第24章 ポスター効果
長期休みが明けてからたった五日で、私のボランティア募集?のポスターは全国の掲示板に貼られていた。投票を呼びかけるポスターと共に。
前々から多くの資金と人海戦術を駆使してポスターを制作していたと思われる、デビンの陣営はさぞかし驚いたことだろう。
そもそも、私が自分達のようにポスターを制作し、しかもそれを全国津々浦々まで掲示するなんて思いもしなかっただろうから。
このことに危機感を覚えたらしいデビン陣営の者達は、各地で私のポスターを密かに破ろうとしていたみたいだ。
しかし私が文字入れしたポスターの全てには、「保護」魔法が掛けられてあったので、破り捨てられることはなかったらしい。
その行為に及んでいた者達には、「保護」を破ろうとしてペナルティが与えられていた。
私のポスターに悪意を持って触れた者には火傷痕が残ったのだ。それが証拠になって彼らは皆投獄されたそうだ。
その報告を受けて、フォーケン伯爵家の屋敷の応接室に飾られてある絵を思い出した。
おそらくあの絵に掛けられていたのは、まさにこの魔法だったのだろう。
結局彼らは、投票日が近付くにつれて焦ってきたのか、前世で選挙違反とされていたような様々な微罪を起こしては、密かに捕縛されていったのだ。
でも証拠の火傷跡があったとはいえ、なぜそんなに逮捕することができたのかといえば、サンドベック伯爵領とフォーケン領においては、父の命令を受けた兄達が自警団を駆使して見張らせていたからだ。
そしてそれ以外の土地でも、私達に協力してくれる皆さんが次々と現れてくれたからだ。
私が制作した、一見すると抽象的なデザイン画にしか見えない前世の言語で書いたポスター。
そこに列挙されていた、デビンの後ろ盾になっている連中の悪事の数々。
その文字を読み取ってくれた転生者の皆さんが、すぐさま行動を起こしてくれたのだ。
バンクス卿の教え子の転生者のほとんどが、協力者に名乗り上げてくれた。
そしてそれ以外にも、ポスター効果があって、十数人の方々が自ら転生者だと名乗りあげてくれた、とノルディン卿から教えられた。
例のポスターには、連絡先としてバンクス=アルソン男爵の氏名と住所を記させてもらったからだ。
転生者の相談なら私よりバンクス卿の方が適任だとルドルフ先輩が判断し、ノルディン卿を通してこの事態の説明をして協力を求めたのだ。
そしてその日のうちに了承するという返事をもらったそうだ。
皆さん仕事が早いわ。有能な方々は違うわね。
その後私もフリルと一緒にバンクス卿にお会いする機会を得たわ。
バンクス=アルソン男爵はご子息のノルディン卿によく似た、頑強な体躯した美丈夫だった。
しかし、想像していた軍人のような堅いイメージというより、学者のような奥の深さを感じさせる人物だった。
「今まで一人でずっと悩んできたのでしょう。よく頑張ってきましたね。
でもこれからは何か辛いことがあったらいつでも相談しに来てください。
話を聞いて一緒に悩むことくらいは私にもできますからね」
彼の言葉は私の涙腺を決壊させた。それまで私は一人で耐えてきた。
しかも涙の流し方を知らなかったために、苦しみや悲しみを溜めるだけ溜め込んでいた。
私はそれをいっせいに放流してしまったのだ。
たしかにアラード司祭長様にも悩みや苦しみは告白していたけれど、前世の話まではしていなかった。
信頼しているオルガ達にだって、この世界と前世の思考や思想、文化にはかなり隔たりがあるとわかっていたから、詳細は話せなかったし。
私は卒業式までに全てを終わらせてこの国を去るつもりだ。
けれど、ルドルフ先輩やバンクス卿、そしてこれから紹介してもらえる予定の、他の転生者の皆さんとは今後も懇意にしてもらいたい。そう心からそう願った私だった。
「転写」魔法持ちの改革派の皆様によって仕上がったポスターは、「転送魔法持ち」の皆様に各地は転送してもらった。
その後、私は一人悶々としていた。
というのも、なんと私用のポスターは三種類あったからだ。私の「ボランティア募集?」の二種類のポスターの他に、私の似顔絵のポスターがあったのだ。
しかも王太子殿下が懇意にしている似顔絵師が描いた、飛び切り綺麗な絵だ。
高貴な人々の人物画を描くにあたってもっとも大切なことは、本人に似て描くことだ。しかしそれに何割増しで、本人より美しく描くことが必須だ。
今回私に対してもそれが採用されたようで、出来上がった私の似顔絵はかなり美化されていた。スマホで加工修正された写真みたいで思わず苦笑いしてしまった。
そしてこの悪女からかけ離れた、清純で愛らしい似顔絵入りポスターは、ただ文字が綴られたライバルのポスターよりも遥かに目を引いたようだ。
だからこそ私のポスターを破ろうとしたのだろう。
しかし私が心配していたのはそこではなかった。実物を見たときの人々の反応が恐ろしかったのだ。
だから初めて王都の広場で演説会を開いたときには、ポスターの人物画とは似ても似つかないじゃないか!
詐欺だ! 引っ込め! とか罵倒が飛び交うのではないかとヒヤヒヤものだった。
広場では、第二王子とかバイヤール侯爵家が私兵を出して、群衆の中でこっそりと護衛してくれていたけれど。
それに加えて兄二人と我がサンドベック伯爵家の護衛や自警団の人達も。
しかもその中には、意外なことにフォーケン領の自警団の人達も結構交じっていて驚いたわ。
以前は白い目で私を見ていたのにどうしたのかしらね。
そして結論を述べれば、演説会は概ね成功したと言えるだろう。
私の心配していたような苦情や怒号は聞こえなかったわ。
当然対抗勢力の野次は凄かったけれど、傍聴人達は私ではなくて、むしろ彼らに対して嫌悪感を抱いていたみたい。
私はこの国の食糧問題の不安と解決策について考えを述べていたのだが、彼らがそれを妨害していたからだ。
王都の人々にとって食料不足は死活問題だ。
八年前から三年間続いたフォーケン領の大飢饉の際には、この王都では多くの餓死者が出た。
その時の恐怖や不安、そして悲しみは未だに皆の心に残っていた。
そんな彼らにとって、私が幼なじみを裏切ったことだとか、元婚約に蔑ろにされた挙げ句に婚約破棄されたととかは、市井の人々にとったら関係ないし、どうでもいいことだった。
市井の人々は醜聞好きな貴族とは違い、生活がかかっている食料問題の方が重要なのだ。
何の実績もない単なるハイエナ貴族の令息と、荒廃した土地を見事に復興させたという偉大な功績のあるサンドベック伯爵家の令嬢。
どちらの方が自分達にとって役に立つか、それを顧慮することは当然の成り行きだっただろう。
私に対するヘイト攻撃を繰り返していた敵陣営の運動員達は、彼らが思い描いていた反応が返ってこないことに焦ったようだった。そのため思わず
「デビン=バルガーニ侯爵令息の婚約者は、エバーナ=アルガノン第二王女である。
それ故にフォーケン領が再び飢饉に襲われようと、王家と側妃の実家のご実家であるパロット侯爵が後ろ盾となってくれるので安心である」
と大声で叫んでしまった。
それを聞いて私は首を捻った。
それってまだ内緒にしておく話だったわよね。それなのに今こんな場所で公表してしまって大丈夫なのかしらって。
いくら私とデビンの婚約は白紙になったとはいえ、つい最近まで私達は婚約していたのだ。
それなのに半月も経っていないのにすでに王女殿下とデビンが婚約したとなれば、彼らが浮気をしていたと疑惑を持たれても仕方ないだろう。
それゆえに、二人が婚約したことは投票が終わるまでは秘密にすることになっていると、王太子殿下から聞いていたのだ。




