無きにしもあらずだし。
私はラルフとは違って官吏試験は受けてはいない。
しかし魔法認定指導員の資格を持っているので、特別官吏職に就ける可能性があるのだ。
そんな情報はみんなには関係ないだろうから、わざわざ口にはしないけれど。
「ランサムお兄様、マリエット様の結婚式まであと一年になりましたね。
けれど、女手がないと準備も覚束ないことでしょう。ですから、是非私にそれをお任せください。
マリエット様とならば気心も知れていますし、問題なく進められると思うのです。
その間に私も、今後について考えることができると思いますので。
本来ならとうに決めておくべきだったのですが、この数か月で想定外のことばかりが起きて、予定がすっかり狂ってしまったのです」
「それはお前のせいではない。お前はこれまでよく頑張ってきた。しばらくゆっくりすればいい。
しかし、結婚式の準備を手伝ってくれるというのなら、正直有り難い」
「はい。お任せくださいませ。
ただの居候は精神的に辛いので、役目を与えて頂けるのでしたら嬉しいです」
長兄のランサムとはこの三年間、ほとんど顔を合わせることはなかった。生活のリズムが全く異なっていたからだ。
もちろん私が意図的に合わせなかったせいでもあったのだが。
それでも数か月ほど前から兄の態度が大分変わってきたと感じていた。
私の婚約が白紙になり、ようやく客観的かつ冷静に物事を見られるようになったらしい。
それに加えて婚約者であるマリエット様のおかげだと思う。
だからこそ、今回の申し出も素直に受けることにしたのだ。マリエット様に対するお礼も兼ねて、彼女をお迎えする準備をしっかりとしたかったし。
ところが父と次兄のロダンは相変わらず自分本位だった。
「役目が欲しいならば、領地で経営の手伝いをすればいい。お前の手腕は一応買っているから、仕事を任せてやろう」
「兄上の結婚準備の手伝いをするなら、俺の方の結婚式の準備をまずしてくれよ。
兄上のところなんて、マリエット嬢の家の方に任せればいいじゃないか。あっちは裕福な侯爵家なのだから。
こっちは貧乏子沢山な子爵家の三女でさ、手伝いができる余裕のある人間がいないんだからさ」
と上から目線で言った。だから私は言ってやったわ。
「私はこの数年、お父様達のために頑張り過ぎてとても疲れているのです。
そんな私をまだこき使いたいのですか?」
「いや……こき使うつもりはない。ただ役目がないと辛いとお前が言うから」
「父上の言う通りだ」
「残念ながら、私はもうお父様やロダンお兄様のお役に立ちたいとは思っていません。勘違いしないてください。
これまで散々ただでこき使ってきたくせに図々しいわ。
この際だから言わせてもらいますが、バルガーニ侯爵家からもらった慰謝料は、私に渡してくださいね。
これまでフォーケン領のために働いてきましたが、賃金を頂いたことはありませんでしたよね。ですから、それで帳消しにして差し上げますから」
私の言葉に父と次兄は目を剥いて怒り出した。お金を寄越せだなんて、なんて品のないみっともないことを言うのだと。
だから私は平然と言い返してやったわ。
「女が家を出て一人で暮らしていくためにはお金が必要不可欠です。
そもそも嫁に出すための支度金くらいは、さすがに貯めてあるのでしょう?
慰謝料を出せばそのお金を使わなくて済むのだから、文句を言われる筋合いはないですよね?
それとも、これまで散々タダでこき使ってきた娘に一切お金を与えず、慰謝料も取り上げて、裸同然で追い出す気なのですか!
なんて鬼畜な父親なのでしょう!」
「なっ!」
父はワナワナと唇を震わせた。
「お前はいつの間にそんなはすっぱな娘になったのだ。金、金、金と」
「何度でも言いますが、お金がなければ生きていけません。そんなことは当たり前のことで、恥ずかしいことでも何でもありません」
「まだ言うか!」
父は腕を振り上げたが、その手で殴られることはなかった。
意外なことに長兄が父の腕を掴んで、捻じり上げたからだった。
私のすぐ側まで駆け寄ってきたモルガン卿も、驚いた顔をしているのがわかった。




