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私は魔法認定指導員。偽りの婚約者様、お覚悟してくださいませ!  作者: 悠木 源基


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第20章 お守り


 私はタウンハウスに戻る馬車の中で、これからのことに思いをはせていた。胸のネックレスの石をコロコロと回しながら。

 あと二月で投票日を迎える。それまではがむしゃらに文字を書き続けなければならない。家に戻ったらすぐに取り掛かろう。

 腱鞘炎になるかもしれないわ。でもそれでもかまわないわ。それで全て終わるのだから。

 ……と思っていたのに。


 私はタウンハウスの食堂でオルガやゾイドと共に夕食を取り始めた。 

 領地に住んでいたころは、使用人と食事を一緒にすることなどあり得なかった。

 でも、二人はもう使用人ではなく家族だ。

 その辺りをきちんと線引きするオルガは難色を示したが、私は必死に懇願したのだ。個食は寂しい、嫌なのだと。

 前世も、この世界でも、ずっと大人数でにぎやかに食事をしていたから。


 ところがそこに思いがけない邪魔が入った。 

 普段滅多に顔を合わせない長兄のランサムと、領地にいるはずの次兄のロビンがやって来て、断りもなくテーブル席に腰を下ろしたのだ。


「デビンのヤツに婚約()()されたらしいな」

 

 次兄の言葉に私は眉を顰める。

 兄達とは口をきくのも億劫に感じていたが、誤りは訂正しなければならず、重い口を開いた。

 

「婚約破棄ではなく婚約解消、いえ、正式には()()です」

 

 そう。デビンは解消と言っていたが、王女の婚約者に瑕疵があるのは由々しき問題だと思ったらしい。

 側妃の実家であるパロット侯爵家の進言で、私達の婚約は白紙となったのだ。

 慰謝料さえ支払ってもらえるのなら、こちらとしたらどちらでもよかった。

 けれど、本当に馬鹿な連中だと、私は呆れるしかなかった。


 エバーナ王女は婚約者クラッシャーという呼び名を付けられるほど、数多くの恋人達の仲を引き裂いてきた。

 いくつもの家の婚約を解消させたことで、慰謝料を請求されたこともあるはずだ。

 王家の力でそれを払い除けたと聞いているが、あちらこちらで恨みを買っているはずだ。

 それにたとえ白紙になったとしても、王女が当時婚約者のいるデビンに自分からモーションを掛けていたことは周知の事実だ。

 それらの方がよっぽど由々しき問題だろう。まったくもっておめでたい頭をしている連中だわ。

 恥とか矜持という言葉を知らないのかしらね。それに一般常識も。

 私達の婚約は王命によるものだったのに、それをバルガーニ侯爵家の一存で無かったものにしたのだから。

 

「馬鹿なのか、バルガーニ侯爵家は」

 

「馬鹿に決まっているじゃないですか。今ごろ何を言っているのですか。

 でも、もっと馬鹿なのはパロット侯爵家の方ですよ。側妃の実家だからといって、自分達を何様だと思っているのでしょうね。

 まあ、私にとっては都合が良かったので、あの人達が馬鹿な真似してどうなろうと知ったことではありませんけれど」

 

 私の辛辣な物言いに兄達は驚愕の眼差しで私を見た。

 この三年間ほとんど会話をしてこなかったので、彼らは逞しくなった私の性格を知らずにいたのだ。

 理不尽な目ばかりに遇ってきた私が、素直で健気で可愛らしい少女のままでいられるわけがないのに。

 馬鹿なのかと、この兄達にも吐き捨ててやろうとも思ったが、やはりそれも面倒に思えたので止めた。

 私は今とても疲れているのだ。

 それでもまだまだやらなければならないことが山積みだったので、余計なことはしたくなかったのだ。

 それなのに兄達は話を止めなかった。

 

「お前はデビンのことを本当に好きではなかったのだな」

 

「ランサム様、ルナシー様はフリュード様のことを愛していらっしゃるのですから、デビン様のことを好きになるわけがありません。

 あの方に『誘惑』という禁忌魔法を掛けられたのです。

 時間が経ち過ぎて、今さらそれを証明することはできないそうですが」

 

 オルガの言葉に兄達は瞠目した。


「お嬢様はきっと恐ろしい術か何かを掛けられてしまったに違いありません。どうか調べてください」

 

 三年前から必死にそう訴えていたオルガやゾイドの姿を思い出したようで、ばつの悪そうな顔をした。彼らはその進言を無視したらしいから。


「お前がフリュードや亡き母上を裏切った事実しか見えなくなっていたんだ。怒りで頭の中が一杯になっていて」

 

 次兄ロビンの言葉に今更だと思った。

 しかし、母を裏切ったというフレーズが気になったので、それを訊ねた。

 すると母は亡くなる直前、父や兄達に頼み事をしたのだという。

 

「ルナシーとフリュード様はお互いに好き合っているの。二人は相性もいいしお似合いだと思うの。

 この先もし身分が違えることになっても、二人を結婚させてあげて欲しいのよ。

 たとえ平民になったとしても、頭が良くて精神力も強いあの子達なら、力を合わせて幸せに生きて行けると思うから。

 身分や財産があっても幸せになれるとは限らないわ。私はあの二人には幸せになって欲しいの。

 本当はアリス様の代わりに私がそれを見届けたかったけれど、それは無理みたい。

 だから旦那様と貴方達に託したいの。お願いね……」

 

 母は五年前に亡くなった。そして、その四年前にはフリュードの母のアリス夫人も天に召されていた。

 父と四年前に亡くなったフォーケン伯爵は、隣り合う領地に住む幼なじみで、学園でもずっと仲の良かった親友同士だった。

 そして互いのパートナー同士もとても親しくなった。まるで昔からの親友のように。

 

 アリス様はフリュードによく似た、それはもう美しい方だった。

 私が母と共に遊びに行くと、とても可愛がってくれた。

 帰ろうとすると、泊まっていけばいいのにと、いつも子供のように駄々をこねるような、無邪気で愛らしい方でもあった。

 忘れていたけれど、アリス様は会う度に、フリュードと結婚して私の娘になってと口にしていた。しかもねだるように。

 だからある日思わず頷いてしまった。

 

「はい、私はフリュード様のお嫁さんになります」

 

 するとフリュードまで

 

「僕はルナシーをお嫁さんにします」

 

 と、強要されたわけでもないのにそんなことを言ったのだ。

 それを聞いたアリス様は破顔した。そしてどこからか大きな宝石箱を持ってきて、その蓋を開けた。

 

「これで契約成立ね。この石に触れながら結んだ契約は絶対に解消できないのよ」

 

 アリス様は、私とフリュードに黒く輝く石を同時に触れさせて、何か呪文のような言葉を呟いた。

 すると、その石がピカッと光りを発したので、私達は目を見張った。

 アリス様は私達にウィンクをして見せた。それはもう嬉しそうに。

 

 なぜあの日のことを忘れていたのかしら。

 私はドレスの胸元に隠されたネックレスの石を、いつものように握るようにして触れた。

 そう、あの契約が結ばれた日から一月くらい後だった。

 私とフリュードが、この黒く輝く石が七つ連なったお揃いのネックレスをアリス様にプレゼントされたのは。


「これは二人のお守りだから、絶対に外せないのよ」という言葉と共に。


 この黒い石が守護石と呼ばれるとても貴重な魔石で、代々フォーケン伯爵に伝わる家宝だったと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

 そのとき私は、守護石を私のネックレスにするために砕いてしまったから、アリス様は亡くなったのだと大泣きしてしまった。

 するとフリュードは

 

「母上は元々体が弱くて長生きはできないと言われていたんだ。寿命だったんだよ。

 母上はルナのことが大好きで、君に会うととても幸せそうだった。

 君がそんなに泣いたら母上もお空で泣いてしまう。だから、泣かないで。

 母上の望みはルナと僕が仲良く幸せに暮らすことなんだよ」

 

 そう言って優しく抱きしめてくれた。それが嬉しくて、でもやっぱり悲しくて泣いてしまった。

 あれからも悲しいことはいっぱいあった。

 お母様が流行り病で亡くなり、そのショックから立ち上がれないその翌年には、フォーケン伯爵様までもが過労により突然死してしまったのだから。


 

 私やフリュードだけじゃなくて、父や兄達も辛かったのだろう。

 だからこそ私達二人を結ばせるという、母の遺言を守ることだけを目標に頑張っていたのかもしれない。

 それなのに私が婚約者にデビンを選んだことで、それまで張り詰めたものが崩れて、冷静さを失ったのかもしれない。

 

 初めて家族の心情を知り、もうこれ以上恨んだり憎んだりするのはやめにしようと私は思った。

 負の感情を持ち続けるのは精神的に負担だからだ。

 もちろんだからと言って、この三年間にされた仕打ちは忘れないし、許す気もない。

 二か月後に学園を卒業したらこの国を離れ、家族とは二度と会うこともないだろう。

 お母様、薄情な娘ですみません。遠い地でお母様のことはお祈りしますから、どうか許しくださいね。



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