第26章 花祭り
なんだかんだと夢中で過ごしているうちに、フォーケン領の新たな領主選考のための投票が全国に告示されてから一月半が経った。
投票日まであと半月。その日はこの国で一番盛り上がる春祭りの初日だ。
そしてその祭りは国中の広場で催される。そのため、広場のど真ん中に投票箱が置かれるようだ。
その箱の横に私とデビンの名が書かれた紙を置き、そのどちらかの名前の上に丸を書いて箱に入れれば投票は終了だ。
でもそれでは同じ人が何度でも投票できてしまうのでないか、と疑念を抱く者もいるだろう。
ところがそうはいかないシステムになっていた。
まあシステムといっても、それはいたってシンプルなものだった。それでいて、とても素晴らしい方法だった。
人々はこの国の十六歳以上の人間だと証明するために身分証明書を提示して投票をする。
すると、その場で担当の地方の役人が、投票が済んだ人の右手の甲に赤いインクの付いた綿の付いた特製の筆もどきで、赤くチェックの印を付けるのだ。
その赤いインクは特殊で、どんなに手を擦っても、洗っても、十日以上経たないと消えないのだという。
それ故に同じ人物が投票することは不可能。
投票券を作ってわざわざ人々に交付するなんていう、気の遠くなるような作業をしなくても、不正は防げるというわけだ。
一見すると原始的な方法とも思えるが、無駄の無い素晴らしい方法だ。
この投票の仕方を提案したのはルドルフ先輩だった。
それを知って、さすが前世では検事だっただけのことはあると感心した。
しかし私が絶賛すると、自分が考え出したアイディアではないから、そんなに褒めないでくれと彼は言った。
転生前に私達が暮らしていた世界はかなり文化が発達していた。
たしかに王政や独裁を敷いていた国もあったが、多くの国は国家元首や国会議員を選挙によって国民が選ぶ方式をとっていた。
もっとも実際は先進国でも選挙違反はよくあることだった。
いくら最新式の技術を用いても、法を厳しくしても、完全に違反をなくすことはできなかった。
選挙違反者を取り締まる目的で選挙のたびに軍が出動する国さえあった。
これには、特定の人物に投票を促しているのでは?という疑問も抱いていたけれど。
ところが、お金も時間も軍も使わずに平和的の選挙を行っていた国もあったのだそうだ。
その国が採用していた方法というのが、投票した者の手に終了済みの印するというやり方だったそうだ。
人々は自分が投票したということに誇りを持ち、その印の付いた手を周りに見せて、まだ投票していない人に選挙に行くように促していたという。
「選挙に行かないと罰金を取るという国もあった。
どちらがいいとは一概に言えないが、選挙に参加を促す努力をしているのだから、その努力は称賛すべきだと思っていた。
国民が選挙権を持てるようになるには、多くの先人達の血の滲むような長い努力を要したのだ。
それなのにその権利を面倒だからと簡単に放棄してしまったら、また戦前の日本のようになってしまうだろう。
説教くさくなって悪いが、この世界に転生してから、選挙の大切さを改めて思い知ったんだよ。
バンクス師匠から戦時中の話とかも聞いたしね」
ルドルフ先輩は真面目な顔でそう言った。私もそれを聞いて頷いたわ。
それにしても私の最初の選挙が、投票する側ではなくてされる側になるなんて思いもしなかった。
私とデビンは投票できないみたないので。
この国の冬がようやく終わった。
春の訪れを告げる花々が、あちらこちらで咲き始めた。
王都の中央にある広場の周辺にも多くの木々が植えられてあって、白や黄色やピンク色の花を咲かせ始めていた。
そしてそれらの花々をカンテラの仄暗い光が照らし、淡く光らせていた。
しかしその花の下ではズラッと屋台が並んでいて、その儚げな花には似つかわしくない香しい香りを漂わせていた。
「一本食べないか」
フリルが串肉を私に差し出してきた。
私が驚いた顔をしたからか、彼は気不味そうに串を引っ込めながら、
「貴族のご令嬢がこんなものを食べないよな。悪かった」
と言ったので、私は慌てて首を振って、フリルから串肉を奪うように受け取った。
「いただくわ。私、牛の串肉が大好きだもの。こんな美味しい食べ物は他にないわよね」
「食べたことがあるのか?」
「もちろん。子供のころは幼なじみと春祭りに行くと必ず二人で食べていたのよ。兄や親達に内緒でね。
飢饉が起きてからは春祭りもずっと中止になって、それからは食べていないけれど。
その後また復活してもとても祭りに参加する気にはなれなかったから。
食べるのは久しぶりだわ。ありがとう」
「そうか。春祭りに参加するのは久しぶりなのか。デビンとは王都の春祭りに行かなかったんだね」
「行くわけがないじゃないですか。あっちは恋人がいたのだから私を誘うわけがないでしょう。
もっとも世間体を気にしてもし誘ってきたとしても、絶対に断っていたと思うわ。
私、幼なじみと過ごした春祭りの素敵な思い出を、あんな奴に汚されたくなかったから」
「それなのに俺からの串肉を食べてもいいの? これは思い出を壊すことにはないのかい?」
フリルは少し困ったような、悲しいような顔をしていた。私の大切な思い出を上書きしてしまうとでも思っているのかしら?
でも違うの。たしかにフリュードとの思い出は大切だし、忘れたくないけれど、これから毎年春祭りはやって来る。
それを楽しまないなんておかしいと思ったからだ。私の人生はこれからなのだから。
それに……
「今回のフォーケン領の領主選びの件は、私にとっては不本意なことだったわ。
でも、貴方を含め生徒会の仲間や先輩方、それに多くの協力者の皆様のおかげで、目標を掲げて、力を合わせて邁進できたことに感謝しているの。
本当に大変だったけれど、色々なアイディアを出して作戦を立てたり、意見を出し合ったり、とても有意義だったし楽しかった。
こんな清々しい気持ちは初めてかもしれないわ。とても有意義だったし楽しかった。
それにそれが自分のためだけではなく、先輩方や多くの人々のためにもなるのだと考えると、とても幸せだったわ。
あなたには申し訳ないけれど、投票結果はあまり気にしていないの。後は野となれ山となれだわ。
今日は戦いの一応最終日のようなものでしょ?
それなら素敵な思い出にしたいなと思うの。
あなたとこうして美味しい焼串を食べたことは、一生忘れないと思うわ。
いいえ、今日だけじゃなくて、この三年間、いつも助けてくれて本当にありがとうございました。
あなたがいなかったら私の学園生活は灰色で、きっと辛い思い出しか残らなかったはずだわ」
きっと明日からは再び慌ただしくなるに違いない。卒業式の日に言うよりも、今の方がゆっくりと感謝の言葉を口にできると私は判断してそう告げた。
するとフリルは私を見ずに、次々と投票箱に紙を入れて、右手にチェックされていく人々を遠目で見ながら
「もし君が当主に選ばれたらどうするんだい?
多くの人々に選ばれたとしても、それを放棄して他国へ行くつもりなのかい?」
そう言った。
責めているわけではなさそうだが、不満そうには聞こえた。
たしかに彼としては納得しないだろうなと思った。
彼はルドルフ先輩と共に私のために寝る間も惜しんで応援し、協力してくれていたのだから。
いくらその最終的目的が、この国の改革のためだったとしても。




