第22章 ポスター制作
デビンの魔力検査を行った司祭はアラード司祭長様ではなかったらしい。
ただし当時のバルガーニ侯爵領にあった礼拝堂で行われた魔力検査の結果は、転出する際にフォーケン伯爵領の礼拝堂に移されてあった。
つまりデビンの存在魔法の結果について記された証拠は、アラード司祭長様の手元にあったのだ。
司祭長様は私が要請すれば、デビンの存在魔法が「誘惑」という禁忌魔法であるということを証明して下さる、と確約してくださったのだ。
「バルガーニ侯爵家の人間がここの領主になるなんてとんでもないことだ。
この礼拝堂まで潰されてしまう。ここの領主はフリュード様に決まっているではないか!」
そんな司祭様の呟きが聞こえてきて、人間味のあるその素顔が見えて、何故かホッとしたのだった。
この話は兄達には教えられない。この真実を知ったら単細胞の兄達がどんな早まった行動をするのかわからないからだ。
私はデビンが学園の卒業資格を手に入れた直後に剥奪されるように仕向けたいのだ
その方が受けるダメージが大きいでしょ。
学園の卒業資格のない、そんな人間をいくら王家の力を使っても領主にはできないはずだわ。
まともに学んでいない人間が学園卒業認定資格を得られる国家試験に合格できるはずがないもの。
となれば、結果的に領主になれる資格があるのは、次兄のロビンとフリュードしかいないわ。
だから、何も私が当選しなくても別に問題はないのだ。
「詳しいことは言えませんが、私がどうなろうと、フリュードは領主になれますよ。
まあ私の言葉など信じられないでしょうけれど」
私の最大の皮肉に兄達は勢いをなくした。
しかし、ランサムお兄様が顔を歪ませながらモゴモゴとこう言った。
「でも、それじゃあお前はどうするのだ。これまで散々フォーケン伯爵領のために尽力してきたのに、見返りがまるでないなんて」
今までお兄様はフリュードの心配ばかりをして、私の気持ちなんて慮ることなんてなかったのに、急にどうしたのかしら。
ロビンお兄様まで泣きそうな顔をして、兄の言葉にこう続けた。
「見返りがないどころの話じゃないぜ。
幼なじみの恋人を裏切った薄情な女とか、婚約者に蔑ろにされながらも縋り付いている惨めな女とか、領地の再建どころか私服を肥やしていた守銭奴とか……醜聞まみれにされて。
いくらこれから訂正したって、一度作られてしまったイメージは、そう簡単には払拭できないぞ」
それがわかっているのなら、早めに何か対策を取ってくれれば良かったじゃない。
これまでそれを一切してくれなかったくせに本当に今さらだわ。何度も言うけれど。
「今ごろ心配してもらわなくても結構です。
これまで自分でなんとかしてきましたから、これからも自分でなんとかします。
皆様にはご迷惑をおかけしませんからどうか安心して下さい。
私は母親以外の家族には恵まれませんでしたが、友人にはとても恵まれていますので。
今ここにいてくれるオルガとモルガン卿のようにね」
私だけでなく、私の背後を守るように立っている二人の厳しい顔を見て、兄達は真っ青な顔をしていた。
いくら能天気な彼らでも、私がすでに家族を見限っていることを理解したのだろう。
本当に辛いときに寄り添うのではなく、冷水を浴びせるだけの家族なんて要らないわ。
兄達と心の中で決別をした後、さすがに私は疲労困憊になり、ポスターを一枚仕上げることもなく机に突っ伏して眠ってしまい、気付いたときにはすでに朝だった。
そして早朝にも関わらず湯浴みと朝食の準備が整っていた。
オルガだけじゃなく、この王都の屋敷のメイドはみんな優秀だ。
さすが母が選び抜いて採用した人達ばかりだわ。
彼女達は母が亡くなった後も、かつての母の指示通りにここを守ってくれている、有能かつ信頼のできる者達だ。
私は意図的にあまり親しくしようとはしなかった。
そして、彼女達も私に対して思うところはあるのだろうが、一応お嬢様として接してくれていた。
領地の使用人とは違って、フリュードとの接点がなかったからだと思う。
私がいなくなってあの父と兄達だけになっても、きっとこのタウンハウスを守ってくれるだろう。
もちろん屋敷だけでなく、新しく次期伯爵夫人になる方のことも。
長兄にはかなり年の離れた婚約者がいて、来年結婚する予定なのだ。
そのご令嬢は私の義姉になるのだが、年は一つ下。
通っている学園は違うが、幼い頃から私を慕ってくれていて、私に冷たい態度をとる兄にもよく苦言を呈してくれていた。
いい加減な噂などに惑わされない、そんな彼女が妻になってくれるなら、我がサンドベック家も安泰だろう。
優秀な使用人もいることだし。
私が生徒会室に入ると今日はまだ誰も来ていなかった……と思ったら、机の上には数枚の紙が置かれてあった。
それを一枚ずつ確認してみると、英語、中国語、ドイツ語、そしておそらくイタリア語であろう文字で書かれた文章が記されてあった。
そして最後の紙にこう書かれてあった。
「英語と中国語の告発文は俺。そしてドイツ語とイタリア語はバンクス卿によるものだ。
バンクス卿の教え子の中には、スペイン語やアラビア語ができる者もいるらしい。連絡をとってくれるそうだから、しばし待たれよ!」
ぷっ、先輩は武士か!
それにしてもルドルフ先輩、仕事早い!
バンクス卿も、ありがとうございます。
私も遅れをとってはいけないわ。まずは馬車の中で考えていたレイアウトでサンプルを作り始めた。
私の名前、「選挙応援者募集!」の文字。これをこの国の言葉でポスターの中央部に太い軸の羽ペンで書き込んだ。
次にポスターの下部に、告発状の文章を日本語と中国語の文字を書き入れた。毛筆を使って楷書で。
最後にアルファベットを使う英語とドイツ語の文字を、中ぐらいの軸の羽ペンで、紙の周りを囲うように書いていった。
西洋の書道と呼ばれていた飾り文字の付いたカリグラフィーで、大げさに華やかに。
前世の私は習字に限らず、文字を書くことが好きだった……
なぜ文字が好きになったのかといえば、そもそも自分の名前の漢字が難しかったからだ。
しかしそれだけではなかった。
私は幼いころから文字を読むのが早かったのだ。生まれつき視読ができる高速読者だったのだ。今の私はできないけれど。
そう、この世界のフリュードのように、文字を一文字一文字読むのではなく、多くの文字を一つの塊として瞬時に捉えて意味を理解できたのだ。
あまりにも本を読み終えるのが早かったので、小学三年生の頃には
「あなたに好きなだけ本を買い与えていたら家計が火の車になるし、家の床が抜けちゃう。これからは図書館で借りて読んでね」
と言われてしまった。
世の中には電子書籍というのもあったが、高校生になってアルバイトしてお金を稼げるようになるまでは、利用させてもらえなかった。
本が買えなくなってからは、図書館に通い始めたが、それと同時に硬筆や書道に本腰を入れ始めた。
学校の命令?で硬筆や書き初めのコンクールで度々入賞するようになったからだ。
それからますます文字に対する興味が大きくなって、カリグラフィーや飾り文字などにも挑戦していたというわけだ。
そういえば、小学生の時は児童会、中高生の時は生徒会の選挙ポスターの制作をよく頼まれたわね。
しかも私がポスターを作った人は皆当選していたから、私には神通力があるとかないとか評判になっていたわ。
そのせいで毎年立候補者全員にお願いされて困ったものだった。
まさか転生した先でその特技が役に立つとは思わなかった。
ただしその神通力まで引き継がれているってことはさすがにないわよね。視読ができなくなったように。
前世の文字がまるで背景の柄のように見えるポスターを作り終えた後で、私は心の中でこんな台詞を思わず呟いていた。
「それにしても、これを全て手書きするなんて無理じゃない?」
自分で言い出しておきながら、無謀な作戦だったと思えてきた。
そのとき、ポンと肩を叩かれたので、驚いて振り返るとフリルがそこには立っていて、私にコーヒーの入ったマグカップを差し出してくれたのだった。
視読ができる人は空想の話ではなく本当にいます。
訓練によって身に付ける速読とは違い、生まれ持ったもののようで、文字が読めるようになると、まだ幼いのにすらすらと本が読めるのです。
それを大人が理解できず、残念なことにその子達の才能を伸ばせていないのが実情だと思います。
身近にそのような子がいたのですが、いつもあまりにも読み終わるのが早いので、本当に読んだのかと本の内容を訊ねたら、見事にすらすらと語ってくれました。
疑ってごめんなさい、と謝りました。
その子は五、六歳のころから、年下の子のために大人顔負けで本の読み聞かせをしていたと、保育園の先生から教えてもらいました。




